日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -220ページ目

人として

風呂を洗い、妻子の布団をひくために寝室へ行った。

階下では、妻が娘に何か言っている。


水道の水は飲むな。

冷蔵庫に飲み物がある。


娘に話してはいるが、それは俺に対して言っているのだった。

直接言えばいいじゃないか。

そう思ったが、妻の顔などみたくはなかったので、かえって好都合かもしれなかった。



布団をひき終わり、寝室を出るのと同時に、何かでかい物音がした。


妻が俺を睨み付け、壁に拳を叩き付けている。

「ちょっと、話し聞いてたんでしょ」

妻は言いながら、また壁に拳を叩き付けた。

もう一つの拳は、腰に当てている。


俺は、言いようのない、恐怖を感じた。


聞いていた。

俺は、そう答えるしかなかった。

妻と目を合わせる事なく、仁王立ちした妻の横を通り抜けた。


怒鳴り声。

無視した。


妻のこのような振る舞いは、人として、間違ってはいないか。

いや、すでに人じゃないのか。

鬼。

おもったが、人として扱われていないのは、俺なのだった。



気付くと、娘が泣いていた。

ただ、それだけ

朝、携帯が鳴った。

製氷皿に、なぜ水が補給されていないのかという、妻からのメールだった。

俺を、執拗に罵った言葉も付け加えられていた。

俺は昨晩の事を思い出した。


妻に言われるがままに、夕食を作った。

二人分のざるそば。

娘と二人で食べた。

その時、確かに、つゆを冷やすために氷を使った。

四片の氷。

確かに製氷皿は空になったが、その下についている受け皿に、残りはすべて入っていたはずだ。

それでも、製氷皿に水を足さなかった事には、かわりはなかった。

つまらない事で、俺を罵るよい口実を作ってしまった。

ただそう思った。

妻にとっては、事実がすべてなのだ。

一つの失敗で、その他全ての行為は水泡に帰す。

ただそれだけだった。

サンドイッチ

サンドイッチ。

妻と娘のために作った。

わかるようにテーブルに置いた。


それは朝食で、車を運転しながら食べられるはずだった。


妻に朝食をとっている気配は、いつもなかったからだ。


しばらくして、妻が俺を呼んだ。

サンドイッチなどいらない。

自分で持っていけと、眉間に皺を寄せ、言った。

俺はサンドイッチを袋に詰め、玄関を出た。

すぐに、妻の呼ぶ声が聞こえた。


何かと思ったら、娘の分のサンドイッチだけは、持っていく気になったらしい。