日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -117ページ目

運がいい、俺

運なんて、信じてはいなかった。


しかし、そういったものが、あるのかもしれないということを、俺は事あるごとに思う。



睡魔に襲われ、交差点で停止しているときに、眠ってしまった。


ブレーキから足が離れ、知らぬ間に車は進んでいたのだ。


目覚めたときに、ああ、やっちまったなと思いながらブレーキを踏んだ。


車は、目の前の車から、僅か1センチ足らずで止まっていた。



俺は多分、とんでもなく運がいい奴なのかもしれない。



ショッピングモールで一日遊び、帰り際、ポケットに車の鍵がないことに気付いた。


とんでもないことだった。


ポケットが浅かったのか。


鍵は、娘の母親のものだった。




食事をしたことろ。


買い物によった店。


トイレ。



思い当たるところは、すべて回った。


しかし鍵はなかった。



ふとひらめいて、娘と戯れた、子供や大人たちでごった返す、遊技場のようなところに行ってみた。


人を掻き分け、地べたを這いずり回ると、そこに鍵はあった。




俺は多分、とんでもなく運がいい奴なのかもしれない。




自殺をしようなどと、考えたことなどなかった。


なぜなら、この世の中で、もっとも最悪でどうしようもない行為だと思えたからだ。


それに自ら命を絶つとなると、とてつもないほどの、膨大なエネルギーが必要だ。


それだけのエネルギーがあれば、大体のことは出来るし、どんなうんざりすることにも耐えられる。



しかし、そんなことは忘れてしまい、何かの拍子で死にたくなる事もあるに違いない。




俺はそのとき、ナイフを握り締め、手首に当てていた。


これ以上ないというほど泥酔し、鎮痛剤も飲んでいたせいなのか。


いろいろなことが重なり、追い詰められ、そういうことになったのか。



とにかく、発作的にそういうことになっていた。



ナイフを握る手に力を入れる。



ナイフの刃が肉に食い込んだそのとき、携帯がなった。



俺は驚いて、ナイフを落としてしまった。



友人からの電話だった。



「おい山南。センズリこいているところを、悪かったな!」


「……」


「なんだおい!ほんとうにやってたんじゃねえだろうな!中学生のガキじゃあるまいし、かんべんしてくれよ!」


俺は馬鹿らしくなって、思わず笑った。


友人も、携帯の向こう側で笑っていた。




俺は多分、とんでもなく運がいい奴なのかもしれない。




財布の中に、千円札が一枚あった。


その日は、貴重な休日だった。


まず頭をよぎったのは、映画を見るということだった。



割引などを駆使しても、映画を見るには千三百円が必要だった。




あきらめるしかなかった。




家の中は、俺をとことん憂鬱にさせた。


窒息しそうだ。


本当に最悪だった。


俺は耐えられなくて、車で出かけた。


赤信号の交差点で、錆び付いたガードレールをぼんやりと眺めているとき、ふとあることに気が付いた。



その日は、一日だった。



何故か一日だけは、どこの映画館も、千円で映画が観られた。


俺はそのまま、車を映画館へ向けた。


映画館の中へ入り、スクリーンの前へ座った。


俺一人だった。


上映が始まっても、誰も入ってこなかった。


係員が一度、盗撮されていないか見に来ただけだった。




貸切の映画館。


遠慮することなく、俺は笑ったり泣いたりした。



俺は多分、とんでもなく運がいい奴なのかもしれない。







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詩 「傘」

恋人から差し出された傘のおかげで、わたしは今まで雨風を、凌いでこれた。

傘の下で豊かさを謳歌した時期もあったが、今はとんでもない事になっている。

恋人は、どうやらわたしを捨てる気らしい。

君を守る、と約束はしたが、何かあったら、傘を引っ込めるに違いなかった。

今までのわたしは、傘の下で、他の心配をしていればそれでよかった。


着るものとか。

明日の朝食の事とか。

仕事の事とか。

住むところとか。

老後の貯えとか。


しかし。

そんなことで、本当にいいのでしょうか?

傘を無くし、ずぶ濡れになって、

服も、

自尊心も、

勇気も、

優しさも、

台無しになってしまったら?


わたしは、自分の傘を持つべきなのでしょう。



そして、




わたしの、国も。

詩 「夏の終わり」

「8月いっぱいでこの町を発つわ。だからその前にツーリングへ行かない?」


女友達のヒロからだった。


僕たちは近くの山へ


バイクを飛ばした。


林道。


砂埃が舞い、砕石にハンドルをとられながら、


僕らは山を駆け上がる。


風の音と、


時々メットを叩く、小枝が僕たちを歓迎していた。



山頂付近で、僕たちはバイクを降り、


隣り合わせに座り、膝を抱えた。


「高校って、最悪だったわ。わたしはいじめられないように、


ただひたすら、目立たないことに心を砕いていたのよ」




長い髪が風に揺れていた。


悲しみを湛えた瞳は、眼下に広がる町並みに向いている。






せみの鳴き声が耳障りで、僕は一度、髪を掻きあげた。



夏の日差しが、彼女の頬の微毛を、黄金色に輝かせていた。


濡れた唇に、僕は心を奪われていた。



僕はヒロのことが好きだった。





あの時、


彼女は、僕のことをどう思っていたのだろうか?


あの時、


僕は、好き、という気持ちを伝えるべきだったのだろうか?




時が過ぎ



僕はただ、日々を生きる。



あの頃抱いていたものなど、何も残ってはいないのに、今も変わらないと思い込み、


ただの幻を、胸に秘め、


自分をごまかし、日々を生きている。




そう


僕は


日々を生きる。



どうしようもないほどの、屈託の中で。





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