ショートショート「嵐のとき」 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

ショートショート「嵐のとき」

傘が強風で壊れた。

僕はそれを投げ捨て、そのまま歩き続けた。

雨粒とゴミと落ち葉が、螺旋を描き、暗い夜空に向かって吹き上げられていった。

ズブ濡れだった。

それでも、気にしなかった。

風雨が、僕の何かを洗い流してくれるのだろうか?

僕は孤独だった。

一度、大きな板切れのようなものが、強い風に吹き飛ばされ、僕の頭を掠めた。

僕は無傷だった。

幸いだったのか?

それとも、その逆か?


ズブ濡れのまま酒屋に入って、ジンを一本買った。

酒屋の店員は、僕を見て唖然としていた。

家に戻って、シャワーを使い終わったころ、チャイムが鳴った。

玄関を開けると、やはりズブ濡れの女が立っていた。

雪江だった。

濡れて肌に張り付いたワンピースから、下着が透けている。

僕は雪江にタオルを投げてやった。

「嵐が来てる」

「わかってるわ」

雪江は勝手にキッチンヘ行き、くたびれたホーローのカップを二つ持ってきた。

買ってきたばかりのジンを取り出し、勝手にスクリューを捻じ切っている。

「ちゃんとしたグラスもあるんだぜ」

「昔観た映画で、労働者が、こんなカップでジンを飲んでいるのを観たことがあるの。何故かとても美味しそうに見えたわ」

僕たちはチビチビとジンを舐めながら、嵐の音を聞いていた。

暴風圏に入っているのだろうか?

獣の唸り声のような風の音だった。

「夫が死んだわ」

「……」

雪江の方をみやると、口元だけ歪め、笑った。

「お前が殺したんだろう」

雪江は、そうよとだけ言って、ジンを空けた。

僕は雪江を押し倒し、唇を重ねた。

雪江の熱い吐息が、僕の顔を打った。

雪江の舌が、僕の舌に絡み付く。

僕は雪江の頸を両手で掴み、徐々に力を加えていった。

「あなた、ようやくその気になって?」

雪江は、声を絞り出すように言った。

「そうさ」

雪江は笑ったようだった。

僕は更に、両手に力を込めた。


風。

あいかわらず、獣の唸り声のようだった。

それとは別の、獣の声が重なった。

雪江の喘ぎ。

唸りが絶叫に変わった時、雪江は全身を痙攣させた。

声が止んだと同時に、雪江の痙攣は止まった。



外からは、獣の声がいつまでも、聞こえていた。