短編「立ちションをする女」
性的な表現があります。そういったものに、不快感を覚える人はこの先は読まないでください。
俺はタケシの家で、飲んでいた。
安ウイスキーのボトルが一本と、第三のビールが六本。
ちゃぶ台の上に転がっている。
俺がタケシの家に持参したのは、第三のビールの方だった。
一缶百円の……。
「タケシ、もう、酒はないのかい?」
「ああ、まだあるぜ。冷蔵庫の中に」
タケシの部屋はゴミだらけだった。
足の踏み場もなかった。
服。
雑誌。
弁当のパック。
ペットボトル。
わけのわからない、紙の束。
俺は立ち上がり、床一面に広がった、それらゴミの束を足で掻き分け、冷蔵庫へ向かった。
冷蔵庫を開けると、ワインのボトルが2本、扉に突き刺さっていた。
「お前、いつからワインなんか飲むようになった?てっきり、焼酎か何かだと思ったぜ」
「お前馬鹿か。焼酎を冷蔵庫になんかいれるわけないだろう」
二人でワインを飲み続ける。
俺もタケシもいい塩梅になってきた。
当然のように、話の内容は猥談になっていった。
タケシとの酒は、酔っ払うと決まってそうなった。
「おい、山南。立ちションする女、お前みたことあるか?」
「おれはないな、いまのところは」
「俺はあるぜ。おまけに初恋の人だった。目の前で見させられたさ」
「見させられただと?」
「ああ、無理やりな」
「……」
俺は、ワインをゴクリとやって、タケシの次の言葉を待った。
タケシは黙りこくったままだった。
俺はタケシにたずねた。
「初恋って、いったいいくつの時なんだ?」
「小学校の時さ。多分5年生くらいだったかな」
タケシはうつむいたまま、話を続けた。
「俺はその子が好きだった。放課後、校舎の裏手の方へ呼び出されたんだ。俺だけじゃなかったが」
「……」
「その子は、両手を地面につけて、股間を浮かせ、俺たちの目の前でやったわけさ」
「おい。それって立ちションじゃねえよな?」
「多分、立ったままだと、女の場合出来ないんじゃないか?だから、後ろに腕を着いて、ブリッジ風に腰を浮かしたんだろう」
「あの、エクソシストみたいにか?」
「違うな。あれは完全なブリッジだろう。体育座りで、少し後ろに腕を伸ばして手を着く。そのまま腰を浮かしてみろ。そういう状態だ」
「その子は、なぜそんなことをしたんだ?それも、わざわざ男の子を呼び出して見せ付けるなんて」
「俺にもわからないよ。ただ、そのとき彼女は言ったよ」
「なんて言ったんだ?」
「どう?すごいでしょう。こんなに飛んだよ、と」
「そんなにすごかったのか?」
「ああ。5メートルは飛ばしていたな」
俺は言葉を失った。
ワインが一本空いた。
俺は立ち上がり、二本目を取りに行った。
戻ってくると、タケシは壁の一点に、遠い視線を送っていた。
握られたグラスには、ほんのわずかにワインが残っていて、微かに揺れている。
俺はタケシにワインを注ぎながら、言った。
「まあ、よかったじゃないか。そんなもん、普通じゃ見られないぜ」
「そこまではな」
「それだけじゃなかったのか?」
「ああ」
タケシの視線がいったん下に落ち、俺に向けられたとき口元だけで笑っていた。
「何があったんだ?」
「……」
タケシは答えなかった。
そして、話題を変えた。
「山南。ここから5分ぐらい歩いたところに、ヘルスがある。一万円だぜ」
「何が一万円なんだ」
「最後までやってさ」
「ヘルスだろう?うそをいうなよ。それじゃ風営法違反じゃないか」
「普通のサービスは7千円からさ。口でな。そこから交渉して、あと3千円で最後までいくわけさ」
一万円は、俺のひと月分の小遣いだった。
「遠慮しとくよ。右手で済ませて、1万円分酒を買った方がいい。一万あれば一月は飲めるからな」
「お前はそういうやつだよ。俺は酒より女だ」
タケシが笑った。
「タケシ。自分で自分のものをしゃぶったことはあるか?」
「ははは。馬鹿かお前。そんなことできるわけないじゃないか」
俺は真剣な顔で、タケシを見据えてこういった。
「俺は出来るぜ」
「……」
タケシは驚いているようだった。
「おい、マジかよ!」
タケシはグラスを置き、足を伸ばして座り直すと、自分の股間へ顔を近づけた。
まったくだめだった。
「おい山南。おまえ、やって見せろよ」
俺は爆笑した。
「タケシ。そんなこと俺に出来るわけないじゃないか。どこぞの曲芸一座の団員じゃあるまいし」
「くそっ!だましやがったな!」
タケシも笑った。
俺たち二人は、腹を抱えて笑った。
それほど、面白いことではなかったが、いつまでも、笑いは止まらなかった。
笑いながら、タケシの過去に起こったことを考えていた。
立ちションをする女を見た、その後に起こったことを……。
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