ショートストーリー 成功哲学って?第二話 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

ショートストーリー 成功哲学って?第二話

ショートストーリー 成功哲学って?第一話よりの続き



「よくわからん」


俺が言うと、田中は声を出して笑った。


「実は、俺もよくわからねえんだ」



田中らしい。


それでも、田中は自信たっぷりで説明を続けた。



「だから、観測するまで、粒子の状態というのはわからない。それが量子力学の世界での常識というわけだ」


「しかしな」


俺は続けた。


「それは観測する以前に、現象が確定していたにすぎないんじゃないか。普通、そう考えるだろう?」


「たしかにそうなんだよ。だから俺も、いまだに理解しきれていない」



そう言いながら、田中は別のたとえ話を、持ち出してきた。


シュレーディンガーの猫。


ある一定の確率で、放射性物質を放出する箱の中に猫を入れ、蓋をする。


箱を開けるまで、猫の生死はわからない。


あえて言うなら、箱を開けるまでは、猫は生きていながら同時に死んでいるという。



実際に、箱を開けたときに猫が生きていたとする。


そうすると、もうひとつの世界で、猫は死んでいる。


田中は多世界解釈、と言った。




「田中、その説明を聞いて、もっとわからなくなったよ」


「だから、そういうのもだと、思ってくれ。頼むから。な?」



俺は仕方なく、頷いた。


「この理屈で説明すると、Aの粒子の回転方向を観測した瞬間に、もうひとつの粒子Bの回転方向も決まる」


田中が俺を覗き込んできた。


「よし。質問だ。俺が粒子Aを観測して、回転方向が右回りだったら、粒子Bはどっち回りだ?」


「左回り」



俺は即座に答えた。



「そこで、この粒子AとBは何処とどこにあるんだ?」


田中は両手に持っていたビールと猪口を、テーブルの端と端に置いてまた話し始めた。


「宇宙の端と端だろう?」


「そう」




田中の沈黙。




俺はそれに耐えられずに、田中に尋ねた。



「それが、テレポート?なのか」


「いや、テレパシーともいえるのかな。遠く離れたもの同士が、一瞬のうちに情報を交換するんだから」



「しかしな、宇宙の端と端で、粒子同士が相互に関係しあうなんてことが出来るのか?」


「理論上は、可能らしいぜ」


田中が、口を歪めている。どうやら、笑っているようだった。




俺は、はっとした。


宇宙の端と端。


宇宙の直径は、何万光年だったか。


つまり、光の速さを超えた、情報のやり取りが成立すると言うことなのか。




「やっぱり、お前の言っていることは間違っているよ」


「ほう。説明してもらおうか」


「アインシュタインが聞いていたら、鼻で笑ったろうよ。この宇宙に、光より速いものは無い事になっている」



田中が身を乗り出してきた。



「ところが、当のアインシュタインも、このことに気が付いて、大いに悩んだらしい」


「つまり、否定はしなかったのか?」


「いや、出来なかったんだよ。完璧には」




田中は俺に猪口を戻し、自分でビールに口をつけて、いよいよ本題に入った。




「これは量子の世界の話なんだが、人間の思考でも、それが可能なんだと俺は思ってる。引き寄せの法則さ。ユングの言葉で言えば共時性だね」




田中の理論はどこか破綻しているように思える。


最初に言っていた、テレポートを、テレパシーにすり替えた。


それに、粒子レベルで起こっている事象を、人間の思考とか、一般的な事柄に当てはめることなど出来ないのではないか。




ここからは、田中の得意分野だった。


サイエンスから、いつの間にかオカルトへと話がシフトしていることに、俺は気付いたのだった。




最終話へ続く