泣いた時
友人のところに泊まると、妻から連絡があった。
前日は、実家に泊まると言っていた。
二日間続けての外泊だった。
友人の所に、娘を連れて泊り込む。
ちょっと、考えられない様な事だとも思ったが、黙っていた。
何か言おうと思ったとき、妻の怒号が頭の中に蘇ってきたからだ。
「あんたと一緒にいたくないだけ」
その言葉が、いつまでも頭の中でこだまする。
こうやって、少しずつ離れてゆくものなのかもしれないと、なんとなく思った。
犬の餌を準備した。
器に盛って、老犬の鼻先に差し出す。
鼻を鳴らしながら、齧り付いた。
すぐに食いつくし、もっとくれと言わんばかりに、俺に鼻先を向けてくる。
俺は、一度頭を撫でて家に戻った。
今度は自分の番だった。
豚肉を取り出し、醤油とみりんに浸して焼いた。
それを飯の上に載せて、喰った。
そのとき、野菜も食わなければいけないと、何故か思った。
近頃、体調が優れないからそんなことを思い立ったのだろうか。
普段なら、肉を食ってそれで終わりだった。
冷蔵庫の中を、物色する。
奥の方から、缶チュウハイが出てきた。
妻が自分で飲むために買ったものだろうと思い、元に戻した。
食事を終えて、ぼんやりとTVを眺めた。
少女が死を宣告される、悲劇的なドラマが流れていた。
気が付いたら泣いていた。
虚構の世界に涙し、己の事に対しては、白けてしまっているのか。
そんな俺は、どこか歪んでいるのではないか。
この前泣いたのはいつだったか。
しばし思いをめぐらせた。
半年くらい前か。
それとも、ひと月か。
その時の俺は、悲惨なニュースか何かを見て泣いていたのだろうと思った。
どぶに捨てた、100円玉
本は、ブックオフで買っている。
100円で文庫本が買えるからだ。
古いものならば、ハードカバーも100円で買えたりする。
会社での休憩時間が、俺の唯一、自由な時間だった。
飯を腹に詰め込んだ後、気が向くと本を読んだりする。
そんなことが、小さな楽しみでもあった。
ブックオフで、作家別コーナーを眺めた。
探していたものではなく、別の作家のものが目に留まった。
それを手にして、金額を確認した。
250円。
すぐに100円コーナーへ行き、同じものがあったのでそれを買った。
全く同じものでも、発売された時期によって値段を決めているらしかった。
その足で、100円ショップへ行った。
前から欲しいと思っていた、ブックカバーを買うためだ。
今までは、最初から付いている紙のカバーを裏返して使っていた。
それではいかにも、貧乏臭かった。
普通、本屋で新品を買うと、カバーを付けてくれるのが普通である。
つまりは、古本であると言っているようなものだと、思えなくもなかった。
変な柄のものばかりだった。
単色のもので、なるべく薄いものを探した。
ポケットに入れて、持ち歩くことが多いからだ。
やはり、色が気に喰わなかったが、妥協して一つ買った。
家に帰り、さっそくカバーをつけようとして、俺は愕然とした。
サイズが小さいのである。
ぎりぎりの大きさで、無理に押し込むと、表紙が折れ曲がってしまう。
「いい加減にしろよ」
呟いていた。
新潮文庫から出されているその本が、規格より少し大きいのではないかと思い、角川文庫を取り出し、比べてみた。
僅かに、小さい。
ぎりぎりであるが、何とか折れ曲がることなく収まった。
ほかの出版社のものも取り出して試そうと思ったが、あることに気付いて、止めた。
ブックオフで買ったものは、本のサイドを削ることによって、きれいにしているからだ。
そして、家にある文庫本のほとんどが、ブックオフで買ったものなのであった。
頭に来て、ブックカバーをゴミ箱に叩きつける。
その直後、俺は思い直し、ブックカバーをゴミ箱から取り出した。
何かに使えるかもしれない。
そう思ったのだった。
