もしも、神が存在するならば
もしも、神が存在するならば、何故俺を救ってくれないのだろう。
俺はある結論に、達した。
神は決して、俺を助けたりはしない。
俺を試すだけだ。
様々な、うんざりする様な事ばかりを、俺に提示し、
その反応を観て、薄ら笑っている。
「こんなことで腹を立てているようでは、まだまだ青いな」
セルフコントロール。
自分を律するため。
人格形成?
結婚とは、我慢大会の一種か?
これが、愛すべき人生なのか?
もう、どうでもよかった。
俺はただ、日々を生きる。
その日。
俺は起床とともに、頭痛薬を飲み下し、バイトへ向った。
外は闇だ。
星が綺麗だった。
俺はすこぶる気分がよかった。
今日一日がよい日になるのではないかと、錯覚した。
バイト先で、どこかの馬鹿どもがとっちらかした機材を片付けているときも、その日は腹も立たなかった。
ひょっとして、頭痛薬のせい?
帰路についた車の中で、
俺は漠然とした希望のようなものを、胸に抱いていた。
何故なのだろう?
澄みわたる、秋空のせい?
とにかく、気分がよかった。
俺は家に上がり、飯を食った。
おかずもあったし、握り飯がひとつ皿の上にあった。
どうやら、弁当ということなのだろう。
少しだけ、娘の母親に対する気持ちが、軟化する。
それから、仕事へ出かけるまでの三十分間、睡眠をとることにした。
今日こそ、安らぎのときを。
しかし、それはかなわなかった。
十分もすると、乱暴に俺の部屋の引き戸が開け放たれた。
「早い時間に銀行にお金振り込んでおいてよね!でないと、また、督促の電話がかかってくるから!」
何かが投げつけられた。
銀行のカードと、電気料の振込用紙だった。
俺はそのとき初めて、今日はバイトの給料日なのだということを知った。
「あんたのバイト料がいくらかわかんないから、残りの支払いが出来るかどうかわからないから!」
何も答えないでいると、引き戸が閉められた。
俺は残りの二十分間を、貪るように眠った。
職場に着き、暇を見つけて銀行に行った。
金を全額下ろし、その一部をほかの銀行に入金する。
残りの金で電気料金を支払った。
驚いたことに、それで、俺のバイト料は綺麗に無くなった。
バイト料が振り込まれる通帳とカードだけは、俺の娘の母親に、渡さなかった。
しかし、
結果として、渡した事と、なんら変わらなかった。
稼いだ金すべてが、支払いにまわる。
そして、俺の小遣いは、一銭もない。
俺は苛立っていた。
振込み済みの用紙と、キャッシュカードをポケットに突っ込み、職場に戻った。
すれ違うすべての人々が、憎かった。
殴ってやりたかった。
「くそったれ!」
思わずつぶやいていた。
俺は、試されている。
こうして苛立ち。
いつまでも、うんざりさせられる。
そう。
おそらくは、自分自身が変われるまでは。
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ショートショート「嵐のとき」
僕はそれを投げ捨て、そのまま歩き続けた。
雨粒とゴミと落ち葉が、螺旋を描き、暗い夜空に向かって吹き上げられていった。
ズブ濡れだった。
それでも、気にしなかった。
風雨が、僕の何かを洗い流してくれるのだろうか?
僕は孤独だった。
一度、大きな板切れのようなものが、強い風に吹き飛ばされ、僕の頭を掠めた。
僕は無傷だった。
幸いだったのか?
それとも、その逆か?
ズブ濡れのまま酒屋に入って、ジンを一本買った。
酒屋の店員は、僕を見て唖然としていた。
家に戻って、シャワーを使い終わったころ、チャイムが鳴った。
玄関を開けると、やはりズブ濡れの女が立っていた。
雪江だった。
濡れて肌に張り付いたワンピースから、下着が透けている。
僕は雪江にタオルを投げてやった。
「嵐が来てる」
「わかってるわ」
雪江は勝手にキッチンヘ行き、くたびれたホーローのカップを二つ持ってきた。
買ってきたばかりのジンを取り出し、勝手にスクリューを捻じ切っている。
「ちゃんとしたグラスもあるんだぜ」
「昔観た映画で、労働者が、こんなカップでジンを飲んでいるのを観たことがあるの。何故かとても美味しそうに見えたわ」
僕たちはチビチビとジンを舐めながら、嵐の音を聞いていた。
暴風圏に入っているのだろうか?
獣の唸り声のような風の音だった。
「夫が死んだわ」
「……」
雪江の方をみやると、口元だけ歪め、笑った。
「お前が殺したんだろう」
雪江は、そうよとだけ言って、ジンを空けた。
僕は雪江を押し倒し、唇を重ねた。
雪江の熱い吐息が、僕の顔を打った。
雪江の舌が、僕の舌に絡み付く。
僕は雪江の頸を両手で掴み、徐々に力を加えていった。
「あなた、ようやくその気になって?」
雪江は、声を絞り出すように言った。
「そうさ」
雪江は笑ったようだった。
僕は更に、両手に力を込めた。
風。
あいかわらず、獣の唸り声のようだった。
それとは別の、獣の声が重なった。
雪江の喘ぎ。
唸りが絶叫に変わった時、雪江は全身を痙攣させた。
声が止んだと同時に、雪江の痙攣は止まった。
外からは、獣の声がいつまでも、聞こえていた。
対等な対価~そんなものは幻想に過ぎない
部屋に、汚れた食器の山が投げ込まれた。
その音で、俺は目を覚ました。
今はいったい何時なのだ。
そう思ったが、時計を見ようとも思わなかった。
何も変わらない。
それだけがわかった。
トイレに立とうと思って、腰に激痛が走った。
いつものことだった。
それでもなんとか起き上がり、トイレに行った。
用をたしながら、俺は考えていた。
一日、実労十四時間だった。
移動に費やす時間が約四時間。
残り四時間のうち、風呂に入ったり、洗濯したり、皿を洗ったり、飯を食ったり。
本を読む時間すら、有りはしなかった。
そういえば、蟹工船の一日の労働時間と一緒じゃないか。
労働者は資本家に労働力を提供し、
資本家は労働者に、その日の仕事量に見合う労賃を支払う。
これが労働力と賃金の等価交換であるとするならば、
俺は、屁ほどの仕事もしていない、ということになる。
その屁みたいな労働対価は、一円たりとも俺の元に入ることはなかった。
俺の娘の母親は、自分の好きなことを家で悠々と行い、
事あるごとに、銭がないと喚く。
まあ、娘の母親に言わせれば家事労働だけでも、
十分もの言う権利はあるのだと、言うに違いない。
それでも、おかしいんじゃないか?
お前は何様だという、気持ちは拭いきれない。
俺は、自分の世話はすべて自分でやっている。
洗濯も。
飯の支度も。
後始末も。
何もかも。
すべてだ。
身の回りの必需品までも、自分の小遣いで買わねばならなかった。
それでも、俺の娘の母親に、給与のすべてを握られ、
あんたに渡す金などないと、ぬけぬけと言われる。
ついに、僅かな小遣いすら渡されなくなった。
これでは、靴下一枚も買えないし、医者にも行けないではないか。
冗談じゃなかった。
部屋に戻り、痛みをこらえながら、布団に潜り込んだ。
その日。
仕事は休みだった。
目を覚まし、時計を見やったとき、俺は衝撃を受けた。
14時間も、眠っていたようだ。
俺の娘とその母親は、飯を食っているようだった。
当然、俺の分は準備されなかった。
俺は娘たちの会話を聞きながら、キッチンで、あるもので立ったまま食った。
それも、蟹工船と同じだった。
~蟹は貴様らの都合に合わせちゃくれねんだ!座って飯を食う暇なんてねえんだよ!~
飯を食い終わって、会社に提出するレポートを思い出した。
俺はパソコンを立ち上げ、娘の母親が風呂に行っている間に、モデムの電源を入れた。
ネットで資料を集める。
そんな作業は、時間をあっという間に浪費した。
娘の母親が戻ってきたようだ。
おそらくは、モデムの電源が入っていないか確認しているはずだった。
風呂に入っている間、俺がネットをやるなどもってのほか、ということだ。
搾取する側は、徹底的に搾取する対象を管理し、搾り取れるだけ搾り取る。
見返りなどあるわけもなかった。
すぐに、壁一枚隔てて、娘の母親が、喚きだした。
「パソコンばかりやりやがって!」
俺は仕方なく、パソコンの電源を落とした。
「○○ちゃん(娘の名前)、パソコンばかりやる男の人とは、付き合わない方がいいわよ!」
娘がわかったと、答えている。
俺はもう、自分の感情を抑えることが出来なかった。
部屋中のものを拾い上げ、あたりかまわず投げつけた。
机に拳を叩きつける。
置きっ放しの酒瓶を取り上げ、叩き付けた。
何故か、割れなかった。
椅子をひっくり返し、扉に叩きつける。
一通り暴れると、馬鹿らしくなってきた。
居間から、俺の娘の母親の、普段と変わらない声が聞こえてきたからだ。
頭痛がした。
鎮痛剤を飲み下し、
俺はそのまま家を出て、図書館へ車を走らせた。
図書館の明かりは消えていた。
その日。
図書館は休館日だった。
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