黄色いホトトギス
今年の4月まで働いていた園芸店で、とても私をかわいがってくれたおばあちゃんがいた。
そのおばあちゃんが、私が辞める日に、わざわざご夫婦で来てくれて、
大切に育てている黄色いホトトギスを株分けしてもってきてくださった。
「記念になるものが良いと思って」と言って。
おばあちゃんの優しさにジーンとした。
さっそく、ホトトギスにとって一番環境が良いところに植え込んだ。
そして、そのホトトギスが花をつけた。
きれいな黄色で、花の直径が2.5cmくらいある。
普通のホトトギスとは、まったく形状が違う。
花の中は、こんな感じ。
赤い、点々がすごくかわいい。
雰囲気としては、ホタルブクロの中に、クリスマスローズのオリエンタリスの点々が張り付いた感じ。
おばあちゃんに、ホタルブクロの写真をいれたお手紙を送ろう。
シマススキ
葉ものばかりを集めた葉檀に植え込んであるススキに穂がついた。
これ、たぶん、シマススキだったと思う・・・・。
縦に黄色い斑が入っているススキ。
違ったかなぁ。
正直、全く自信がない。
植物の名前が覚えられない。
育て方とかは、覚えているのに、名前がどうしても覚えられない。
植物の名前だけではなく、人の名前も覚えられない。
若年性痴呆なのか・・・とも思ったが、考えると、子供の頃から人の名前を覚えられなかった。
今のホームセンターに働き始めて、はや4ヶ月。
実は、今だに、ホームセンターで働いている人の名前を覚えきれていない。
今現在覚えられないのだから、過去の人の名前は、もちろん覚えていないし、
自分が高1のとき何組だったのか、それすら覚えていない。
これって、病気なのか?
秋の花
花を育てる楽しみのひとつに、自分で育てた花を家の中に生けることがある。
秋の花を庭から摘んで、生けた。
玄関はこんな花。(冷酒用のとっくりを使用)
リビングはこれ。
洗面所はこんな。
トイレはこれで。
使った花は、シュウメイギク、ミズヒキ、シュウカイドウ、ホトトギス、あと、色々と葉っぱ類。
自分で考えて、何かを作るという行為は、とても楽しく、わくわくする。
ちょっとしたアーティスト気分を味わえる。
おととしの秋、赤く色づいたもみじをたくさん拾ってきて、玄関の外にまいた。
かさこそと、赤いもみじを踏みながら、玄関にたどりつくなんて、素敵・・・・、と思ったのだ。
しかし、家人には全く理解されなかった。
せっかく拾った選りすぐりのもみじをゴミ扱いにされ、捨てられてしまった。
うーん、この感覚、理解されないのか。
アーティストとは、孤独なものなのだ。
アルプス乙女
春に花の咲いたアルプス乙女が、いくつか実をつけ、赤く色づいた。
今日、思い切って収穫してみた。
夢にまでみた、アルプス乙女の収穫である。
力をいれてもごうとしたら、ポロッと簡単にとれてしまった。
リンゴをもぐという初めての経験に、とまどう私だった。
何はともあれ、まずは記念撮影。
青いものたちにかこまれて、より赤さが目立つような演出まで試みてみた。
裏っかわは、かなり汚い。
変な病気とか持ってないよなぁ、と心配になりつつも切ってみる。
売ってるリンゴとかわらない姿に、逆に驚く。
そして、恐る恐る、かじってみた。
こ、これは!!!
上品な甘さ、口の中でひろがる爽やかな酸味。
みずみずしい水分が、口の中いっぱいにあふれる。
まったりとしてないが、非常にさっぱりとして、いやみのない味でありながら、
個性もたっぷりとあり、そして、神々しいまでの芳香がある・・・・
要約すると、おいしかった。
続・続・山蛭(ひる)
しつこく、山蛭である。
はじめに山蛭情報を教えてくれた友人が、メールを送ってくれた。
「意外と、そっちまで山蛭が行くの、早かったね。
山蛭は、塩に弱い。
山蛭に刺されたら、塩をまけ!
この辺りの人は、塩を持ち歩いているよ。」
「たっぷりと血を吸った山蛭に塩かけると、あっという間に血を体外に出して、ヘロヘロになるよ。」
なに?
山蛭って、悪霊?
いや、悪霊なのだろう。
塩をかけられて、血を流しながら小さくなる黒い物体なんて、
どう考えても悪霊としか思えない。
我々は、常に悪霊退治のために塩を持参しなければならないのだ。
ついでにお線香も持っていたほうがいいかもしれない。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)の住まう、神奈川のチベット。
ご入国の際は、塩と線香を忘れずに!
続・山蛭
とうとう、やつらがやってきた。
山蛭が、チベットに入国してきたのだ!!!
昨日、職場のホームセンターへ行ったら、一緒に働いている人が言った。
「さっき、蛭がいたよ~」
とうとう、このホームセンターに蛭がきたか・・・。
このホームセンターは、うちから車で5分くらい。
恐れていた事態は、あまりにもはやく訪れた。
一緒に働いている人から、蛭情報を聞くことができた。
蛭は、靴下の中にまで、もぐりこんでくる。
刺されると、刺された口がパカっと空いたままになるそうだ。
そこから、血が流れ、止まらなくなるらしい。
そして、恐ろしいことに、そのパカっと空いた穴がそのまま残るそうである。
想像してみた。
蛭に刺さされ、全身穴だらけの自分を・・・・。
これは・・・・・本当に怖い。
っていうか、シャレにならないほど、恐ろしい図ではないか!
今、猛烈に、東京に戻りたくなっている。
秋来る
夏は、終わった。
もう、すっかり秋。
庭のシュウメイギクが、萩の隣りで花盛りだ。
トマトも、もう終わりだなぁ。
夏の太陽をたっぷり吸い込んだような味がしなくなってきた。
性別疑惑のかかったホップは、結局、花をつけないまま、ぐんぐんと伸びただけだった。
ホップ性別疑惑騒動はこちら→ホップ
来年に期待。
秋が来ると、今年の春夏の庭の反省と、来年に向かっての豊富で、
頭の中が忙しくなってくる。
今年の春夏は、葉を多様したカラーリーフガーデンを目指した。
多少実行できたのだが、カラーリーフガーデンの欠点も見えてきた。
リーフ類が多くなると、庭に変化や季節感が薄らいで、つまらなくなる。
やはり、花が必要だ。
花の素晴らしさを再確認した、春夏だった。
ネジバナ
ネジバナというものをはじめてみたのは、まだチベットに越してくる前だった。
当時、勤めていた会社の敷地内の芝生に、ズラーッとピンク色のネジバナが生えていた。
その姿があまりにかわいくて、とりこになってしまった。
人目を盗んで掘り出してしまおうかとも考えたのだが、芝生の中のネジバナを
掘り出すことは難しそうに思えた。
また、その頃は事務職をしていたので、シャベルも持ち合わせていなかった。
結局、自分の力ではどうしようもないと、諦めたのだった。
チベットに越してきてからも、時々、ネジバナのことを考えていた。
うちの芝生の中に、ネジバナが生えていたら、どんなに毎日が楽しいだろう。
あの、ぐりぐりとねじれた、ふざけた花を見れたらば、
きっと、面白おかしく暮らせるに違いない。
不思議なことが起きた。
3年前のある日、突然、ネジバナがわいて出てきた。
そのときの喜びを今も忘れることはできない。
私が一番願っていた、芝生の中には生えてこなかったのだが、
家の脇の溝から、一本、ニョキっと出たのだ。
種など蒔いていないのに。
次の年も同じ場所から一本出てきた。
今年は、同じ場所から一本。
そして、さらにもう2本、近くから出てきてた。
そして、さらに、離れた場所からも出てきた。
ネジバナ増殖中。
面白おかしく暮らす日も近い。
月明かり
十五夜である。
「月明かり」というものの存在を始めて知ったのは、
松田聖子の『秘密の花園』という歌だった。
「月明かり青い岬に~♪」
という歌詞を聞いて、「月明かりってなんだ?」と不思議に思った。
私は、東京都郊外の駅から徒歩1分の駅前商店街に生まれ育った。
そこは、一晩中、駅の明かり、商店街の明かり、街燈の明かりがある。
月が出ようが、出なかろうが、あたりの光量に、なんの変化も起きなかった。
なので、月に地上を照らす力があるなんて、夢にも思わなかった。
ところが神奈川のチベットに引っ越して、月明かりというものをはじめて知った。
満月の夜は、本当に明るいのだ。
そして、あたりが青いのだ。
月に照らされて、自分の影ができるなんて、本当におどろいた。
あまりの驚きに、気分が盛り上がり、夜の山道を歩きながら、
「月明かり、青い岬に~♪」などと、口ずさんでしまった。
しかも、マイクを片手に、肩をクネクネと振りまわし、若干上目づかいというポーズで。
今、思うと、かなり寒い行動をしてしまった。
が、見ていたのは、そこに生息する猪くらいのものだろうから、安心である。

















