Georgeのブログ -5ページ目

産業界の巨人は小さくて、好々爺。

84歳のL.T.は今日も愛車のベンツを自ら運転してやって来た。今回私に頼まれて、可愛い孫のビクターを連れている。とはいえこの孫はコーネルのMBAで、すでに会社役員の誠に愛くるしい青年。育ちの良い青年は気持ち良いね。うちの息子はどう見えるんだろうなあ? 一方、好々爺は顔中くしゃくしゃにしたいつもの笑顔で人をとりこにする。


正直、1米55にも足らない小男で風采の上がらないこの好々爺が、20,000人の工場群の企業を率いる創業者で総帥とは、まずは誰も想像つくまい。しかし、まず驚くのはろくに学校も出ず、17歳で玩具工場を創業し、苦労を重ねた中国人なのに、誠に立派な英語力で雄弁だ。今日もアメリカの中国玩具工業への不当な圧力を非難する。


世界の玩具・ゲームの主要生産がドイツから日本、そして韓国、台湾と移って、香港を経て、いまや中国が「世界の生産地」となって久しい。それが昨今マテル社の商品リコール問題から、中国の安全、品質への世界の批判が一気に噴出した。こういう時にはこの好々爺の出番だ。ランチの間じゅうもどう戦っているか、口角泡を飛ばす。しかし、この歳で中国玩具業界のスポークスマンとして第一線に貢献しているのだからたいしたもの。


玩具、ゲーム、おもちゃは大企業を目指す若者達には、物足りない業種産業に見えるかもしれない。高度に細分化された企業社会の現代では、若者には夢が持てるチャンスが少なくなっている。しかし良く見ると、この分野は、現代に今でも残されている数すくない「現代のドリーム」を追える仕事に思える。まずグローバルだ。ルービック・キューブに国境は無い。そしてメディアは、言語が要らない音楽、絵画のようにユニバーバル。そして僅かな資本でも企業化可能な規模産業だ。まさに「Boys, Be Ambitious!」。君のアイデアを生かせる商売なんで、他にそんなに無いよ。


香港から広州の奥まで広範な一帯が世界で名だたる「珠江デルタ工業地帯」だが、そのなかのドンガンの工場で、今日1日、日本グループとオランダグループの見学者を迎える。深夜、香港に戻り着く。帰りの車内で、迎えた我々日中チームは ‘夢’を語り合う。今日来た日本の会社とは縁が深くなるだろうな、とか、オランダの来年の売上げが増えるだろうな、とかだ。我々今日のチームの平均年齢50歳の‘夢’だが、夢に歳は関係ない。こんな会話が今日の疲れを取ってくれる。


だがしかし、 L.T.のように自社工場の土地の小学校に校舎を寄付したり、コーネル大に記念ホールを贈呈したりするケースのような彼の描いてきた‘夢’とは桁違いだけどね。 はるか道遠~しだ。 あ~あ、ウィザード・ガードゲームを流行らせて、ミャンマーに小学校を寄付した~~い。


ゲームの世界大会はひとつの社交場だ。

トロントのケンが今日もナイアガラ・フォールの大会の準備を知らせてくる。今年は特にドイツの代表的ゲームメーカー、アミーゴが張り切っているそうだ。アミーゴといえばUNOを10年かけて確立した途端、取り上げられて若いオーナーはがっくり。捨て値でそれを買ったのが今のウィーだが、その後の20年弱で今の隆盛。名門が殆ど消えうせたドイツで、流石の実績を築く。そのトップ定番の1点となったウィザード・カードゲームは毎年当てになるドル箱。大勢の選手をカナダの世界選手権に派手に派遣しても惜しくないんだ。あ~うらやましい。こちらの日本からはチャンプ1人なんだから。


ケンがどうしてもとこだわったのは会場となるホテル。その名も「シェラトン・フォールス・ビュー・ホテル」ナイアガラの滝が頭から降ってくるような目の前の貸切大ベランダで昼間から始まり、夕焼けに鮮やかに変化する滝を見ながら、そして夜証明に照らされる幻影的な全景のバック。花火が時折り夜空を彩る贅沢なムードで世界の仲間との交歓会だ。ゲーム卓を交代に囲み、ワインを飲みながらの前夜祭社交場。これがケンはどうしても主催者でやりたかった。アメリカ・カナダでも有数の観光地となったナイアガラの場所での世界大会が2年目になる。


土曜日、8月2日は朝からぶっつづけで試合となる。多分チャンプが生まれるのは夜8時頃だろう。それからのデナーはもう全員100年の知己のようになる。今年はホームページでその様子を公開しよう。


さて、その翌日、日曜日が観光のハイライト。マリリン・モンローのふる~い名作映画「ナイアガラ」を見た人は今何人いるだろうか? 水しぶきの滝下へ漂流するボート乗船。大滝の裏側を巡るアドベンチャー。映画のシーンそのものだ。さしづめユニバーサル・スタジオの一日冒険に匹敵するかな。夜はアメリカ有数の大カジノ場で運を試してみるか。私はブラック・ジャックが好きだけどな。やはりケンがここ、ナイアガラを会場にとこだわるのは良く判る。


スクラブル、モノポリー、オセロもそれぞれ世界大会は雰囲気をもつが、ウィザード・カードゲームはケンと愛妻ジョーン, 天才オルガナイザーふたりの芸術作品。ありあまる誠意をかけた1年の準備で立派なナイアガラ社交場となった。今年もふたりにお世話になる。

ポーカーの熱気に漂う人達

六人のファイナリストの中でマリは最初から異様な妖気を漂わせていた。まず普段は見られないハーフトーンのサングラスで座る。ボロ勝ちの緒戦、3人に絞られた頃から、一転じりじりと追われて、チップのヤマが半減する。しかし、何回かのオールインを度胸で張ったマリは最後に2人だけの勝負になる。チップを指で鳴らしてマリの長考はつづく。相手もさるもの、3枚のカードを開く前の勝負が本当の勝負とばかり、大きいレイズを繰り出す。最後の2人の勝負がこんなに長いとは知らなかった。目を伏せ、やや斜に構えるマリは普段とは別人のような不気味さを漂わす。遂に相手の最後のオールインで、出たカードの目が僅差落ちで押し倒す。とうとうやった。本当にアメリカのWSOPに行くんだ。門外漢の私にとって、初めてのビッグなポーカー選手権大会に興奮した日曜日だった。


あまり縁のなかったポーカーの熱に最初に触れたのが3年前のニューヨーク・トイショウだった。USPCのスタンドが異常にカジノ・テーブルの展示等でポーカー一色。なんとなく、話題は聞いている程度が、スタンドを見る限り社運を賭けるようなポーカー寄りの姿勢に、ふーん、そんななんだという気持ちだった。

それがほぼ4年後の自分が日本で、世界でもお墨付きポーカー用カードを扱うとは思わなかった。新宿ハンズには荒川静香のあれですよとカードをそっくり返して、しなやかさをやってみせる。全く縁のなかったブラジルとのメールが増えたのも今年の変化かな。


今年、アメリカからの帰りのフライトで、隣りの男が友人を呼んで、急にふたりでチップをきゅっきゅと鳴らし、長時間試合を始めた。こういう所での遊びに迄広がったポーカーなんだなと実感したひと時だった。ラスベガスが、マカオが、という話しが行き交うなかで、特別にそんな所に行くことなく、こういう遊びを身近に見ると、本当に「遊びはファッション」なんだなと思う。


面白かったのは、小柄な上品な50代の奥様だった。大会でのグッズ売場にやってきて、8人用のかっこ良い、ポーカー用テーブルをさかんにいじっている。あとで主人を連れて来るわね、と言い残して去る。大会が終わる30分前、似合わぬ大男の主人らしいのをひっぱってやってきて、2万円のプレゼントをさかんにねだる。抵抗すること15分、最後に奥様の手を強引に引っ張って帰っていく。彼は奥様のエレガントな“男ヌキのホームパーテイ”でのディーラー・ホステスのかっこ良い「遊び」を知らない情けない男なんだ。