日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -84ページ目

結局は、俺の負けだ

部屋の中に投げ込まれた鍋から、嫌な臭いがした。


あまりの悪臭に、吐き気がした。


蓋を開けると、そこには腐海の森が広がっていた。(意味がわからない人は、風の谷のナウシカを参照のこと)



鍋を、窓の外へ投げ捨ててやろうか。


そう思ったが、出来はしなかった。



この鍋で、父は生前、様々な料理を俺のために作ってくれたのだ。



そして、母も。



俺は、意地でも鍋など洗いたくはなかったが、


この状態では、今夜、眠ることなど出来そうになかった。

 


俺はキッチンへ鍋を持って行き、洗った。



それは、俺の敗北を意味していた。



俺の脳味噌は、ドーパミンで満たされ、


娘の母親の脳味噌は、おそらくセロトニンで満たされるはずだ。



俺は、右側頭葉に微かな痛みを感じた。


早くも、ドーパミンが分泌されたのか。


いや、


元々、俺の脳味噌は年がら年中、ドーパミン漬けなのだ。



快感物質が、脳味噌の中に分泌されたことなど、皆無だ。



こうしてストレス物質が溜まり、最後には、脳の中に腫瘍が形成されるのかも知れない。





疲れが溜まっていた。



酒が飲みたかった。



アルコールで脳を麻痺させたかった。


しかし、


酒などどこにもなかった。



俺は、唯一の安息の場所、


睡眠へ。


そう思った。


それ以外に、やれることは何もなかった。



寝るだけだ。


ペタしてね

見知らぬ老婆~神について語る

財布の中身は、空っぽだった。


それでも、書店に足が向いてしまう。



俺はひらずみの一角を眺め、おもしろそうな本がないか、視線をさまよわせた。



「とても、沢山の本があるわね」



いきなり、見知らぬ老婆が俺に語りかけてきた。


老婆は杖をつき、皺だらけの顔をほころばせている。



「なんでも、本にしてしまうのね」



おもしろいことを言うじゃないか。


俺は目の前の、小さく萎縮してしまった老婆に、少しばかりの興味を覚えていた。



「ここに置いてある本の中にも、おもしろいやつはありまよ、多分」



俺が言うと、老婆はあまりにも唐突に、聖書はどこに置いてあるのか、と言いだした。


(老婆は、聖書がこの世で、もっともおもしろい書物だと言いたかったのか?)


奥にあるんじゃないかな、と、俺は言う。



「私は、聖書を食べて、生きているのよ」



やっかいな相手だ、これは。


俺は即座に そう判断した。


案の定、俺の困惑など知ったことかと言わんばかりに、老婆はしゃべり始めた。


神に許しを請うたのか、懺悔をしたのか、


その後、生活が激変したなどと言っている。


俺は曖昧に返事をしながら、雑誌が並ぶ棚の方へ、さりげなく移動した。


老婆も、俺の後を付いてくる。


俺の隣にぴったりと張り付き、どこまでも、付きまとうつもりのようだ。


老婆の話が、戦時中、いかに苦労したかというような話になった。


そのとき、神が救ってくれた。


多分、そんなことを言っていたのだろう。


俺は雑誌を読んでいて、老婆の話は半分も聞いてはいなかった。


まいったという表情を作り、老婆に相づちを打つも、老婆はいっこうに気にかけない。


俺は雑誌を読みながら、老婆がいう単語を拾っていた。



~宇宙も、無数に輝く星も、月も、地球も、神が創造されたと、聖書に書いてある。


なんだそれは。


神はビックバンと同義か?



~私の心は、神の許しを得て、今はとても清らかだ。


それはよかった。


それ以外になんと言えばいい?



~神はまず、男を創造され、ひとりで寂しそうなので、何かの肋骨から女を創造された。


それは違うぞ。


まず、女が先だ。


そして男は、女から作られたのだ。


男は女の亜種だ。


科学では、そう言うことになっている。



次第に、雑誌よりも、老婆の話が気にかかるようになってきた。



~聖書は人が書いたのではなく、神が書いたのだ。


それも違うよな。


キリストの弟子が書いたんじゃなかったか?



老婆がついに、「天国」などと言い出した。


~心や魂は、目に見えない。


この世の尊いもの全てが、目には見えないのだ。それは神も同じだ。


俺は我慢できずに、一つの疑問を老婆にぶつけてみた。



「キリスト教の場合、天国へ行った後、生き返ることが出来るんでしたっけ?」



今度は老婆が困惑の表情を浮かべた。


俺は、とんでもないことを聞いてしまったのか?


俺はどちらかと言うと、仏教的なものにふれて、育った。


日本人の殆どが、おそらくはそうではないか?



転生は、仏教の考え方だった。



老婆は確固たる自信を持って、こう答えた。


~天国で、完璧な安らぎを得ているので、生き返る必要など無い。


俺はうんざりしてきた。


ここで俺が、神などいるものか!などと言ったら、老婆は悲しむだろうか?


老婆は、実に自信たっぷりに、己の信ずる神について語り続けた。


それは、ある意味、うらやましくもあった。


ここまで、なんの迷いもなく、信じられるものがあるなんて、すごい事じゃないか。



老婆はひとり、自分の信ずる神に祈りを捧げればいい。


神を信じない俺なんかに、神のことを語る必要など無いのだ。



老婆は熱く、神について語り続けている。


俺は雑誌を棚に戻し、老婆に


「なるほど」


と、ひとこと言い、踵を返した。


歩き出した俺を、老婆は黙って見送っていた。



もう、付いてはこなかった。




ペタしてね

金縛り~それは夢から始まった

金縛り、あったことある? ブログネタ:金縛り、あったことある? 参加中
本文はここから



俺は学生時代に一度だけ、金縛りにあったことがあった。

それ以後、金縛りに遭うことは、二度と無かった。

いや、これから先、あるかもしれないが。





金縛り。

それは夢から始まった。


何故か俺は、夢の中で目覚めた。

この時点で、かなり異常な夢ではあった。

夢の中の夢。

夢の二重構造。

しかし俺は、夢だとは思っていなかった。


俺は寝床から起き上がると、開け放たれた窓から、階下を眺めた。


俺の部屋は二階だった。

電柱に取り付けられた外灯が、緑色の光を放ち、闇から路面を浮かび上がらせている。

静謐で、どこか不穏だった。

案の定、白い陰のような、異形の者たちが現れた。

ゆっくりと歩いてるのだが、残像が尾を引き、手や足があるのか、それとも無いのか、

顔があるのかすら、判別できなかった。

階下の車道を徘徊する異形の者たちが、次々と集まってくる。

次第に何かの意志に従うように、一つの方向へ向かって歩き始めた。

俺は驚愕した。

異形の者たちは、俺の部屋を目指しているのだ。


俺はドアへ急ぎ、鍵が掛かっていることを確認すると、ドアから数歩下がった。



ドアノブが、ゆっくりと廻った。


異形の者たちが、大挙して、ドアの外に集まっていることは、明白だった。


ガシャガシャガシャ。


ドアノブが音を立てる。

俺は恐怖のあまり、悲鳴を上げた。

しかし、声にはならなかった。

俺はそのショックで夢から覚めた。

目覚めた俺を、最初に襲ったのは、大音量の耳鳴りだった。


がんがんがん、がんがんがん。


鼓動に合わせ、耳をつんざくような耳鳴り。

その異常さと、夢の衝撃。

体は金縛りで、ぴくりとも動かない。

まるで何かに押さえつけられたような、圧力を全身に感じた。

俺は目を開けることが出来なかった。

目を開ければ、何かが俺をのぞき込み、あざ笑っているに違いないと思えたからだ。


俺は眼を硬く閉じたまま、体を動かそうと全身に力を入れた。

次第に、耳鳴りが遠退き、体の自由が戻ってゆく。


金縛りから完全に解放されると、俺はゆっくりと眼を開いた。


夢で見たように、窓は開け放たれていた。

起き上がり、階下を確認する気にはなれなかった。

俺は恐怖におののき、階下の友人の部屋へ転がり込んだのだった。


あれは夢だったのか?

それとも現実か?

一つだけ確かなことは、実際に金縛りにあったということだった。


夢と金縛りとの関連性は?


夢の中の、異形の者たちは?


夢か、それとも幻覚か。


全ては闇の中だ。



いや、違うな。



全ては……


夢の中、か。