今日も「夏休み」(コロナ感染予防も兼ねて)です。
今日、「練馬」は猛暑日の予報(たぶん練馬駅前あたりは37度近くになる=毎年のことですが)。外に出ると危険だから部屋に籠もって、写真データの整理。
いつもの「通勤路」にある新宿東口の商業ビルは、コロナウイルスクラスター対策で今日は閉鎖とか・・・。政府は「フェーズが変わった」などと言っていますが、どう変わったか? それは「無策」から「棄民」に変わったのではないか?と思います。いまの政府方針だと感染しても入院できない。初期感染に有効な薬を投与することもできない、感染したらただ「安心安全」のマントラ唱えて寝ているだけです。とんでもない東京・日本はとんでもない状況です。
あれ?もしかして政府が突然に「自宅で治療」みたいなことを(しかも無理筋)言い始めたのは、その裏に「自宅で治療」システムにすると、どこかにお金が流れるような・・・利権とか・・・・政治献金とか・・・、「医師会」と違うところに、そういうものが生まれたりしている?疑ってしまいます。なにしろ、いつもは何も言わない首相が急に話し始めたので、勘ぐってしまいます。心あるジャーナリストの方々(マスメディアには無理だから、文春とか赤旗とか)は、ぜひいちど調べてみて欲しいです。
新しく「発掘」(フィルムスキャンデータから)した板橋関係(JR板橋駅周辺)を数枚アップします。また、「板橋」(東京都板橋区)の写真の乗せたブログの過去の書き込み回を資料としてリンクします。昨夜からこの板橋写真を整理していたので、今朝は板橋の居酒屋でがやがやと飲んでいる夢見て・・・、それで目覚めました。
昭和の終わり頃の板橋の写真。板橋に思い入れや関心がある方はお楽しみ下さい。
☆上の写真4枚は1987年3月の板橋駅周辺の風景です。2枚目の写真は板橋駅東口です。こっち側は駅を出てすぐに東京都北区滝野川になります。「近藤勇の墓」があるのはこっち側で、このあたりは豊島区、北区、板橋区が入り組んでいます。ほかの3枚は西口側です。
☆下にリンク張った私の「過去ブログ」にも板橋の写真があります。