盆の墓参り
午前4時過ぎに目覚めた。
なんということだ。
バイトに間に合わないではないか。
俺は慌てたが、冷静になって考えてみると、バイトは休みなのだった。
その日の朝、墓参りに行く予定だった。
それすらも、忘れていたのか?
まだ時間があったので、俺は目を閉じた。
目覚めると、キッチンを隔てた居間から、猫の鳴き声が聞こえた。
あいつが俺を呼ぶために、鳴いているなんて。
俺以上に孤独を感じているのだろうか?
いや、猫は孤独が好きなはずだ。
そしてこの俺も。
しかし、俺が近づくと喉を鳴らしながら体を摺り寄せてきた。
抱き上げる。
名前を呼んで、頭を撫でてやった。
猫は喉を鳴らし続けていた。
ここ一週間以上、娘と、娘の母親の姿を見ていなかった。
実家に行っているのだろうか。
まあ、どうでもいい事だ。
少なくとも、俺の娘の母親の姿を見て、胸の悪くなるような思いをしなくて済むのだから。
その日の朝、提灯やライターなどと一緒に、昨晩カードで買っておいた花を車に積んで、俺は家を出た。
墓参りに行く時間など、この日以外になかった。
仕事もバイトも、休みは殆どなかった。
双方とも、盆は稼ぎ時なのだ。
墓には誰もいなかった。
俺はひとり花を供え、提灯に火をともし、墓を後にした。
家に着くと、会社に行くまで、少しだけ時間があった。
盆の祭壇を作り、父と母の写真と位牌を並べた。
やり方は、生前、父がやっていたやり方を、そのまま真似ているだけだった。
落雁などの、供え物がなかった。
仕方なく、茄子をひとつ祭壇に載せた。
辺りを支配する静寂。
まともな供え物すらない、粗末な祭壇。
急に、どうしようもなく切なくなって、涙が出そうになった。
傍らにいた猫を抱きあげることで、それを何とか堪えた。
「おい、お前は一人で寂しいか?あいつがいないと寂しいか?」
猫はじっと俺を見つめるだけだった。
俺は一人でいることが好きだった。
あっという間に時間が過ぎてゆく。
会社に行く時間だった。
俺は、父と母の位牌の前に座り、手を合わせた。
「まあ、ゆっくりやっていってくれよ」
二人に声をかける。
二つの猪口が供えられている。
中身は焼酎だった。
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