海の底 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

海の底

以前は、友人とよく行った。


リゾートとは呼びがたい、ダイビングスポット。


タンクを台車に載せ、自分で運んだりする。


昼飯は、カツ丼かラーメンである。


俺たちは、そんなチープなダイビングを楽しんでいた。

 


潜れば、どこの海も同じさ。

 


そう思っていた。

 

 

 

 

一度、沖縄の海に潜ったことがある。


海の色自体が、違っていた。


いつも潜っている、暗い色の海ではなかった。

 

海の底から、海面を見上げる。


水面に複雑な模様を描き、日差しが差し込んできた。

 

すべてが蒼い。

 

このまま、浮上できなくてもいい。


刹那、そう思った。

 

 

口から息を吐く。


バブルリングが、きれいな形のまま徐々に大きくなり、海面に消えていった。

 

 

 

 

 

お互い結婚し、子供も生まれると、

ダイビングなどと洒落こむこともなくなった。


それでも友人は、時々海へ行き、サーフィンなどを楽しんでる。

 

「どうだい、最近は」


「家族サービス優先で、海など行けんよ」


「まあ、うちも同じだ、な」

 

昔話をする。


それは、気の弱い証拠だ。


そんな歌が、あったな。



なんとなく、考えていた。

 




「潜り、行きたいな」


「俺もだよ。しばらく台車ともご無沙汰してるしな」

 

 

金のかかる遊びとは、縁が切れた。


そう思うことにしよう。

 

 

 

結婚した当時、妻と一緒にダイビングをやろう。


そう考えたこともあった。


ダイビングは、基本的に二人一組でバーディーを組む。


恋人や夫婦には、もってこいの遊びだと思っていた。


ただし、お互いの関係が良好であれば、だ。

 

 

「ところで、土曜日は空いてるのか。ぶらりと出かけようぜ」


「何も予定がなければ、行けると思うよ」

 

 

多分だめだろう。


妻が働きに出て、俺が遊びに行く。


そんなことは、出来そうもなかった。

 

 

 

 

妻とダイビングに行ける日は、来るのだろうか。


小さな、夢。


きっと行けるさ。

 

 

 

 

 

PCを立ち上げる。


そして文章を、書く。


それは、自分の心情を見つめることでもある。

 


暗く深い、心の奥底。


それでも俺は、明るい水面を見上げていた。