夢
妻の声で眼が醒めた。
娘を寝かし付けたまま、眠りこんだらしい。
犬の散歩についての、苦言だった。
妻は語気を荒げて、まくし立てる。
朝、散歩に行けずに庭に縛る。そして、糞尿をする。
それが臭い。
何故、散歩をさせられないのか、という話しだった。
糞尿は散歩途中、道端にさせる。
散歩コースが、空き地か田畑なので、
それで済んでしまうのだった。
考えてみれば、身勝手な話しだと思う。
都市部で暮らしていたら、買い物袋をぶら下げ、
糞を拾い上げているはずだ。
俺は妻と娘の寝室を出て、ソファーのある部屋へ行った。
一年以上、このソファーが俺のベッドなのだった。
安物の、ソファーと呼べるのか、わからないものに横たわり、
布団を被った。
眼を閉じた。
幹線道路から、トラックの唸りが聞こえてくる。
何も、起こしてまで言うことじゃないよな。
思ったが言葉にはならなかった。
夢を観ていた。
尊敬か憧れか。
人生の成功者。
そんな人物に、夢の中で会っていた。
どこまでも紳士的な物腰だ。
名もない俺に対して、嫌な顔一つしないで話しをしてくれている。
こんな人になりたい。
夢の中で思っていた。
いつもより早く起きて、犬と散歩をした。
静かな朝だった。
照り付ける朝日に、老犬は眼を細めている。
「昨日は悪かったな」
尻尾を振って答えているのか。
いつもは泣きそうな顔の老犬も、今朝は笑っているように見えた。
こんな俺にも、夢を観る資格はあるはずだ。
どんな夢でも、日々、生きていれば、実現の可能性はゼロではない。
宝くじだって、買わなければ当たらない、よな。
呟いていた。
拒絶

挨拶の他に、もう一つ始めたことがある。
帰宅前の電話だ。
「今から帰るから」
「わかったよ」
最初は、これで終わりだった。
二回目の電話。
只今、電話にでることが出来ません。
キーを回し、車を走らせた。
雨で濡れた路面に、桜の花びらが張り付いている。
雨はもう上がっていて、西の空に、雲の裂け目から夕日が覗いていた。
カーステレオのスイッチを入れた。
この先君がどんなに変わっても、いいよ。
また笑って話せるはずだから。
そんな詩が、聞こえてきた。
最初は、その曲のメロディーが心に響いた。
今は、この部分の詩が好きだった。
玄関を開けた。
「ただいま」
やはり、返事はない。
俺は、老犬と散歩に出かけた。
塾通いの小学生が数人、老犬を見てうれしそうに笑っている。
俺は、声をかけていた。
「こんばんは」
子供たちも、声を返してきた。
家に戻ると、寝るまで、会話のたびに罵りられた。
少しずつ、壊れていく。
完全に壊れる前に、この家を飛び出してしまいたいと、思った。
思っただけで、出来るはずもなかった。
何も考えられない。
考えたくもなかった。
「何よそれは」
「本当に呆れたわ」
娘の寝巻きをみて、上下、別々のもを着せてしまったと初めて気付いた。
頭痛が襲ってきた。
酒で、治そう。
そう、思った。