結婚とは 地獄である
結婚なんてしなければよかった。
こんなつまらない人と一緒になって。
朝起こされ、いきなり言われた。
深夜、1時過ぎに帰宅する。
風呂に入ったり、ちょっとした雑用で、すぐに3時をまわってしまう。
前日は、10時くらいまで寝ていた。
出社は午後である。
今朝は、8時にセットした目覚ましが鳴る前に、起こされた。
これだけ私が忙しくしているのに。
何で私が、結婚で夢をあきらめなくちゃならない訳。
俺と別れて、夢を追えばいいじゃないか。
思ったが、言葉にはならなかった。
どうでもいい。
そんな投げやりな気持ちになっていた。
関係を修復したい。
そんな思いは、妄想に過ぎないのか。
つまらない男。
頭の中で、何度もその言葉が繰り返されている。
外は晴れていた。
なぜか、雨がちらついている。
そのまま、散歩に出た。
近所の主婦が、話しかけてくる。
犬好きな人だった。
一緒にいる、老犬の話題。
話などしたくはなかった。
無理やり、笑顔を貼り付け、適当に相槌を打った。
何も考えられない。
ぼんやりと、TVを見つめた。
子供のいない夫婦が、里子に愛情を注いでいる。
2年間という間だけ、その子を預かるという。
この二年間が良い思い出になれば、それでいい。
親代わりの女性が言っていた。
ふと涙がこみ上げてきた。
良い思い出。
2歳になる娘にとって、俺は良い思い出か。
いつ事故で死ぬかはわからない。
死なない保証も無い。
死ぬ必要もない。
とりとめのないものが、頭の中を駆けめぐっていた。
監獄
何度誘われても、行けない。
友人の誘い。
最初は、飲み屋。
次は、飯屋。
そして、自宅。
それでも、俺は、行けない。
私は友達から誘われても、断ってるから。
以前、妻が一言そういった。
雨が降っていた。
路面が濡れ、そこに街の灯かりが滲んでみえる。
車の灯かりはなぜか、吸収されてしまう。
どこまでが道か、よくわからなくなる。
気付いたら、車線をオーバーしていたりするのだった。
一人、本を読む。
ブログを書く。
内へ内へ。
気持ちがそうなってしまう。
常に、己の心と向き合うような毎日だ。
時々、こんな日々がどうしようもなく窮屈に思えるときがある。
監獄、か。
呟いていた。
潮流の真ん中にポツリとある、脱出不可能の刑務所。
それでも、映画の中では脱獄に成功するのであった。
俺は、アクセルを踏みつけた。
自分が今、どこを走っているかよくわからない。
それでも、突っ走りたい衝動に駆られた。
海の底
以前は、友人とよく行った。
リゾートとは呼びがたい、ダイビングスポット。
タンクを台車に載せ、自分で運んだりする。
昼飯は、カツ丼かラーメンである。
俺たちは、そんなチープなダイビングを楽しんでいた。
潜れば、どこの海も同じさ。
そう思っていた。
一度、沖縄の海に潜ったことがある。
海の色自体が、違っていた。
いつも潜っている、暗い色の海ではなかった。
海の底から、海面を見上げる。
水面に複雑な模様を描き、日差しが差し込んできた。
すべてが蒼い。
このまま、浮上できなくてもいい。
刹那、そう思った。
口から息を吐く。
バブルリングが、きれいな形のまま徐々に大きくなり、海面に消えていった。
お互い結婚し、子供も生まれると、
ダイビングなどと洒落こむこともなくなった。
それでも友人は、時々海へ行き、サーフィンなどを楽しんでる。
「どうだい、最近は」
「家族サービス優先で、海など行けんよ」
「まあ、うちも同じだ、な」
昔話をする。
それは、気の弱い証拠だ。
そんな歌が、あったな。
なんとなく、考えていた。
「潜り、行きたいな」
「俺もだよ。しばらく台車ともご無沙汰してるしな」
金のかかる遊びとは、縁が切れた。
そう思うことにしよう。
結婚した当時、妻と一緒にダイビングをやろう。
そう考えたこともあった。
ダイビングは、基本的に二人一組でバーディーを組む。
恋人や夫婦には、もってこいの遊びだと思っていた。
ただし、お互いの関係が良好であれば、だ。
「ところで、土曜日は空いてるのか。ぶらりと出かけようぜ」
「何も予定がなければ、行けると思うよ」
多分だめだろう。
妻が働きに出て、俺が遊びに行く。
そんなことは、出来そうもなかった。
妻とダイビングに行ける日は、来るのだろうか。
小さな、夢。
きっと行けるさ。
PCを立ち上げる。
そして文章を、書く。
それは、自分の心情を見つめることでもある。
暗く深い、心の奥底。
それでも俺は、明るい水面を見上げていた。