日々を生きる~奴隷として
たとえ年収が三百万だろうと、
自由な時間が皆無ならば、
それは奴隷と一緒だ。
金の奴隷。
最悪な生き方だ。
その日の晩。
俺はふらふらになりながら、帰宅した。
本業の仕事は、驚いたことに、無休だった。
俺はブログを更新する時間がなく、昼休みに、会社のPCを使い、ブログの更新を続けていた。
ある日、経営者から呼び出しがあり、私用での社内設備の利用を厳重に注意された。
俺は素直に、謝罪するしかなかった。
つまらない事を、告げ口する奴は、どこにでもいる。
仲間だと思っていても、それは幻想に過ぎないのだろう。
サラリーマンというのは、減点方式で評価される。
自分の評価を上げるには、まわりの人間の評価を下げてやるだけでいい。
明日は、バイトが休みだった。
こんな晩の、僅かな時間くらい、好きなことをしても、罰はあたらないはずた。
俺は、自室でPCを起動し、娘の母親が就寝するのを待っていた。
無線LANの電源を入れるために。
疲れのためか、襲いかかる睡魔で、瞼が閉じかかった時、自室の扉が乱暴に開かれた。
「頭脳明晰なあの子が、幼稚園でお父さんの仕事は何をしているのかと聞かれて、答えられないのよ!何故か分かる!」
つまりは、俺の仕事は娘に言えないくらい、恥ずかしいものだ、という事だった。
そして、現状を打開するために、何故、資格取得の勉強をしないのかと俺を責めて立てる。
俺は、バイトを初めてから、資格の勉強を投げ出していた。
たしかに、PCを起動している時間があるくらいならば、その時間を資格取得の勉強に回せるだろうというのはよくわかった。
俺は、怒りを抑え、娘の母親の話を聞いていた。
それから娘の母親は、また、金が無いと言い始めた。
これに関しては、どうしようもなく、お前が少しでも協力しさえすれば、改善出来る事ではないのかという思いが、俺にはあった。
これ以上話を聞いてはいられなかった。
俺は娘の母親を無視したまま、着替え、部屋の電気を消し、布団へ潜り込んだ。
それでも、娘の母親は何か言っていたが、しばらく喋り続けると、諦めて出ていった。
眼を瞑っても眠れなかった。
どうしようもない怒りが湧き出して、俺は叫び声を上げていた。
「何でそこまでいわれなけばならないんだよ!」
俺は、叫びながら起き上がると、
部屋の中にあるものを、手当たり次第に掴み上げ、
投げつける。
「畜生め!」
プラスチックの衣装ケースが粉々に砕けた。
俺は怒鳴り続け、物を壊し続けた。
俺はもはや、正気ではなかった。
ナイフを取り出し、折り畳み式の刃を引き出す。
さあ、降りてこい。
ぶっ殺してやる!
しかし、そのどうしようもない怒りは、俺自身へと向かった。
俺は、そのナイフで手首を切ってしまいたい衝動に駆られたのだった。
手首に、ナイフを当てる。
刃が手首に食い込む。
背筋に何か嫌なものが駆け上がり、頭頂部まで突き抜けた。
俺は我にかえり、ナイフを壁に投げつけた。
更に俺は、部屋で大声を上げ、暴れまくった。
しかし、
娘の母親が降りてくる気配は無かった。
いつまで経っても、娘の母親は、現れなかった。
情けなさに、涙か出てくる。
俺は、何故か、ほっとしていた。
俺はまだ、生きている。
奴隷として生きようとも、
生きていること、それ自体が希望ではないか?
いや、
それとも、絶望か?
もう、うんざりだった。
詩「想像してごらん」
君の娘のボーイフレンドが、
将来、君の前に現れ、
「ああ、この子は好きだけれど、こんな人の子供になるのは嫌だな」
なんて思われることを。
想像してごらん。
君は、
娘にも、
娘の友達にも、
大切なパートナーにも、
優しい気持ちで接したらいい。
そうすれば、世界はきっと変わるだろう。
想像してごらん。
世界中の人々が、
一人残らず、君を愛しているところを。
君は満たされ、
もう、何も、
他人から奪う必要などないことを、
思い知るだろう。
想像してごらん。
世界は決して、悪意に満ちてなどいないから。
違うって?
それは君の誤解さ。
世界がどうなろうと、それは君自身の、こころの問題なんだよ。
想像してごらん。
ぼくらの暮らすこの世界は、
そこから、
人の頭の中の、
希望から、
始まったのだから。
頭痛 10DAYS~これは危険ではないか?
深夜目覚めると、頭痛だった。
とてもバイトなど、行ける状態ではなかったので、休みの連絡を入れた。
これはもう、我慢の限界だ、というより、このまま、我慢すべきではないと、
俺の体が言っていた。
朝に、保険証を出してもらい、仕事に遅れてでも、医者に行くべきだと決心した。
金はまず、もらえないだろう。
保険証さえもらえれば、それでいい。
近頃は、カード決済できる病院もあるらしいことを、
先日、ブログの読者から、教えてもらったのだった。
俺は考えた。
病院へ行くから、保険証を出してくれと、娘の母親に頼んだとする。
ごく普通の家庭ならば、保険証とあわせて、治療代も出すだろう。
俺が一銭も、持ち合わせていないことを、娘の母親は知っているのだ。
もしも、金すら出さないとしたら。
娘の母親の、残酷さがわかろうというものだ。
俺を殺したいのか、どうか。
これは、ひとつの判断材料だった。
そして、決断を迫られる。
俺が娘の母親を殴り倒し、金を持ち出して医者へ行くか、
金がなくて、医者に行けずに、頭の中のものが破裂し、俺が死ぬか。
いずれにしても、俺にとって、アブノーマルな状態に変わりはない。
それから俺は、数時間眠り、朝を迎えた。
頭痛は酷くなっていた。
居間で優雅にくつろぐ娘の母親に、俺は言った。
「保険証を出してくれますか」
「……なんでそんな言い方する訳?」
他人に対しての、言葉遣いなのだ。
それが当然だろう。
俺はそれ以上何も言わず、ただ黙っていた。
それから、娘の母親は、支払いの話を始めた。
そんなことは、今の俺にとっては、どうでもいいことだった。
早く保険証を受け取り、医者へ行きたかった。
話が終わると、最後に保険証の場所を、娘の母親が言った。
俺はその場所を探したが、保険証などありはしなかった。
俺はいったんキッチンへ行って、水を飲むと、もう一度、居間へ戻った。
同じ場所を、もう一度探した。
やはり、保険証はなかった。
「そこじゃなくて、こっちでしょうよ!」
娘の母親が、声を荒げる。
それなら何故もっと早く、そうだと言わないのだ。
俺が保険証を見つけられないでいるところを見て、楽しんでいるのだ。
この屑野郎が!!
どこまでも、根性がひん曲がってやがる。
俺は、保険証を手にすると、一呼吸置いて、その場にとどまった。
娘の母親は、何も言わなかった。
俺は職場に向った。
仕事に休みはなかった。
今月は、一日たりとも。
俺はいつもより少し早く職場に行って、雑務を片付けて、医者に行くつもりだった。
しかし、それはかなわなかった。
とんでもない量の仕事をこなし、時間が過ぎてゆく。
総合病院ならば、カードか使えるはずだったが、職場の者に、それは止められた。
そんなことをすれば、受診は一日ががりになるだろう、と。
何故、近くの街医者へ行かないのか。
俺にそう尋ねる。
俺は、答えられなかった。
金、もってねえんだよ。
医者に掛かる金も、ねえんだよ。
心の中の叫びは、そのまま奥深くへ沈み、緩やかに俺の心を蝕んでいった。
さらに、頭痛が酷くなった。
俺はもう、
これ以上、働けないかもしれない。
