日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -121ページ目

送り盆~夜の墓場での出来事

目を覚ましたら、午後六時をまわっていた。


まいったな。


まったくもって、どうしようもない。


今から家を出たとしても、どうやったって、夜になるじゃないか。


墓場まで、車を飛ばして一時間以上かかるのだ。


今はまだ、外は明るい。



今日はお盆。


送り盆だった。






その日の早朝、俺はいつも通りバイトへ行った。


いつも通りの睡魔。


帰り道、ハンバーガーを二つ買って、家に着く前に喰ってしまった。


送り盆のために、会社は休んだ。


時間がたっぷりあったが、何かをしようという気分ではなかった。


送り盆で墓場へ行くのは午後で、通常は夕方だった。


俺は少しだけ悩み、決断した。



ワインと焼酎を、一気に飲み干し、布団に倒れ込んだのだった。







墓場へ着いたときには、辺りはすっかり闇に包まれていた。


提灯へ蝋燭を刺し、火を灯す。


花と水を左腕で抱え、提灯をぶら下げ、


右手でライトを点灯させ握った。


提灯だけでは暗く、帰り道、提灯は消すためだ。



闇。


静寂。


空気は冷えていて、風が心地よかった。


俺は墓場の途中で立ち止まり、空を見上げた。


星がきれいだった。


何故、夜の墓場で、夜空を眺めてやろうという気分になったのか。


墓場にいるというのに、不思議と気分が良かった。


いや、墓場にいるから気分がいいのだろうか。



もしこの場に、誰かが来たのならば、きっと腰を抜かすに違いない。


墓場の真ん中で、提灯をぶら下げ、星空を見上げて微動だにしない、一人の男。


口元に微笑みをうかべて。




父と母の墓石に到着し、作業のため、ライトを置いたとき、突如としてが光が消えた。


いやな切れ方だった。


明らかに、球が切れた感じで、一瞬、強く光ったのだ。




よりによって、夜の墓場でライトが切れるなんて。


なんてことだ。





提灯の明かりだけで作業するしかなかった。


提灯から蝋燭をむき出しにすると、風で消えそうになった。


提灯を片手でぶら下げたまま、少し萎れた花を処分して新しい花を刺し、水をやった。


花を捨てるとき、木が生い茂るゴミ捨て場まで、歩かねばならなかった。


蝋燭が突如として消えないことを、祈った。



後は、墓前で手を合わせて帰るだけだった。


しかし、提灯を握ったまま手を合わせることは出来ない。



提灯を消す以外になかった。



何かの光の乱反射なのか、星明かりなのかわからなかったが、完全な闇ではなかった。


蝋燭を消しても、目が慣れれば、少しは見えるだろう。


そう思ったとき、俺は何故かわからないが、ライトが生き返るのではないかと思った。


通常ならば、そんなこと、思い至らないだろう。


すでに、球は切れているのだ。


墓場でのかすかな恐怖がそうさせたのか?



俺はライトを弄ってみた。



そのとき、俺は戦慄した。



ライトは一瞬強く光り、元通り点灯した。



安心して、蝋燭を消して、俺は墓地を後にした。



単なるライトの接触不良だったのか?



それとも?



俺は幽霊とか霊魂とか、そういったものには懐疑的だった。


それでいて、すでに他界した両親の墓石の前で、手を合わせたりしている。



しかし、これだけは別だった。


かの大槻教授だって、墓参りには行くだろう。


父と母の魂が、この世でもあの世でもいいから、今も生きている。


そう思いたかった。




もう一度立ち止まり、空を見上げた。



明滅する星。




天の川だろうか?



よく見ると、薄く帯状に伸びた、薄雲だった。




日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


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詩 「最初に好きになったのは」

最初に好きになったのは、あなたの言葉だった。


あなたに逢ったことは一度もなく、容姿すら知らない。


それでもあなたが好きだった。




髪の長さは。


目の色は。


背丈は。


痩せているのか。


それとも、太っているのか。


笑うと、えくぼはできるのか。


怒った顔はかわいらしいのか。



心が、言葉になった。


言葉は、心だった。



発せられた言葉がデータ化され、ネットを駆け巡る。



サーバーに保存され、あなたの心の一部が複製される。



わたしは、あなたの言葉が好きだった。



あなたは雄弁に語った。


あなたは慈愛に満ちていた。


あなたはとても強かった。



もしも、原子の光が地表を焼く尽くそうとも、


地下室に眠るサーバーは永遠に稼動し続けることだろう。



100年。


それとも、1000年?



あなたは永遠に生き続ける。


ネットの中の、何の感情も伴わない電子の流れの中で。






コメント数が増え続ける。


無数に張り巡らされるトラックバック。




時が流れ、


あなたとわたしがこの世から消え去った後。



あなたは新たな言葉を紡ぎ出した。






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盆の墓参り

午前4時過ぎに目覚めた。


なんということだ。


バイトに間に合わないではないか。


俺は慌てたが、冷静になって考えてみると、バイトは休みなのだった。


その日の朝、墓参りに行く予定だった。


それすらも、忘れていたのか?


まだ時間があったので、俺は目を閉じた。



目覚めると、キッチンを隔てた居間から、猫の鳴き声が聞こえた。


あいつが俺を呼ぶために、鳴いているなんて。



俺以上に孤独を感じているのだろうか?


いや、猫は孤独が好きなはずだ。


そしてこの俺も。


しかし、俺が近づくと喉を鳴らしながら体を摺り寄せてきた。


抱き上げる。


名前を呼んで、頭を撫でてやった。


猫は喉を鳴らし続けていた。



ここ一週間以上、娘と、娘の母親の姿を見ていなかった。


実家に行っているのだろうか。


まあ、どうでもいい事だ。


少なくとも、俺の娘の母親の姿を見て、胸の悪くなるような思いをしなくて済むのだから。



その日の朝、提灯やライターなどと一緒に、昨晩カードで買っておいた花を車に積んで、俺は家を出た。



墓参りに行く時間など、この日以外になかった。


仕事もバイトも、休みは殆どなかった。


双方とも、盆は稼ぎ時なのだ。



墓には誰もいなかった。


俺はひとり花を供え、提灯に火をともし、墓を後にした。



家に着くと、会社に行くまで、少しだけ時間があった。


盆の祭壇を作り、父と母の写真と位牌を並べた。


やり方は、生前、父がやっていたやり方を、そのまま真似ているだけだった。


落雁などの、供え物がなかった。


仕方なく、茄子をひとつ祭壇に載せた。



辺りを支配する静寂。


まともな供え物すらない、粗末な祭壇。



急に、どうしようもなく切なくなって、涙が出そうになった。


傍らにいた猫を抱きあげることで、それを何とか堪えた。


「おい、お前は一人で寂しいか?あいつがいないと寂しいか?」


猫はじっと俺を見つめるだけだった。




俺は一人でいることが好きだった。




あっという間に時間が過ぎてゆく。


会社に行く時間だった。



俺は、父と母の位牌の前に座り、手を合わせた。


「まあ、ゆっくりやっていってくれよ」


二人に声をかける。


二つの猪口が供えられている。


中身は焼酎だった。



日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


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