日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -177ページ目

ショートストストーリー 成功哲学って? 最終話

ショートストーリー 成功哲学って? 第二話の続き



第一話はこちらから




「お前、誰かの事を考えているとき、その相手から携帯に、突然連絡がきたこと、あるか?」


「あるような気もするが、あまり経験がないかな」


「俺は頻繁に、あるぜ。それがユングがいうところの共時性、シンクロニシティさ」




何かで聞いたことがあった。


因果関係のまったくない事柄の、偶然の一致。


問題が起こって悩んでいたときに、偶然に、見ず知らずの人が助けてくれた。


俺は昔、そんなことがあったと、ぼんやりとだが思い出していた。



田中は背伸びをしながら呻き、大きく息を吐くと、さて、とつぶやき姿勢を正した。



「では。俺がお前の今一番会いたい人を、ここに呼んでやるよ」



田中に言われて、俺の頭の中にサヤカの顔が浮かんだ。


付き合うでもなく、別れるでもなく。


一月に1度か2度会い、あとは携帯で話すくらいの付き合いでしかなかったが、俺はサヤカが好きだった。



「俺が誰に会いたがってるか、わかってるのか?田中」



「イチノセサヤカだろう?」



俺は驚いた。


俺の気持ちを田中は読んだのか?



しかし、俺とサヤカの関係は、田中もよく知っている。


言い当てることは、たやすい。



「俺がイチノセのことを、頭の中にイメージする。そうすると、思考が波となってイチノセに届く。イチノセはお前の携帯に連絡を入れるか、ここの居酒屋に来ることになるだろう」


「本気か?田中?」


「人間の思考は波動さ。波動という言葉が胡散臭いなら、エネルギーと呼んでもいい。同じ波動、つまり波が重なるとそれは、コーヒレント状態になる」


「それはどういう状態なんだ?」


「エネルギーが高くなる」



田中が指示したように、俺は携帯をテーブルの上に置いた。


田中の思考が見事、サヤカに同調すると、携帯が鳴るらしい。



あぐらをかいて、指を奇妙な形に絡ませて、臍の前に構えている。


閉じられた目。


変わった呼吸を繰り返し、田中の瞑想は続いた。


10分が経った。


その間、俺の頭の中に、サヤカの顔が浮かんでは消えた。



田中の眼が薄く開かれ、俺を見た。




「やっぱり無理だわ。俺、イチノセサヤカのことよく知らんから、鮮明にイメージすることが出来ないんだよね」



それから、俺たちはそれぞれの自宅に、足を向けたのだった。



家に着いて、シャワーを使い布団に、潜り込んだ。


酔いが心地よく、すぐに眠りに落ちそうだった。


眠りに落ちたのと同時に、枕元の携帯が鳴った。




「寝てた?」




その声を聞いたとき、俺は背中に冷たいものを感じた。



イチノセ サヤカだった。



「・・・いや」



俺は何とか声を絞り出した。


酔いも眠気も、どっかにかき消されていた。


田中があの奇怪な瞑想で、サヤカを引き寄せたのか。


田中の言うとおり、思考が現実化するにはタイムラグがあるのだろうか。




「なんだか急にあなたのこと思い出したから、電話しちゃった」




サヤカのハスキーな声が、言葉が、振動が、携帯から俺の鼓膜に伝わった。



「なあサヤカ。田中って知ってるか?俺の友達の?」




「誰だっけその人?」




「いや、いいんだ」





ただの偶然なのか。


それとも?



俺は眠りに落ちることもなく、布団の中で、そのまま朝を迎えた。


詩 「この世の終わり」

君と僕とは、言葉の刃物で傷付けあった。


血を流し、涙を流した。



それだけが、お互いを認める術だった。





口元のホクロ。


寂しげな眼差し。


ベランダの外に広がる海辺。


君の歌う、風に吹かれて。


すべてはこの世の終わりだった。





愛も、この世と一緒に消えた。


憎しみも、この世と一緒に消えた。




そして、すべてが消える刹那、僕は君を許した。

ショートストーリー 成功哲学って?第二話

ショートストーリー 成功哲学って?第一話よりの続き



「よくわからん」


俺が言うと、田中は声を出して笑った。


「実は、俺もよくわからねえんだ」



田中らしい。


それでも、田中は自信たっぷりで説明を続けた。



「だから、観測するまで、粒子の状態というのはわからない。それが量子力学の世界での常識というわけだ」


「しかしな」


俺は続けた。


「それは観測する以前に、現象が確定していたにすぎないんじゃないか。普通、そう考えるだろう?」


「たしかにそうなんだよ。だから俺も、いまだに理解しきれていない」



そう言いながら、田中は別のたとえ話を、持ち出してきた。


シュレーディンガーの猫。


ある一定の確率で、放射性物質を放出する箱の中に猫を入れ、蓋をする。


箱を開けるまで、猫の生死はわからない。


あえて言うなら、箱を開けるまでは、猫は生きていながら同時に死んでいるという。



実際に、箱を開けたときに猫が生きていたとする。


そうすると、もうひとつの世界で、猫は死んでいる。


田中は多世界解釈、と言った。




「田中、その説明を聞いて、もっとわからなくなったよ」


「だから、そういうのもだと、思ってくれ。頼むから。な?」



俺は仕方なく、頷いた。


「この理屈で説明すると、Aの粒子の回転方向を観測した瞬間に、もうひとつの粒子Bの回転方向も決まる」


田中が俺を覗き込んできた。


「よし。質問だ。俺が粒子Aを観測して、回転方向が右回りだったら、粒子Bはどっち回りだ?」


「左回り」



俺は即座に答えた。



「そこで、この粒子AとBは何処とどこにあるんだ?」


田中は両手に持っていたビールと猪口を、テーブルの端と端に置いてまた話し始めた。


「宇宙の端と端だろう?」


「そう」




田中の沈黙。




俺はそれに耐えられずに、田中に尋ねた。



「それが、テレポート?なのか」


「いや、テレパシーともいえるのかな。遠く離れたもの同士が、一瞬のうちに情報を交換するんだから」



「しかしな、宇宙の端と端で、粒子同士が相互に関係しあうなんてことが出来るのか?」


「理論上は、可能らしいぜ」


田中が、口を歪めている。どうやら、笑っているようだった。




俺は、はっとした。


宇宙の端と端。


宇宙の直径は、何万光年だったか。


つまり、光の速さを超えた、情報のやり取りが成立すると言うことなのか。




「やっぱり、お前の言っていることは間違っているよ」


「ほう。説明してもらおうか」


「アインシュタインが聞いていたら、鼻で笑ったろうよ。この宇宙に、光より速いものは無い事になっている」



田中が身を乗り出してきた。



「ところが、当のアインシュタインも、このことに気が付いて、大いに悩んだらしい」


「つまり、否定はしなかったのか?」


「いや、出来なかったんだよ。完璧には」




田中は俺に猪口を戻し、自分でビールに口をつけて、いよいよ本題に入った。




「これは量子の世界の話なんだが、人間の思考でも、それが可能なんだと俺は思ってる。引き寄せの法則さ。ユングの言葉で言えば共時性だね」




田中の理論はどこか破綻しているように思える。


最初に言っていた、テレポートを、テレパシーにすり替えた。


それに、粒子レベルで起こっている事象を、人間の思考とか、一般的な事柄に当てはめることなど出来ないのではないか。




ここからは、田中の得意分野だった。


サイエンスから、いつの間にかオカルトへと話がシフトしていることに、俺は気付いたのだった。




最終話へ続く