日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -116ページ目

男子弁当(笑)

近頃、やたらとガキだった頃を思い出す。

父と母と、過ごした日々。

かけがえのない日々だったはずだが、その当時は、それが当たり前だと思っていた。

高校生の時、母は毎日弁当を作ってくれた。

おかずは何品も入っていたし、デザートまで付いていた。

飯は必ず、海苔が二段にひきのべられていた。


その日。

目覚めると、俺の娘の母親は、どこかに出かけていた。

朝飯を喰おうと思い、キッチンへ行くと、飯は炊いてあったが、おかずは何もなかった。

卵すらなかった。

俺は朝飯を諦め、弁当を作ることにした。

カップラーメンはおろか、ベビースターラーメンすら、買う金がなかったからだ。


冷凍の肉と、キャベツに玉ねぎ。

みりんと醤油と酒に、味噌を加えたものを、野菜と肉にまぶし、それを炒めた。

味付けは適当だったが、みりんと醤油と酒、それに砂糖を加えれば、それなりの味になることを俺は知っていた。

今回は、砂糖のかわりに味噌を入れてみた。

ただの思い付きだった。


炒めあわせて完成だったが、そのとき棚に並んでいる、辛味噌の瓶に眼が止まった。

最後に、スプーンで掬った辛味噌を入れ、混ぜた。


飯は、母の弁当を真似て、海苔を二段にした。

弁当箱に半分ほど、飯を入れ、醤油を塗った海苔をひく。

更にその上に飯を載せ、また海苔だった。

母は、これ以上の手間をかけて、毎朝、俺のために弁当を作っていたのだ。

なんということだ。

俺には、母の弁当は再現出来ないだろう。

技術的な部分は無論、自分に対しての弁当に、多くの手間を掛けようとは思えないからだ。


ちまたでは、やれ男子弁当だ、草食系男子だなどと言っているが、まったくもって、失笑ものだ。

そんなことを、マスコミに決め付けられたくはないし、それに踊らされ、

弁当でも作ってみようかなどと、考える男がいるならば、そいつはどうしようもない奴に違いない。


その日の、昼休み。

俺は薄汚いバックヤードで、男子弁当ならぬオヤジ弁当を食った。


思った通り、自分で作った弁当は、美味くも不味くもなかった。

ただ、腹が膨れる。


それだけだった。

闇のなかの気配

深夜、誰かに揺り動かされ、眼を醒ました。

どこまでも、俺の娘の母親は、嫌なヤツだなと思い、ゆっくりと眼をあけると、

そこには誰もいなかった。

闇。

それだけだった。

あまり深く考えたくはなかった。

錯覚か。

夢か。

それとも、闇そのものの、意思か。


頭は完全に覚醒してはいなかったが、時間が気になった。

携帯を引き寄せる。

眠りについてから、三時間しかたっていなかった。

あと一時間眠れる。

眼を閉じると、俺はすぐに眠りに落ちた。

俺は、夢を観た。

とてつもない断崖を、素手で登っていた。

俺以外にも、無数の人々が、垂直に屹立する断崖に取り付き、一心に頂上を目指していた。

驚いた事に、まわりの人間は、すべて死人だった。

俺のすぐ横で、崖を登っているのは、先日、この世を去ったばかりの、有名なミュージシャンだった。

まるで、芥川の小説の、あれだった。   

下を見ると、驚くほどの蟻の大群が、崖を覆い尽くしている。

いや、蟻ではなく、死人の群だった。


ここは地獄なのか?


俺と、横のミュージシャンは、頂上に手を掛けようとしていた。

頂上は平らな大地だった。

ミュージシャンが、大地に手を伸ばした途端、頂上の大地に亀裂が入り、

岩盤ごと崖から剥がれ落ちていった。

俺は剥がれ落ちる岩盤から、大地へと飛んだ。

やったぞ。

指に確かな感触があった。

そして、俺は眼を醒ました。


すぐに起き上がれず、青白い、薄明かりに照らされた、天井を眺めていた。

嫌な感じだった。

俺は、何かの気配を感じたような気がした。

何かが、この部屋にいる。

しばらくの間、じっとしていたが、結局は何も起きなかった。


起き上がり、洗面所へ向かう途中、ちらと、父と母の遺影を見やった。

二人とも、微かに笑っていた。

そのまま、洗面所で歯を磨き、髭を剃り終えると、遺影の前の水を取り替えた。

父と母の遺影。

双方と、視線が合った。

もう、笑ってはいなかった。

そのとき俺は、思った。


闇の中の気配はいったいなんだったのか。

ひょっとして?

俺は遺影の視線に、耐えられなくなり、眼を伏せた。


そして、どうしようもないくらい、俺を消耗させるバイトへ向かった。

詩 「父も母も」

虫の鳴き声。


遠くに車の音。


なんだが寂しい心持になりながら。


ひとり、電球二つの薄暗い部屋で酒を飲んだ。


記憶はスパイラルを描き、暗く冷たい過去へと降って行く。



父の遺影。


母の遺影。


僕を睨み付け、僕を責め続ける。




あの時、父はこう言った。




「お前は本当に、冷たいやつだな」



父もきっとわかっていたはずだ。


それはお互い様で、実はそれなりに、やさしいところもあったのだ。



母が酒に酔って泣いている時、僕はそれが許せなくて、


母を罵った。


父と一緒にいると、どうしようなないほど苛立ち、


しかし、決してそれをぶつけることはなかった。


父も僕に苛立ち、それでも、何も言わなかった。




父も母も。




息を引き取るとき、僕に何も言ってはくれなかった。


二人とも、僕がベットを離れた僅かな時間に、息を引き取った。


きっと、二人とも。


こんな、どうしようもない息子に、看取られることなど、絶えられなかったに違いない。



僕はとんでもない、親不孝者だった。


これ以上ないというくらいの。



「父さん、母さん。おやすみ」





僕が遺影に声をかけると、部屋の電球が突然切れた。





日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


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