東寺の大師堂は周りの喧騒からかけ離れて | がいちのぶろぐ

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京都市の南部に東寺(教王護国寺)というお寺がある。現存する日本で最も高い五重塔があることで知られている。こんなことは言うまでもないが、弘法大師空海のお寺である。

 

 

 

この東寺は、毎月21日の弘法大師の月命日にちなんで「弘法市」が行われ、数多くの露店が軒を連ねることでも知られている。

 

日本史の泰斗だった林屋辰三郎先生は、著書「京都」(岩波新書,1962)の中で、この「弘法市」を「平面化されたデパート」と表現しておられる。

 

実に〝言いえて妙〟と言えるだろう。何でも売っている。無いもの以外はすべて有る、という馬鹿々々しい表現がピッタリくると思う。

 

林屋先生は「日本のデパートなるものが、こうした縁日の立体化であった」とも書いておられる。そして「何物を買うともなしに、店先のひやかし歩きをしている」とも。

 

露店が立ち並ぶこの光景は、パリの〝蚤の市〟や中東のバザールにも擬せられるくらいで、コロナ禍以前には外国人の姿も大勢見かけたものだった。

 

さらに林屋先生は、この東寺の「弘法さん」の露店市について書いた後で、「境内の露店を通り抜けて、いきつくところにあるのが大師堂である」と書かれている。

 

「堂は西院という一画の中央に位置し、(中略)檜皮葺の軽快な美しさをもって、東寺の壮大な堂塔とは対蹠的な親近感ただよわせている」と続いている。

 

こんな話を長々と書き始めたのも、林屋先生のこの大師堂の話に惹かれて、この「大師堂」をもう一度どうしても見たくなって、今日の午前中にひとっ走り東寺に出掛けていたから。

 

 

 

今日は21日の〝弘法さんの露店市〟の日ではないし、今はちょうど夜間にライトアップを行っていることは知っていたけれど、それは夜間だから昼間は混まないだろうと思った。

 

 

 

ところが行ってみたら、今日はなんと〝ガラクタ市〟が行われていた。弘法さんの露店市に比べれば、随分と規模は小さい感じがしたけれど、それでもやはり賑わっていた。

 

 

 

また紅葉も終わりかけているし、そもそも東寺は紅葉スポットというわけでもないけれど、やはり日曜日の京都は随分と観光客が戻り始めていた。

 

2年前までは外国人観光客が押し寄せていたから、どちらかと言えば敬遠されていた京都観光が、このところ高齢の方や女性を中心に復活し始めたのだろう。

 

夜間拝観だけでなく、有名な五重塔の内部が特別公開されており、「立体曼荼羅」に仏像が配置されているといわれる金堂の見物も含め、有料公開ゾーンの入口は行列ができていた。

 

 

 

〝ガラクタ市〟をひやかしに覗く人と、有料ゾーンを見物する人で人出は多かったのだけど、私が目指した東寺の〝西院〟の大師堂ゾーンは急に人影が消えていた。

 

目と鼻の先の人出と賑わいが、まったく別世界の出来事のように思えるほど、西院の門をくぐったとたんに人影がなくなってしまった。

 

 

 

もちろんゼロではないけれど、両手の指で十分足りるほどの人数だけが、この大師堂の周りを歩いていた。あまりの落差にびっくりしてしまった。

 

金堂・講堂・食堂・五重塔といった東寺〝本来〟の雄大な建物群と、〝弘法さん〟の時ほどではないけれど露店市に集まる人々の数と、西院の大師堂のこの落差。

 

 

 

林屋先生が書いておられるように、「東寺の壮大な堂塔とは対蹠的な親近感」を感じさせる大師堂の周りは、それでもやはりここは〝祈りの場〟だということを感じさせてくれる。

 

実はこの大師堂では、今も毎朝、弘法大師空海の木像に食事を捧げる「生身供(じょうしんんぐ)」という法要が、1200年間変わらずに行われている。

 

 

 

しかも私たちもこの生身供に参加して、お祈りすることができる。現在はコロナ禍で、大師堂の中に入れる人数は毎朝30人ほどに限定されているけれど、お堂の外は自由だ。

 

と言っても、朝6時ごろには参加しようとする人が西院の門の前に行列するほど、という話もあり、私はそんな時間に東寺まで行くための足がない。そこまでの興味もない。

 

 

 

ただ大師堂の前に、この人数限定の措置を詫びる張り紙が出ていたことからも、〝お大師さま〟人気はうかがい知れる。今日は、こんな東寺の大師堂のお参りだった。