日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -225ページ目

コップひとつ 前編

目覚めると頭痛がした。

コップ一杯の水と、頭痛薬。

一気に飲んだ。

そのコップに目をやって、昨晩の事を思いたしそうになり、それを頭から振り払った。

一度深呼吸し、庭に出る。

老犬と近所を歩いた。

まだ、見慣れていないため、見る町並みが新鮮に映った。

だから、散歩も楽しかった。

気分もいくらかましになったような気にもなった。

家に戻り、老犬に餌を与える。

食い終わるまで、座り込んで餌に噛り付くその姿を見続けた。

食い終わり、顔を上げたその表情は、困ったような寂しいような、どこか元気のないものだった。



道は空いていた。

世の中は、ゴールデンウイークである。

フロントグラスに差し込む朝の日差しに、俺は目を細める。

気が付いたら、歯を食いしばっていた。

こめかみがひくついている。

もう、頭から追いやる事は出来なかった。



そして、昨晩の事が、脳裏に映し出された。

こんな奴が...

朝から機嫌が悪かった。

妻は俺に対して苛立ち、同時に娘に対しても、苛立ちを隠さなかった。

娘に対し、感情を荒げて何か話し掛けている。


荷物の整理。

俺があれこれ言えなかった。

何を何処に置くか、妻は些細なことまで自分の思い通りにしたいのだった。

荷物を整理することも出来ずに、物置などを整理する。

「ガラクタばかりで、どうにもならないんだから」

妻が言った。

かなりの物は捨ててきた。

それでも、いまある物は、どうしても持っていたいものなのだった。

俺は物置から荷物を出し、車に積んだ。

妻にとってはガラクタで、俺にとっては大切な想い出の品。

手放すしかなさそうだった。


それから、妻の苛立ちが、頂点に達した。


「もういやだ。貯金なんて切り崩して美味しいものでも食べて来よう」


腹が煮えた。

これが、俺の女房なのか。

張り倒してやりたい。

そんな気持ちを、何とか抑えた。


俺の脇を通り過ぎ様に、妻の口から出た言葉は、俺の全てを否定するに充分なものだった。

「人生最大の失敗だわ。皆に笑われちゃうよね」

こんな奴、妻でも何でもない。

俺が最後に思ったのは、それだけだった。

ブライアンイーノ

頭痛もちである。

それでも、耐え難い痛みに襲われる事が、時々あった。

そんな折、病院へ行った。

妻に、行けと言われたからだ。


病院へ行っても、結局のところ原因はわからなかった。

肩凝りからの場合もあるらしいし、特にこれが原因だという事は、わからないようだった。

自分では肩凝りだろうと思っている。

そして、肩凝りの原因は運動不足と、多分ストレスだろう。

検査の結果、幸いなことに、脳に病変は見当たらなかったのだ。



今日は、朝から雨だった。

それでも、陰鬱な気分にはならなかった。

雨が好きなのだ。


車を運転しながら、微かな頭痛の兆しを感じた。


俺は迷わず、頭痛薬をお茶と一緒に飲み下した。




気分を紛らわすために、音楽をかける。

ブライアンイーノ。

五曲めまでが限界だった。

頭痛がさらに酷くなるような気がして、俺はCDを引き抜いた。