日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -258ページ目

朝日

今朝は、何故か気分が良かった。


俺は伸縮門扉を開け、たまったゴミ袋を持って集積所へ向かった。

二週間分のゴミは、全部で三袋あった。

黄色い汁が滴り、嫌な臭いを発していた。


汁が足に付かないように、腕を開いて持つ。

運んでいる間、肩が痛くなり二度、袋を地面に置いて休んだ。


いつもなら、妻が出かけるまで布団の中でじっとしている。

妻と顔を合わせたくなかった。

顔を合わせると、罵られるからだ。

朝一番にそれは避けたかった。

一日が、台無しになったような気分になる。


このままでいいのか。

逃げ続けているだけじゃないのか。

そう思った時期も、あった。


そして、そんな思いもいつのまにか消え去った。



ゴミを出し終わり、ポストに突っ込まれた新聞を抜き取り、玄関に上がる。

娘がおもちゃで遊んでいた。

朝食は済ませたようだ。

寝巻きのままなので、着替えさせたかった。

それでも、俺が選んだものを娘に着せると妻は嫌がる。

服を選ぶのはいつも妻で、それを娘の近くに置く。

そしてこう言うのだった。

「○○ちゃん。これ着なさい」

俺はその言葉を受け、娘を着替えさせるのである。



時々、妻の顔を盗み見た。

無表情で、出かける準備をしている。

俺はほっとしていた。

機嫌が悪いときは、眉間に皺を寄せ、怒りとも苛立ちとも付かないため息を、絶えずついているのだった。



しばらく娘の相手をしていると、妻が俺のほうへ来て、苛立ったように言った。



「犬小屋洗ってよ」

俺は黙って庭に出て、犬小屋を洗った。

隅に溜まった抜け毛を箒で吐き出し、水で洗い流す。


一仕事終えると、俺は空を見上げた。



朝日が心地よかった。



寒い朝だったが、風もなく、じっとしていると暖かかった。

しばらく、庭を眺めていた。

鳥の鳴き声。

それに混じって、娘の声も微かに聞こえてくる。

車のセルが回る音。

エンジン音。

そろそろ妻が出かけるようだ。

エンジン音が、いつまでも、消えない。


まだ出かけないのか。

そう思っていると、妻がちょっとあわてた様子で俺のところに来た。

庭の片隅に座り込み、じっとしている俺の姿をみて、妻が言う。

「何やっているのよ」

それだけ言うと、車へ駈けて行った。


エンジン音。

徐々に、遠ざかっていった。

憤激

何の前触れもなく、怒りが爆発した。

執拗に俺を罵る妻。

俺の心の中の何かが、切れた。




ふざけるな。

いい加減にしろ。

何様のつもりだ。


そして俺は、最後にこう付け加えた。


「お前ってやつは、ホント最低だな」


ついに言ってしまったと思った瞬間、目が覚めた。



俺は夢を見ていたのだった。



布団の中で、思わず笑ってしまった。

妻を目の前にして言えない事を、夢の中で言っている。

そのこと自体、笑いたくなるような事だったが、夢の中にまで押し入ってきて、俺を罵る妻の執拗さに、笑ってしまったのだった。


洗濯物が溜まっていた。


曇りのとき、妻は洗濯をしない。


そのときを見計らって、俺は自分のものを洗った。

折り畳んだ服が重ねられている。

妻の服だ。

洗濯せずに、また着るものが重ねられている。

一度その棚に、俺が脱いだ服を置いた事がある。

気付くと俺の服は、廊下に放り出されていた。


俺の汚れた服は、いつも一番下の籠の中である。

娘と妻のものは別の籠に入れられ、無造作に俺の籠の上に重ねられている。

俺のものと、妻子のものはきちんと分けられている。

そんなに俺が嫌なのか。

急に怒りがこみ上げてくる。

籠を持ち上げて、思い切り叩き付けた。

娘の服だけが、こぼれ落ちた。


すべてが、ばかばかしく思えた。



俺はため息を付きながら、娘の服を拾い上げ籠に入れた。

いい加減にしてくれ

これだけ罵られながらも、俺は妻のために車を運転する。

妻と、話などしたくはなかった。

外出し、一通り用事を済ませ、帰路につく。

妻が、どこかで食事をしようと、娘に言っていた。


途中、ガソリンスタンドへ寄った。

セルフスタンドなので、自分で入れる。

妻から、金を渡された。

何故か千円札一枚と、数枚の硬貨だった。

キャッシャーのメニューには、千円単位のメニューしかなかった。

硬貨まで入れたが、結局千円分しか給油することが出来なかった。


妻にレシートと硬貨を渡した。

妻はそのまま憮然として車を降り、キャッシャーへ向かった。

硬貨を入れ、給油を始める。

どうやら、満タンメニューでそんな半端な給油が出来るようだった。

そんな裏技を、俺は知らなかった。

いつも、千円単位で入れているのだ。

満タンとは文字通り満タンで、多めに金を入れて、残り分のお釣りを受け取ると思い込んでいたのだった。

ひょっとして、妻はこうなることをわかっていたのではないか。

俺を罵る材料を探していたのではないか。



案の定、妻は不機嫌になった。

「疲れた。もう帰って寝よう」

娘に言っている。

俺のせいで、外食は無しだと娘に言っているのだった。


のどが渇いたと訴える娘に対して、何度も、何度も。


そして、誰に対するわけでもなく、疲れたと呟き続ける。


俺は偏頭痛に耐え続けた。

風邪なのか。


それとも、何か別の理由なのか。




家に着いても、それは続いた。

食事が出される。

また罵しられる。


さすがに、頭に来た。


俺は食器を持ち、妻と娘から離れテーブルに移り一人、食った。




いい加減にしてくれ。




心の中でそう呟きながら、妻の狙いはいったい何なのだろうと、また別のことを考えていた。