ショートストーリー ~成功哲学って? 第一話 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

ショートストーリー ~成功哲学って? 第一話

「非局所性って知ってるか、新田?」


「またお前の得意な、ナポレオンヒルじゃないだろうな」



田中は時々、この手の話をした。


昔、思考は現実化するなどと、事あるごとに言っていた。


それは、成功哲学を説いた自己啓発本の受け売りで、本人はいまだに成功の兆しすらないのだった。


最近は、引き寄せの法則とやらにはまっていて、車と家と金を引き寄せるため、頭の中に自分の欲しい物をイメージしろ、そうすれば、それは必ず現実化すると、俺にいった。


それを使って、お前はいったい何を手に入れたのだと聞くと、田中は口を尖らせてこう言った。



思考が現実化するには、タイムラグがあるのだと。




田中の車は、いまだ10年落ちのカローラだった。




ビールを一口飲むと、田中が話を続けた。



「オカルトなんかじゃねえんだよ、サイエンスだよ、れっきとしたサイエンスだぜ」


「ほう、それで、いったい何だって言うんだい?」


「おまえ、テレポートって信じるか?」


やっぱり、オカルトじゃないかと思った。それでも、話には付き合うつもりでいた。


「俺がそんなもん、信じるわけがないだろう。それこそサイエンスじゃないな、そんな話」


田中はにやりとしながらこう言った。


「それがな、量子力学の世界では、実際にそのテレポートってやつが観測されてるのさ」


俺は不本意ながら、少しだけ田中の話に興味をそそられていた。


真偽のほどは、後で調べれば、わかる。


田中は少し胸を張って、説明を始めた。


「まずここにAとBの粒子がある」


そういいながら、田中は自分のビールと、俺の猪口をひったくった。


「この二つは常に対になっている。わかるな?」


「ああ」


「それでだ。これは相互に関連しあってスピンしている。Aが右周りでBが左周り、という具合にだ」


「ここまでは、わかった」


田中がちょっと考えるような、顔をして、コップと猪口を腕を広げるようにして離した。


「これが宇宙の端と端」


宇宙の端と端で、粒子が関連しあっているということなんて、ありえないと思ったが、喩え話だろうと思って黙っていた。


「そして、ここが重要なポイントなんだが、量子力学の世界では、観測者が現象を観測するまでスピンがどっち回りか確定していないんだ」


???


何だそれは。


「よくわからんな」



田中は苛立たしげな表情のまま言った。



「だからさ、なんていったらいいのかな。観測するまでは、右回転と左回転が重なった状態なんだよ。わかったか?」



俺はいよいよわからなくなって、左手で軽くあごを擦った。






2話へつづく