ショートストストーリー 成功哲学って? 最終話
「お前、誰かの事を考えているとき、その相手から携帯に、突然連絡がきたこと、あるか?」
「あるような気もするが、あまり経験がないかな」
「俺は頻繁に、あるぜ。それがユングがいうところの共時性、シンクロニシティさ」
何かで聞いたことがあった。
因果関係のまったくない事柄の、偶然の一致。
問題が起こって悩んでいたときに、偶然に、見ず知らずの人が助けてくれた。
俺は昔、そんなことがあったと、ぼんやりとだが思い出していた。
田中は背伸びをしながら呻き、大きく息を吐くと、さて、とつぶやき姿勢を正した。
「では。俺がお前の今一番会いたい人を、ここに呼んでやるよ」
田中に言われて、俺の頭の中にサヤカの顔が浮かんだ。
付き合うでもなく、別れるでもなく。
一月に1度か2度会い、あとは携帯で話すくらいの付き合いでしかなかったが、俺はサヤカが好きだった。
「俺が誰に会いたがってるか、わかってるのか?田中」
「イチノセサヤカだろう?」
俺は驚いた。
俺の気持ちを田中は読んだのか?
しかし、俺とサヤカの関係は、田中もよく知っている。
言い当てることは、たやすい。
「俺がイチノセのことを、頭の中にイメージする。そうすると、思考が波となってイチノセに届く。イチノセはお前の携帯に連絡を入れるか、ここの居酒屋に来ることになるだろう」
「本気か?田中?」
「人間の思考は波動さ。波動という言葉が胡散臭いなら、エネルギーと呼んでもいい。同じ波動、つまり波が重なるとそれは、コーヒレント状態になる」
「それはどういう状態なんだ?」
「エネルギーが高くなる」
田中が指示したように、俺は携帯をテーブルの上に置いた。
田中の思考が見事、サヤカに同調すると、携帯が鳴るらしい。
あぐらをかいて、指を奇妙な形に絡ませて、臍の前に構えている。
閉じられた目。
変わった呼吸を繰り返し、田中の瞑想は続いた。
10分が経った。
その間、俺の頭の中に、サヤカの顔が浮かんでは消えた。
田中の眼が薄く開かれ、俺を見た。
「やっぱり無理だわ。俺、イチノセサヤカのことよく知らんから、鮮明にイメージすることが出来ないんだよね」
それから、俺たちはそれぞれの自宅に、足を向けたのだった。
家に着いて、シャワーを使い布団に、潜り込んだ。
酔いが心地よく、すぐに眠りに落ちそうだった。
眠りに落ちたのと同時に、枕元の携帯が鳴った。
「寝てた?」
その声を聞いたとき、俺は背中に冷たいものを感じた。
イチノセ サヤカだった。
「・・・いや」
俺は何とか声を絞り出した。
酔いも眠気も、どっかにかき消されていた。
田中があの奇怪な瞑想で、サヤカを引き寄せたのか。
田中の言うとおり、思考が現実化するにはタイムラグがあるのだろうか。
「なんだか急にあなたのこと思い出したから、電話しちゃった」
サヤカのハスキーな声が、言葉が、振動が、携帯から俺の鼓膜に伝わった。
「なあサヤカ。田中って知ってるか?俺の友達の?」
「誰だっけその人?」
「いや、いいんだ」
ただの偶然なのか。
それとも?
俺は眠りに落ちることもなく、布団の中で、そのまま朝を迎えた。