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Vita/朧村正DLC 元禄怪奇譚 津奈缶猫魔稿(通称 化猫)/マーベラス

朧村正はWii発祥の2D剣客アクションの傑作である。2009年発売。
エントリを見ると我が家でもWii終了後の2014年になってからWiiUで楽しんでプレイしている。
繰り返すが、万人にお勧めしたい、大変素晴らしいゲームである。

が、Wiiでのサードパーティのアクションそれも2Dと言う事で予想が付くとおり、その内容に比してあまり売り上げが寂しかった。後に、任天堂の公式名作廉価版シリーズ「みんなのおすすめセレクション」にも選出されていたが、合わせても7,8万程度だったとのこと。

その後、2013年にはVita版も登場しており、そちらでの売れ行きを案じていた。が、やはりプレイ層にマッチしたのか、Wii版を遙かに上回る好成績に喝采を送っていたところ、DLC発売の報を受けて驚いた。
どうも、単なるアイテムや衣装のバラ売りでは無く、完成されたこのゲームシステムを使って新しいキャラで新しいシナリオを丸々1本作るらしいのだ。
本来の朧村正には、鬼助伝と百姫伝の2本のシナリオが入っていたといえるから、つまり本編の半分程度の遊びがDLCで追加購入できると言う事である。

そしてこれが肝心な点だが、当然のごとく、DLCはVita版のみであって、既に旧機種となったWii版は提供緒されるわけが無いのである。
非常に残念な事であるが、利益を考えれば当然の対応だろう。その後WiiUにてそのまま遊べるWii版のベタDL版が登場したが、当然、DLCに対応する見込みは最初から無い。

しかも、好評を博したためか、DLCシナリオはどんどんと第4弾まで登場。いいなあプレイしたいなあと、膝を抱えつつ、まあ、機会があれば…、と思っていた。

機会は来た。

この3月のPS+のフリープレイに、なんとVita版朧村正が登場!
しかも、それに合わせて4月5日まではDLCが何と半額のキャンペーン。これは買うしかないでしょう。

と言うわけで、早速DLC第一弾を購入。あんなに熱望したコンテンツが僅か250円で買えるという歓喜。
ただ、本編を全く遊んで無くてもDLCだけプレイできるのかどうか若干不安があったが、問題なくプレイできて安堵した。

上では、本編の半分の遊びなどと書いたが、実際はそこまでボリュームがあるわけではないだろうとも思っていた。所詮DLCであるし、新キャラ出してちょろっと遊ばすだけ、という商売でも、本来のDLC価格500円から判断しても、全く問題は無いだろうから。
しかし、プレイしてみると、鍛錬リストなどから推察するに、結構ボリュームありそうな雰囲気である。しかも本編に比べて若干難易度も高そうだ。というか敵が堅い。
これは結構長い事楽しめそうである。

サブとしてプレイを進めているが、現在Vitaではシュタゲ0をプレイ中なので、若干面倒もある。
というのは、朧村正は固定セーブポイント方式なのである。もちろんスタンバイは可能だから、これだけをプレイするならWiiより便利にプレイできるわけだが、シュタゲに切り替えるとゲーム終了になってしまうので、その場合には、どうしてもセーブポイントに戻ってセーブしておかなければならないわけである。そうそう、セーブデータは、本編とは別記録である。

また進展があれば報告しよう。
マーベラス
朧村正DLC 元禄怪奇譚 津奈缶猫魔稿(通称 化猫)

VitaTV+ホームシアターHTP-S353でのPCM頭欠け問題について

最近あったトラブルとその解決についてメモ。

[問題]
VitaTVをホームシアター(HTP-S353)にHDMI接続して使用する際に、しばしば頭欠け(音楽の出だしの1秒程度が聞こえない)が発生する。

[原因]
次の原因が重なって起きる。
1.このホームシアターではHDMI入力ソースのフォーマット認識に時間が掛かってしまうらしく、特にPCMの場合、その間、わずか1秒弱だが無音となってしまう(機種固有の問題では無く、多くのホームシアターで見られる現象)。
2.VitaTVのHDMI出力はPCMであり、特にソフト側で配慮しない限り、音源切替時や無音時に音声出力が無くなる(切れる)。

[対処法]
VitaTVを繋いで、PCM入力状態にて、HTP-S353のツール機能設定で「PCMフィックス」をオンにする。

[経緯と解説]
大概のホームシアターは、HDMI入力ソースのフォーマットを自動判別する。この判別には時間が掛かることがあり、特にPCMの場合、出だしの1秒弱が無音となってしまう事が多い。これが頭欠けである。出だしだけの問題であるから、短時間に何度も出だしが発生する音楽ソース、つまり、例えばCD再生であるとか、シーン毎に音楽や台詞を個別に再生するゲームプレイ時などに、特に目立つ問題となる。

特にVitaTVの場合、出力音声はPCM固定ではあるが、その機器特性として、どうやら無音時には音声出力が無いという状況になっているようだ。これは元来本体のスピーカを鳴らすだけであるバッテリ動作の携帯機の仕様としては理にかなっている。無音時には音声出力が無いのは当然だと思うだろう。しかし、「無音を音声出力する」、という事も可能な訳である。ソフト側の工夫によって曲の切替時や無音時にも継続して「無音を出力」していれば、原理上、上記の頭欠け問題は発生しない。実際、VitaTV対応を謳う、丁寧に作られたソフトには、こうした配慮がなされているものもあると思われる。例えば、本体収録のミュージックなどでは頭欠けは発生しない。

また、同様に、常に音声出力がなされている「賑やかな」ソフトなら、頭欠け問題は発生・認識しづらいだろう。
我が家でこれまでプレイしてきたVitaソフトは全てTVでのプレイであるが、とくに頭欠け問題を感じた事は無かった。つまり、「ダンガンロンパ1・2 リロード」「絶対絶望少女」「ネットハイ」「ファイナルファンタジー零式」「ブリガンダイン グランドエディション」「ポポロクロイス物語」のタイトルでは認識するほどの問題は発生しなかったと言う事である。

しかし、現在プレイしている「シュタインズ・ゲート0 Vita版」。これは、かなり頭欠けが目立つのである。
本作では、割合シリアス展開なので、BGMがなくて台詞だけ、というシーンも多い。そうしたシーンでは、ほぼ頭欠けが発生し、台詞の冒頭の1秒弱が再生されない。この時ホームシアターの表示部を見ると、PCMと表示が流れ、フォーマット認識が実行された事が分かる。クイックロードから同じシーンをプレイし直しても、同じ所で必ず頭欠けは発生する事を確認した。ただし、ボタン連打してスキップ気味にシーンを捲り、前の音声が残っている内に次の音声につなげると、同じシーンでも頭欠けは発生しない。無音状態が発生してしまうと、次の音声の冒頭が頭欠けする、という事のようである。

最初は、あれ?と思いながらだましだましプレイしていたが、やはり気になるので調査を開始。
当初は何故こんな現象が起こるのかすら分からなかったので、ソフトのバグから始まって、VitaTVの故障、HDMIケーブルの異状、機器接続の相性まで疑って試行錯誤を重ねた。

我が家の現状の接続は下記となる。

[VitaTV] (HDMI出力) - HDMI - (HDMI入力2) [レグザ42ZP3] (HDMI入力1(ARC)) - HDMI - (HDMI出力) [HTP-S353]

PCM2chというVitaTVの仕様と、HTP-S353の入力端子が満員という現状から、空いているTVの入力端子へ接続し、ARCでホームシアターに音声を送っている。
まず、HDMIケーブルを変えてみたが問題は解決しなかったのでHDMIケーブルの異状ではない事が分かった。次に42ZP3とHTP-S353をARCを使用せず、光デジタルケーブルで接続し、出力音声フォーマットの設定を変えてみたが変化無しだったので、HDMIのネゴ系の問題でもない事が分かった。次に機器の接続トポロジをいろいろ変えてみた。
・[VitaTV] (HDMI出力) - HDMI - (HDMI入力2) [レグザ42ZP3](TVのスピーカで音声出力)
→頭欠け発生せず

・[VitaTV] (HDMI出力) - HDMI - (HDMI入力1) [HTP-S353] (HDMI出力) - HDMI - (HDMI入力1) [レグザ42ZP3]
→頭欠け発生

と言う事で、段々とホームシアターでのフォーマット認識が問題だと絞られてきて、その後、検索して、これは頭欠けとしてよく知られた問題であると判明したのである。

頭欠けを防ぐには、原理より考えて主に2種類の方策がある。1つ目は、入力ソースのフォーマットを自動判別させず、PCMならPCMと決め打ち設定する方法。2つ目は、頭欠けを緩和する機能設定がホームシアターにあるならば、それを使用するという方法である。

HTP-S353でとれる方策は、後者である。マニュアルに、「PCMフレックス」という、そのものずばりの設定項目がある。
「CDなどのPCM信号を再生しているときに、曲の初めが途切れる場合があります。そのときは、ONにすることで改善されます。ONはPCM音声専用です。PCM音声以外の信号では、音が出ずにノイズが出ることがあります」とある。

しかし、この設定に、もう一波乱あった。というのも、ツール機能ボタンから設定できないのである。HTP-S353の設定メニューは、便利なのか不便なのか、現在の状態に対する設定を行う、というポリシーで、現状に関係ある項目しか出てこないのだ。
だから、例えば、HDMI入力1の「BD/DVD」に切り替えている状態で「PCMフレックス」をONにしても、当然ながら上記のVitaの接続時の設定には全く関係ない。VitaTVを使用時には、HTP-S353は、「TV(ARC)」になっている。だから、この「TV(ARC)」の状態で、ツール機能ボタンを押す必要がある。
さらに、この設定時に、実際にPCMが入力がされていない場合には、設定メニューに「PCMフレックス」が現れない。単にホームシアターの電源だけを入れて「TV(ARC)」に切り替えても、入力ソースが無いので「PCMフレックス」項目が出てこない。さらにTVの電源を入れても、通常番組だとAACだったりするので、やはり項目が出てこない。キチンと、Vitaを起動して、キチンとPCMが流れている状態でツール機能ボタンを押さないと「PCMフレックス」が現れずに設定できないのである。

分かってみれば簡単なものの、実際にはドハマリして、あれ?何故?と大変苦労したので、念のため、ここに書いておくものである。

こうしてPCMフレックスをONにしたところ、問題は霧散した。
現在は、快適に「シュタインズ・ゲート0」をプレイしている。
これはあくまで推測だが、他のソフトでは頭欠け問題を認識して無音時の無音出力で対処している丁寧な作りのソフトもあるのだろうが、やはり安定の5pb.の手抜き品質、という事なのだろうな、と思った。
ソニーにはソフトメーカーへの啓蒙を進めてもらいたい。

迷宮/清水義範

3月の積み本消化1冊目。

久々の清水義範。といっても、奥付を見ると2002年と結構古い本だ。
この本は一応ミステリという分類になるのだと思うが、普通のミステリでは無く、大変、毛色の変わったタイプである。

以下ネタバレあり。

読み始めるとすぐに、「私」の置かれている状況が特殊である事が分かる。
私には、どうやら記憶が無く、自分が誰であるかという知識も確信も無いようだ。名前も明かされない。環境もよく分からないが、医師が付き添っており、どうも病院のような施設に収容されているようである。その私の前に、仮に「治療師」とでも呼ぶしか無い、名乗らない男が現れ、今後しばらく、特殊な治療を試みることにしたという。私には拒否する意思も手段もない。治療師はコピーした紙の束を取り出して私に渡した。今日はまずこれを読んでもらいます、と。それは、ある猟奇殺人事件のレポートであった…。という様な出だし。

記憶を失っている「私」とは誰なのか。治療師は誰で、一体何のためにこんな治療を行うのか。件の猟奇殺人は何故起こったのか。殺人を犯さなくてはならなかった理由とは、つまり真実とは何だったのか。

治療師が読ませる冊子は、毎回異なったものが渡される。
レポート。週刊誌の事件報道のコピー。関係者へのインタビューの書き起こし。この事件をテーマに小説を書こうとする小説家の手記。その小説家が師である作家にあてた手紙。警察による取り調べの供述調書、etc。
パスティーシュの名手である著者による文体模写の技巧全開といった感のある構成。そして、ただ並べた、と言うだけでは無く、それぞれの立場からの事件への微妙に異なる視点が、それぞれにとっての真実を浮かび上がらせていく。真実とは何か。
そして、タイトルにある「迷宮」。それぞれの真実が集まる毎に、謎は返って、ますます混迷を深めてゆく。
マスコミの決めつけ報道。無垢な被害者に見えた女性の打算。闇に引き寄せられるかのように事件に興味を持ち始める小説家…。
最初は単純に見えた事件も、真実を知れば知るほど、どんどん分からなくなってゆく。真実を浸食する迷宮の闇は、やがて小説というフレームをも飲み込んでゆく。

「私」が読んでいるモノは、一体、これは何なのか。私とは誰か。
ミステリ小説とは何か。ミステリ小説を読むという事は、一体どういう事なのか。
ミステリ小説を書くという事は、どういう事なのか。

フーダニットに見せかけて実はホワイダニットかな、とか思いつつ読み進めていた読者は、最後の最後になって、今自分がいる世界に迫る闇を感じ、それがもろくも崩れ去る気配を感じながら読書を終える事になる。

「え?これで終わり?なんで笑ってるの?どういうこと?」
というのが、大半の人の読後の最初の感想だろう。私もそうだった。

私=井口克己=記憶喪失の振りをしているかもしれない殺人犯
治療師=中澤博久=小説家=自分が考えた真実を井口に思い出させようと暗躍

みたいなぼんやりした印象を提示して曖昧なまま終わってしまったかに見える。
誰にとっても真実、などというものはない、というテーマがあるようにも思わせる。
あくまで普通のミステリの範疇で解釈するなら、こうしたやや歪で不明瞭な終わり方をしたよく分からない話、となるだろう。

しかし、一歩引いてメタな視点を持つと、

私=読者
治療師=清水義範

という解釈も可能だ。
これまでの記憶を一切持たないままに、むりやり事件記録を読まされる「私」とは、つまりミステリの読者の事である。
自分が考えた「真実」を、次々提示する文章の力によって、どうにかして「私」に思い出させよう=心から納得させよう、と奮闘するのはミステリ作家である。
しかし、ただ単に読者と作者、というだけでは無いだろう。

私=読者=一般的なミステリ読者
治療師=(三流の)ミステリ作家≒清水義範(という韜晦)

とまで踏み込んだ解釈が可能だ。
ミステリ作家は、読者に得心させるため、情報の提供順やその説明の微妙に誘導的な文言の叙述に腐心する。見惚れるような流麗な文章でそうした世界を構築する一流どころもいれば、ステージの綻びは心優しい読者が見て見ぬふりをするような三流の作家もいよう。

本作では、治療師に不審を抱いた私は、とうとう供述調書を取り寄せ、自ら真実を探し求め、治療師の作為を見抜いて逆に追い詰めはじめる。
これはどういう事か。
つまり、三流ミステリ作家のヘボな作品のアラに突っ込む読者、と言う事なのだ。作中の中盤で唐突に中島が思い出す、彼の処女作にあった事件をほのめかすようなシーンの記述。こうしたあり得ないような後出し証拠は、ミステリでは御法度だ。だから、読者である「私」によって突っ込まれ、後半、相応の報いを受ける羽目になるのだ。

こうして、一転攻勢に出た私は、治療師を問い詰める。小説家にとっての真実を、あなたは現実に押しつけようとする、と。
「あなたの作った記憶を植えつけようとしたんです。(略)そうすればあなたの作品が見事に完結するからです」
と、手厳しい台詞は、小説の中の「私」の台詞なのか。それとも読者の台詞なのか。

そして、そうした治療師の目論見にもかかわらず、「私」は、私は何も思い出さない、とつれない言葉を吐く。

しかし、治療師=小説家の中島=清水義範=本作の作家は、なおも食い下がる。
ラストシーンで治療師は、唐突に私に問う。記憶喪失は本当だろうか、と。本当は、もう、途中から全てを思い出していたのでしょう?、と。

読者である私が「全てを思い出す」というのは、畢竟、その作品がミステリとして成立しえたと認識する、という意味に他ならない。なにしろ、そうだそうだ、真実はそうだったんだ、と納得するという事であるのだから。

纏めきれなかった穴だらけの三流ミステリを読まされ、あまつさえ、作者から、作品として成立したと認めて欲しいと嘆願されてしまうのである。こんな状況に立たされたミステリ読者はどうしたら良いのか。

「私は、言葉を失ってしばらく沈黙してしまった。
しかし、十秒ほどたって、とうとうたまらず声をたてて、くっく、と笑ってしまった。」

これが結文である。読者は苦笑するしか無いわけだ。

蛇足ながら纏めると、つまり、本作は、ミステリという構造を借りて、ミステリ小説を書くという事とそれを読むという事という、極めて特殊な認知的文化的作業そのものをパロディとしたユーモア小説なのである。
三流ミステリそのものとしても読めるし、サイコサスペンスとしても読めるし、それらを含有した叙述トリックの新機軸とも読めるし、そうした構造そのものを笑うユーモア小説としても読める、という大変に階層的な、まさしく「迷宮」構造となっているのだ。

冒頭の文章。
「自分のことを私と称することにする。(略)最も無色に近い私という語を使うのが、私には妥当だろう。」

読者は、記憶喪失のような、真っ新な無色の「私」として、小説と向き合い、小説を挟んで作者と相対する。
さあ読んでください、と作者は促す。「私」を作っていってください、と。

迷宮=めいきゅう=Make you

これが本書に隠された最大のトリックだと私は思った。
そこに見えるのは、パスティーシュの旗手として数多のパロディ作品、ユーモア作品を手がけてきた作者の矜持であろう。
あなたは、どの階層の「あなた」を作ってくれますか、と。

一旦こうして本作をユーモア小説と認識してしまうと、もう、それ以後はどうしてもそうとしか見えなかった。
気味の悪い猟奇殺人の描写と犯人が秘めた心の闇が、文体を変えつつ繰り返し繰り返し描かれ、じっくりと醸造された後味の悪い作品世界の雰囲気。
それが、ラスト数ページで、そして最後のたったの1文で、見事に覆されてユーモア小説に化けてしまうのだ。
これほどの切れ味は見た事が無いと思う。さすがの一言である。

最近ご無沙汰だったので、また清水さんの新刊も追いかけようと思う。

清水義範
迷宮

WiiU/タイニーシーフ/任天堂

昨年末の、「ちょっと気になる世界のゲームを…」キャンペーン第2弾の際にまとめ買いしたDLゲームの2本目。

ゲーム自体は、ちょっと前に出たスマホゲーの移植。Appleのキャンペーンにも使われていたのでタイトル自体は知っていた。
元々Unityで、サクッとWiiU化したかのような印象だ。初期ロード重いし。

ゲーム内容は、小さな泥棒タイニーシーフとなって、2Dサイドビューの画面内を見つからないように隠れつつ歩き回ってお宝を探しだす、というシンプルパズル。
元スマホゲーと言う事で、タッチオンリーで遊べるし、それが一番操作しやすい。
マップ上の場所をタッチすると、その場所まで連続で歩ける場合には、その場所へ移動。移動後や移動中に、何かアクションができる場合には、アクションアイコンの吹き出しが出るのでそれにタッチするとアクション。
例えば、樽の横まで移動すると、「樽に隠れる」アクションの吹き出しが出るので、タッチすれば隠れる。ドアの前に言って「カギをつかう」アクションをタッチすれば、手持ちのカギを使って扉を開ける、etc。

クリア目的であれば、原則、攻略順によるハマリは無いように作ってあるので、気軽にあれこれ移動してタッチしまくればクリアできる。
難易度は易しめで、ストーリー仕立てになった全30面をのんびり楽しめる。
歯ごたえのあるパズルを求めるタイプには向かないが、可愛い絵面が好きな人で、特に、海外アニメ調のキャラ達の細かな仕草が丁寧に作り込んであるので、そうした演出を眺めて楽しめる人にはお薦めだ。結構好きだったな。

目的のお宝さえゲットすれば面クリアできるし、それ自体はパズルとしてもかなり易しい。しかし、その他にも、各面に必ず隠れている相棒のフェレットを見つける事と、面によって2~4個隠された秘密のお宝をゲットする事の、2つのボーナスポイントがあるので、これら全てをコンプリートしようとすれば、やや易しめの普通、程度の難度になるかな。秘密のお宝は、操作手順によっては壊れてしまったり移動できなくなったりしてそのプレイでは入手不可となる場合もあるので、よく考えて操作する必要がある。
しかし、メインのお宝を含め、全ての攻略手順がヘルプに書いてあるので、どうしても困ったらそれを見ると良いだろう。特に初期には、どういう画面表現にはどういう反応を起こせるのか、というゲームのクセを知るために見てみても良いかも。ともかく、これがあるので、誰でも100%完全にクリア可能なゲームではある。

30面あるものの、普通のパズル好きならスルスル解けると思うので、コンプリートにはそう時間も掛からないだろう。今見てみたら、我が家の累計は12時間だった。コンプのためにもう一回、という事も多かったので、クリアだけなら半分で行けると思う。

歯ごたえパズルやガッツリボリュームを求める人には向かないが、雰囲気を楽しめる人には値段相応の価値はあるだろう。

任天堂
タイニーシーフ

PS3コントローラー DUALSHOCK3の故障と修理

先日、ぼちぼちネットハイが終わろうかという時期に、次期のゲームを選定する上での困難が生じていた。
実は、PS3のコントローラ(DUALSHOCK3、DS3)が2つとも故障してしまっていたのである。

一つは、2011年2月に購入したPS3本体に同梱の黒、もう一つは同年6月に追加購入したメタリック・ブルー。
型番は共にCECHZC2J。
ちなみに、同型のシルバーを2014年に購入してVitaTV用に使用しているが、こちらには不調は無い。

念のため、本体の不具合では無い事を確認しようとペアリングを切り替えてみたが、やはり黒と青はVitaTVでもおかしいし、銀はPS3でも異常無しだった。
2011年に購入した個体が、経年劣化で5年後に故障、という事であろう。銀もいずれおかしくなる可能性は高いだろう。

症状は、不正入力。両アナログスティックが常に入力されているような状態となり、例えばXMB上で、がーっとかってに現在位置のカーソルが動きまくる。特に、本体に強いねじり力を掛けた時や、PSボタンを押した時に発動するようである。
正直、使い物にならない、という状態だが、PS3でプレイ中のゲームが無かったため、そんな状態でもだましだまし使っていたのである。

しかし、次のメインゲームとしてPS3のタイトルを選択してしまったらそうはいかない。
時間も無かったし面倒なのでサクッと新コンを購入する事も考えたが、DS3は約6000円と結構な出費である。
とりあえず類例でもと検索してみると、出るわ出るわ。

どうも、こうした症状は、DS3の経年劣化に伴う異状として多発しており、設計上の不具合とまで評されているようである。
そして、その対処法も実践例が多数報告されている。
代表的なものは、本体カバーを開き、バッテリの上にティッシュをのせて閉めるだけ、という簡便なものだ。
どうもこの不具合の主因は、基板上のコントローラ接点とコントローラの密着度が落ちる事にあるらしい。それは、巡り巡って接点の密着圧力を付与している基板裏のバッテリを押さえるウレタンスポンジが劣化する事に寄るようだ。つまり、ここに何か物を挟んで保持の与圧を上げてやれば回復する可能性がある、という原理である。

さすがにティッシュでは心許ないので、手元の工作用紙をカットして重ね、バッテリと本体ガワの隙間に貼り付けてみた。

本当に、これでバッチリ治るので、笑ってしまう。

実際に使いながら、コントローラを強くねじったりして、何度かガワを開いて紙の厚さを調整した。薄いと不具合が出るし、暑いとガワがキチンと閉まらず格好悪いのだ。

しばらくはこれで使えそうである。
一件落着。

先週読んだ漫画 16/02/01-02/31

また、2月分を1ヶ月まとめてメモだけ。

●君に届け 23巻/椎名軽穂

ケントは良い奴なんだが、どうも好きになれない。そんなケント受難の巻。でも、みんな、スッキリと心に正直に生きていって欲しいよね。高校生にとって、恋か人生(進路)か、と問われれば、当然、人生を選ぶのがリアルだろう。特に現代っ子は賢いから、恋なんて曖昧なものに全てを託したりしない。だからこそ、君届はリアルだと思うし、逆にそこをリアルにやっちゃうと人気が出ないと思う。マンガのキャラは恋に命を燃やして欲しいだろうから。でも、個人的にはそういう地味なところが好きな作品だ。

●聖☆おにいさん 8-10巻/中村光

積み漫画をえらく久しぶりに3巻纏めて読む。やっぱり一気に読むと面白いよね。イエスもブッダも段々マンガキャラ化してる印象。七福神をはじめ恵方巻きのようなネタまで広げてきているのに、相変わらずイスラム教のイの字も無い徹底っぷり。まあ、誰しも命は惜しいよね。

●ケロロ軍曹 23-24巻/吉崎観音

新ケロロ登場で、なんかピントがぼやけた印象。謎少女の登場が拍車を掛ける。まあ、面白く無い事も無いけど、けっこう惰性になってきたかな。そろそろさっさと侵略して欲しい。もしくは桃華ネタ希望。

●炎の転校生 愛蔵版 1-5巻/島本和彦

Kindleの期間限定無料コミックスにコミックス単行本の1巻があったので、思わずDLして妻に勧め、自分も懐かしく読んだ。するとどうにも止まらなくなって、安い中古のセットを購入してしまった。

SFC/ライブアライブ/スクウェア

ブラストドーザーをクリアしたので、ローテ枠にて次のゲームとしてプレイ開始。
SFCのターンと言う事で、ピックアップしておいたこの名作をチョイス。

パッケージイラストを見て分かるとおり、7人の実力派漫画家が7本のシナリオにそれぞれイラストを提供するという豪華な作りの本作は、版権の関係からVC化は絶望視されていたのだが、予想を裏切る昨年のVC電撃発売はまだ記憶に新しいところ。
一応、ローテ枠に準備したタイトルには各実機でしかプレイできないモノを集めてあるので、どうしようかなとも思ったが、以前のエントリでも書いたように、折角電池交換までして準備したのだし、とそのまま実機プレイする事にした。

さて、プレイ数時間のインプレッション。
上記のように7本のRPGシナリオ集と言う事で、まずは近未来編からスタート。もちろん、イラスト島本和彦という点が大きな理由を占める?!
実際のゲーム内容と言えば、見下ろしフィールド画面+シンボルエンカウントでリアルタイムターン制のコマンド式パーティバトルに突入というスクウェアの定番スタイル。
ぐんぐんレベルが上がるバトルは簡単で爽快だが、フィールドでのイベントフラグ探しが、若干、昔のゲームの不親切さもあって戸惑う。まあ、これが味だとは思うが。台詞や演出がかなり異色で素晴らしい。

メニューからいつでもセーブ可能というシステムはプレイしやすくて助かる。
また、シナリオが片付いたりクリアしたりしたら報告しよう。

スクウェア
ライブアライブ

社長、その商品名、危なすぎます!/富澤正

2月の積み本消化8冊目。
これは図書館で借りた本。

あまり好きな言葉では無いのだが、近年、何かとIPIPとかしましい。
ビジネスの上でも、消費者としても、知的財産権(Intellectual Property)の知識は、今やネットリテラシーに次ぐ必須の常識となりつつある。
そのIPの一つとして、弁理士の立場からおもに商標権を解説した書。
商標とは商品の目印である、という原則から易しく平易に解説した内容は、万人向けであろう。

商売や個人ブログなどで、うっかり他人の商標を使うとヤバイよ、という話が大半である。
とくにオリンピックなどが狂気の沙汰で、「東京オリンピックを応援しています」なんてダイレクトなコピーを勝手に使うとアウトなのは誰しも分かると思うが、「祝2020年開催」や「割引2020円キャンペーン」程度の文言でもアウトらしい。運動ボランティアの振りをした金の亡者も始末に悪いが、それを景気高揚の足がかりにするために法整備して後押しする国も大概だ。

商標かどうかをどう判断するか、登録されているかどうか調べるか、どうやって登録するか、など幅広く解説されているが、個人的に一番肝心だと思う「消尽」の話がすっぽり抜けているのは実に片手落ちだと思う。
この概念を知らずに、本書などで他人の権利ばっかり聞かされた超真面目人間は、全く身動き取れなくなるのでは?

実際、うちのwebショップにも、弁理士事務所から警告書が来る事があるけど、きっちり論旨を通した回答を送るとぷっつりと黙る。無知を相手に結構コスイ商売している所もあるんだなあと思うね。

富澤正
社長、その商品名、危なすぎます!

猫にかまけて/町田康

2月の積み本消化7冊目。

かなり前に読んだ妻が面白いと薦めてくれていた本。

内容はタイトルの通り、作家が飼い猫をかわいがる日常を独特の筆致で綴ったエッセイ。
何もこの時期に読まなくともと思うかもしれないが、積まれた順番の古い本から処理したいという事もあったし、逆に、今だから読んでみようかという気持ちもあった。
独特の文体についての評は別の機会に譲るとして、嘘か本当か、作者の、まさに猫にかまけた生活ぶりが実に鮮やかに綴られており、猫好きには大変に堪能できる本だろうと思った。
私は実はそれほど猫好きでは無い。無論嫌いではないが、作者のように、路地裏の野良に見境無く寄っていって人目も憚らず呼びかけて愛でる、という猫好きの程度に比べたら、至って普通だろうと思う。私が愛したのは、ぶっちゃんとみけぼんであり、それは猫としてでは無く、やはり家族として慈しんだ、という事だろうと自分では思う。
しかし、家族だろうと端から見れば猫は猫だろうし、作者のかまけっぷりも凄いと思うが、かく言う自分だって、はっきり言って妻と猫にかまけるために勤めを辞めて自営業を始めたわけで、以来10年余にわたってかまけてこれたのは大変な幸福だったとしみじみ思う。

本書の中で、ヘッケという若い猫と、ココアという老猫を、作者は亡くす。その看取りの日々も克明に綴られるのだが、ぶっちゃんを失ったばかりの私には、確かに非常に胸に迫る思いもしたが、逆に、事前に思っていたほど読むのが辛い事も無かった。ぶっちゃんは幸せに生涯を終えたんだ、という確かな納得が喪失の辛さを減じているのだろうと思った。本書では、どちらの猫も、数週から1ヶ月近くに渡って闘病の日々が続き、作者と家人は心身ともに大変に疲弊する。振り返ってぶっちゃんは、本当に調子が悪くなったのは僅か2日の事だったし、長い事辛い思いをしたという印象のみけぼんにしてもせいぜいが10日に満たない期間の事であった。作者や作者の猫たちには悪いが、ぶーみけはそれほど辛い思いをせず良かったんだと思わずにはいられなかった。むろんそれで、どれだけ私達夫婦が助けられた事か計り知れないだろう。

作者の他の作品は読んだ事が無いが、機会があれば読んでみようと思った。

町田康
猫にかまけて

ご注文はうさぎですか??/PrimeVideo

プライムビデオの第4弾は、引き続いてごちうさの2期。

相変わらずの、ほっこり優しい空間で和んだ。
OPEDとも当然一新だが、すわマニアに媚びだしたかと当初感じた演出も、チノ達が授業で発表した創作ダンスと思えば、それほど違和感を感じなくなった。
思えば、1期もOPEDが素晴らしかったと思う。EDもトランプがくるくる回るだけの演出と見せかけて、毎回毎回、回り方やデザインが異なる凝った作りだった。
声優陣が歌う主題歌も良い出来だと思う。決して歌が上手い訳では無いが、やはり声に馴染んでいるので、和み空間の演出上素晴らしい効果があると思う。歌単体としてならば、1期OPの「Daydream cafe」が一番好きかな。今でもたまに脳内再生される。

ココアの姉のモカが数話に渡って登場した以外は、あまり新規の登場人物も無く安定世界でほのぼの日常。千夜の祖母、ココアの母、リゼの父、メグの母、青山の担当、リゼとシャロの高校の生徒の一部が台詞ありの新規キャラな程度。

そういえば、モカが電車に乗っているシーン、列車が右側通行になっていて驚いた。多分、参考にした海外の映像をそのままアニメ化したんだろうね。

サザエさん方式では無く、時間経過をちゃんとやるみたいで、チノ達が進路に悩む話などがあって実に興味深い。
この辺りも考え出すと気になって、やっぱり原作に手を出すか…となってくる。
かなりの人気だったみたいだし、3期はあるのだろうか。原作の進度にも寄るだろうが、14年15年と放映されているので、今年後半か来年辺りだろうか。もし放送されるならチェックしたい所。
こうして考えると、結構ファンになっている自分を発見して軽くビックリ。
そのうちゲームにも手を出しそうだ。まあ、妻もこの作品は結構好きみたいだし、いいよね。今日発売日だったと思うが、評価はどんなものか。ワゴン行きを虎視眈々と狙おう。


ご注文はうさぎですか??