日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -122ページ目

短編「立ちションをする女」

性的な表現があります。そういったものに、不快感を覚える人はこの先は読まないでください。



俺はタケシの家で、飲んでいた。


安ウイスキーのボトルが一本と、第三のビールが六本。


ちゃぶ台の上に転がっている。


俺がタケシの家に持参したのは、第三のビールの方だった。


一缶百円の……。


「タケシ、もう、酒はないのかい?」


「ああ、まだあるぜ。冷蔵庫の中に」


タケシの部屋はゴミだらけだった。


足の踏み場もなかった。


服。


雑誌。


弁当のパック。


ペットボトル。


わけのわからない、紙の束。




俺は立ち上がり、床一面に広がった、それらゴミの束を足で掻き分け、冷蔵庫へ向かった。


冷蔵庫を開けると、ワインのボトルが2本、扉に突き刺さっていた。



「お前、いつからワインなんか飲むようになった?てっきり、焼酎か何かだと思ったぜ」


「お前馬鹿か。焼酎を冷蔵庫になんかいれるわけないだろう」



二人でワインを飲み続ける。


俺もタケシもいい塩梅になってきた。


当然のように、話の内容は猥談になっていった。


タケシとの酒は、酔っ払うと決まってそうなった。


「おい、山南。立ちションする女、お前みたことあるか?」


「おれはないな、いまのところは」


「俺はあるぜ。おまけに初恋の人だった。目の前で見させられたさ」


「見させられただと?」


「ああ、無理やりな」


「……」


俺は、ワインをゴクリとやって、タケシの次の言葉を待った。


タケシは黙りこくったままだった。


俺はタケシにたずねた。


「初恋って、いったいいくつの時なんだ?」


「小学校の時さ。多分5年生くらいだったかな」


タケシはうつむいたまま、話を続けた。


「俺はその子が好きだった。放課後、校舎の裏手の方へ呼び出されたんだ。俺だけじゃなかったが」


「……」


「その子は、両手を地面につけて、股間を浮かせ、俺たちの目の前でやったわけさ」


「おい。それって立ちションじゃねえよな?」


「多分、立ったままだと、女の場合出来ないんじゃないか?だから、後ろに腕を着いて、ブリッジ風に腰を浮かしたんだろう」


「あの、エクソシストみたいにか?」


「違うな。あれは完全なブリッジだろう。体育座りで、少し後ろに腕を伸ばして手を着く。そのまま腰を浮かしてみろ。そういう状態だ」


「その子は、なぜそんなことをしたんだ?それも、わざわざ男の子を呼び出して見せ付けるなんて」


「俺にもわからないよ。ただ、そのとき彼女は言ったよ」


「なんて言ったんだ?」


「どう?すごいでしょう。こんなに飛んだよ、と」


「そんなにすごかったのか?」


「ああ。5メートルは飛ばしていたな」


俺は言葉を失った。


ワインが一本空いた。


俺は立ち上がり、二本目を取りに行った。


戻ってくると、タケシは壁の一点に、遠い視線を送っていた。


握られたグラスには、ほんのわずかにワインが残っていて、微かに揺れている。



俺はタケシにワインを注ぎながら、言った。


「まあ、よかったじゃないか。そんなもん、普通じゃ見られないぜ」


「そこまではな」


「それだけじゃなかったのか?」


「ああ」


タケシの視線がいったん下に落ち、俺に向けられたとき口元だけで笑っていた。


「何があったんだ?」


「……」


タケシは答えなかった。


そして、話題を変えた。



「山南。ここから5分ぐらい歩いたところに、ヘルスがある。一万円だぜ」


「何が一万円なんだ」


「最後までやってさ」


「ヘルスだろう?うそをいうなよ。それじゃ風営法違反じゃないか」


「普通のサービスは7千円からさ。口でな。そこから交渉して、あと3千円で最後までいくわけさ」


一万円は、俺のひと月分の小遣いだった。


「遠慮しとくよ。右手で済ませて、1万円分酒を買った方がいい。一万あれば一月は飲めるからな」


「お前はそういうやつだよ。俺は酒より女だ」


タケシが笑った。




「タケシ。自分で自分のものをしゃぶったことはあるか?」


「ははは。馬鹿かお前。そんなことできるわけないじゃないか」


俺は真剣な顔で、タケシを見据えてこういった。


「俺は出来るぜ」


「……」


タケシは驚いているようだった。


「おい、マジかよ!」


タケシはグラスを置き、足を伸ばして座り直すと、自分の股間へ顔を近づけた。


まったくだめだった。


「おい山南。おまえ、やって見せろよ」



俺は爆笑した。


「タケシ。そんなこと俺に出来るわけないじゃないか。どこぞの曲芸一座の団員じゃあるまいし」


「くそっ!だましやがったな!」


タケシも笑った。


俺たち二人は、腹を抱えて笑った。


それほど、面白いことではなかったが、いつまでも、笑いは止まらなかった。





笑いながら、タケシの過去に起こったことを考えていた。




立ちションをする女を見た、その後に起こったことを……。




日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


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詩 「君とあいつ」

痛めつけられ、悶絶しながら、俺は君のことを想った。




君はどこか下品で、しかし、俺を心底愛してくれた。


俺の前で、平気で屁はするし、盛大な音を立てて鼻をかむ。



あいつは君と比べると、いくらかは上品で、見た目も少しだけ美しかった。




俺はなぜ、君を捨てて、あいつを選んだのだろう。




君はいつも車を飛ばし、長距離運転で俺に会いに来てくれた。


俺が約束の時間に遅れても、君は笑って短いキスをし、それで終わりだった。



あいつは、時間に厳しかった。



俺が約束の時間に十分遅れたら、その後八時間以上押し黙り、視線すら合わせなかった。




俺はなぜ、君を捨てて、あいつを選んだのだろう。




君は子供が嫌いで、飯も作れなかった。


その代わり、アウトドアが好きで、海へ行ったり、山でスキーなんかを一緒にやった。




あいつは料理が得意だった。


家に来ると、いつも飯を作ってくれたが、外へ出る事を嫌がった。


日焼けを気にして、いつも腕にクリームを塗ったっくっていた。




俺は、きみの手放しの愛が信じられなかった。


こんな俺を、ここまで愛してくれるわけがないと、


心の中で疑っていた。



そして



あいつは、俺のことなんか愛してはいなかった。



むしろ、それが自然なことのように思えた。





蝉の鳴き声。


子供たちの遊ぶ声。


窒息しそうな部屋の中。



俺は死にかけていた。




悪意と憤激と苛立ちの気配を感じた。


俺は身動きがとれない。



あいつがとどめを刺しにやってくる。



鈍く光ったナイフが、俺の頸を冷たくなでる。



あいつの憎悪に満ちた視線が俺を殺そうとしている。



薄れ逝く意識の中、俺は思った。







俺はなぜ、君を捨てて、あいつを選んだのだろう。



最後の最後に、謎が解けた。



しかし



それで終わりだった。


現代の奇跡

俺はその奇跡の恩恵に与っている。

幸せなことだ。



世の中、様々な薬物が、法律的に禁止されている。


精神変容によってもたらされる、様々な犯罪。

服用者にもたらす、健康被害。

常習性。

その他、もろもろ。


驚いた事に、程度の差はあれ、近い作用をもたらすものが、町で普通に売られている。

俺はソイツを毎日のように(買う金があるときは)やっている。


ソイツを決めている間は、全てがうまくいっていると思い込むことが出来たし、これから先、明るい未来が約束されているような気分にさえなれた。

コイツさえあれば、そのときだけは、うんざりするような事は忘れられる。

魔法の液体。

一生涯、手元に置いておきたかった。


そう。


ソイツは、酒だ。


コイツが禁止されないのは、もはや奇跡と言っていいだろう。

飲酒運転による人身事故は後を絶たず、酒の飲み過ぎで家庭崩壊なんて話は腐るほどある。

酔って暴力を振るい、相手を殺めてしまうことすらあるだろう。

また、そこまでには至らないにしろ、コイツのおかげで肝臓をやられ、治療に支払われる人々の医療費は、いったいどれほどのものになるのだろうか。

酒による経済的損失は、甚大なように思える。


同じ嗜好品のタバコの場合、公共の場や職場などから徹底的に締め出しを食っている。

近い将来、世界から完全に抹殺されかねない勢いだ。

しかし、煙草を吸って人に暴力を振るうなどと言う話は、聴いたことがない。

俺は、喫煙者に同情を禁じ得ない。


酒が、覚醒剤などと同様に、禁止されてもしかたがない、とすら思えてくる。

(酒と、覚醒剤などの薬物による経済的損失。果たしてどちらが上なのか?)

しかし、そうはならない。

多くの人間が飲むため、多額の、理不尽なまでの税金が、簡単に徴収出来るのだから。


古代ローマだかギリシャだか忘れたが、酒を食らってふらつている神様の彫像があったっけ。

神も、酒を飲んで忘れたくなるような事があるのだろうか。


とにかく、楽しむことだ。

酒が自由に飲める奇跡に乾杯。

そして、ほどほどに。