日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -21ページ目

カフェを、カフェにて

その男はカフェを経営したいと思っていた。
男は、うっとりとしながら夢想する。
小さな店で、
その長方形の店内の、長い方の壁一面に大きな本棚を据え付け、
好きな本で埋め尽くす。
ビート文学。
紀行もの。
ニューエイジ系。
科学関係。
古典文学。
時代小説。
SF小説。
溢れんばかりの本に取り囲まれて、
ゆっくりと本を読む。
最高の空間だろうと男は思う。
それから男は考える。
カフェなのだから、飲みものを出さねばならない。
勿論珈琲を出すのだが、男はさほど珈琲が好きではなかった。
食べるものもにも興味がなく、
店で出せる様なものなど作れるはずもなかった。
男はそこまで考えて、気付くのだった。
俺はカフェなんかをやりたいのではなく、
おそらくは、本屋をやりたいのかも知れない、と。
男は気を取り直し、再度想像の世界に入ってゆく。
狭い店内に、列をなす書棚。
奥のカウンターに男が座っている。
暗い店内。
客はなく、男は自分が途方に暮れる姿を想像する。
男の想像力は乏しかった。
どうしても、男の経営する書店が繁盛するというところまで、
想像出来ない。
男はもう一度、カフェを経営する自分を想像する。
こちらの方は、とても繁盛している。
眼鏡を掛けた、可愛らしいアルバイトの女の子に笑いかける。
女の子は軽く頷き、客に珈琲を運ぶ。
珈琲の香り。
そこに少しだけ、古びた本の香りが重なる。
男は満足げに微笑み、珈琲を入れる。
男は夢見心地のまま、日曜日の黄昏時を、
一杯300円の珈琲を飲みながら、
とあるカフェで過ごすのだった。
それは決して悪いことではない。
夢をみる。
どんな偉業も、
ほんの些細な成功物語も、
やろうと思っていた風呂場のタイル磨きも、
全てはそこから始まるのではあるまいか?



男と女

女は不満だらけだった。

何故、わたしを正当に評価してくれないのか、と。

家事をこなし、

子供達の面倒をみて、

夫を毎朝駅まで送り届けたり。

精一杯頑張っているのに。


夫の方はというと、

何故妻は、僕を認めてくれないのか、と思う。

もっと優しくなって欲しい。

もっと、収入が多ければ、

隣の旦那さんの様に、休みにはキャンプに連れて行ってくれたら、

とてもとても素敵な旦那様なのに。

夫はただ、ありのままの自分を受け入れて欲しいだけなのだった。

風呂上がりに、下着一枚のままテレビをみたり、

キャンプよりも、スキー場や釣りに行きたいと思ってる事を。

家にいる時くらい、だらしなく振る舞いたい事などをわかって欲しかった。


ふたりは、

お互いを深いところで理解しようとせず、

また、

お互いを深く知りたいとも思わず、

相手への倦怠が、

不満へと変わってゆく。


ふたりは数年後か、

数十年後か、

はたまた、死ぬ直前か。

いずれにしても、

気づく時がやって来る。


自分の利益を優先するあまり、

相手を批判することに終始し、

お互いがお互いを理解するという発想が欠如していた事を。




本を読む女

スタバ。
私の座る向かい側に、女がひとり座っている。
肩まで伸びた長い髪。
腕を組み、何か意味ありげに、ある一点を見つめ続けたり、
テーブルに肘をつき、
手のひらに顎をのせ、開いた本に視線を落としたり。
長い髪をかき分け、左の耳に触れ、
少しだけ首をかしげてみたり。
私はそんな女をみて、
この気配は、
何かを期待しているに違い無いと勝手に思いこむ。

本を読む姿が美しい。

そんな女性が好きだった。

知的な女性の方が、
下品で、
馬鹿で、
凶暴で、
粗野な女よりも、
良いに決まっている。

しかし、

私が恋人と呼べるまでに親密になった女性はいつも、
後者だった。
それは関係が深まった時に、
そういう素養だということが、
判明する。


いつも、取り返しがつかなくなったときに。

向かいの女が何を読んでいるのか気になった。
私は思う。
今、声を掛けたら、
どうなるだろうか、と。