日本は好きですか?
昨日、非常に興味深い出来事があった。社外講師に、幼児教育に関する講習をしていただいている時のこと、講師が新入職員にこんな質問をした。
「あなたは自分の友達が好きですか?」
職員はすぐに、
「はい」
と答えた。すると、講師は次にこんな質問をした。
「あなたは自分の家族が好きですか?」
すると、職員は再び、
「はい」
と答えた。その答えを聞き、講師はさらにこう尋ねた。
「あなたは日本が好きですか?」
すると、職員はしばらく間をおいてから、
「はい」
と答えた。この回答を聞き、講師はこう言った。
「なぜ、日本が好きかを尋ねたとき、答えるまでに時間がかかったのですか?」
新入職員は答えに困っていた。しかし、この現象は当園の職員に限ったことではないという。もしかしたら、私も同じ質問をされたら、同じ反応をしていたかもしれない。現在、多くの日本人が自分の国を愛することに戸惑いを感じているという。何故だろうか?
日本人は自分の国に自信を持てない民族になってしまったのだろうか?それとも「日本=行政・官公庁」と捉え、自分とは無縁のものと捉えているのだろうか?しかし、落ち着いて考えれば、友人知人家族を含め、自分自身も日本の一部なのである。それを忘れ、雄弁に自国批判をしているようでは駄目である。
「世界で通用する人材の育成」という言葉を耳にするが、まずは自国を愛することから始まるのではないか。たとえ話になるが、もしあなたが、とある営業マンと仕事をする時、その営業マンが自社や上司の批判をしていたらどうだろうか?仮にその営業マンに同情はしたとしても、絶対的な信頼を置くことはできないだろう。
これが対外国の場合どうなるだろうか?相手国を敬うことは良しとしても、自国批判をするビジネスマンには信頼を置くことはできない。自分自身のアイデンティティーさえも、持つことができない人間である。どこかで裏切られるのではないかと疑ってしまう。世界で通用しようと思えば、やはり自分自身(自国)を認める(愛する)ことは必要不可欠だと考える。
一体、私たちはいつの間に、誰にすり込まれ、愛国心に疑問を持つようになってしまったのだろうか。これだけ情報化が進めば、原因を特定のものに求めることは難しい。
いずれにせよ、この「愛国心」というキーワード。セミナーを通し、心に強く残った。今後、当園で幼児教育を行っていくうえで重要な位置を占める言葉になってきそうである。
尊敬する歯医者さん
自分の尊敬する人物の一人に石川忠という方がいる。この方は、自分の行きつけの歯医者さんなのだが、この方の仕事に対するプロ魂はすさまじいものがある。
まず、勤務時間が凄い!公に対する診療時間は9時~19時までになっているのだが、実際は朝の7時~深夜12時近くまで診療をしている。しかも、歯科医は石川先生一人!!説明や治療も非常に丁寧。特に入れ歯に関する知識と技術は超一流で、一流大学に指導に通われているくらいだ。診察も、一人当たり1時間くらいかけてみてくださる。あんまり丁寧に治療をしてくださるので、会計前にドキドキするが、先週の治療は何と500円!以前、安すぎることが心配になり、先生に「何で先生のところは、こんなに安いんですか?」と聞いてしまった。すると、「世の中の歯医者が高い治療を勧めすぎなのだと思います。また、私は自分がしっかりと治療しきれる患者さま以外は引き受けません。時給は高校生以下だと思います(笑)。」と仰っていた。確かに、初めて石川歯科医院に予約を入れようとした時、何度か断られた記憶がある。一見さん現金の歯医者さんなのである。
こんな職人を思わせる歯医者さんが近所にいらっしゃることは非常にありがたい。幼稚園経営においても非常に学ぶべき点が多い。入れ歯になっても通い続けたい歯医者さんである。
中国いってみます
先日のブログで、現在の幼稚園児が働き盛りになる2050年、日本の人口が8900万人程度になるとの予測があるとの話をした。あれから、自分なりに思う事があり、今年の年末に中国の武漢に行ってみることにした。武漢は中国でも有数の学生都市だという。21世紀の経済を牽引して行くといわれる中国において、現在どのような教育がなされているのかを視察する事にした。短期間で全てが分かるとは思わないが、楽しみである。
人口8900万人という事は、恐らく、その時には日本も外国人労働者を受け入れていると思う。その時に、現在の日本で教育を受けた子どもが共に働くのは、海外で教育を受けた外国人になるかもしれない。
一旦、違う現場を見て、長いスパンで教育のあり方を見つめ直してみたい。
石川遼君の卒業文集
昨日、渋谷倫理法人会の経営者モーニングセミナーでプロゴルファー石川遼君の小学校卒業文集を読む機会があった。率直な印象を言うととにかく素直である。
人は明確な夢や目標を持つと素直になれるというが、本当だと感じる。とはいえ、情報社会の中において、雑音を遮り、物事をあるがままに捉えることは難しい。気づけば自分の価値観が知らず知らずのうちに、固定観念まるけになっている。
一昨日も仕事をしていた際、気づけば10時近くになっていた。周りを見回すと、ほとんどの職員が帰っていた。帰り際に一言挨拶くらいできないのか、と寂しく思い、同時に怒りを覚えていた。
その晩、社会常識を明日どうやって注意してやろうと考えていたが、一旦素直になって「注意=叱る」という概念を外れてみることにした。そもそも、自分が腹立たしく思ったのは、最近そういった職員間のちょっとしたコミュニケーションが不足していると感じたからである。それに加え、自分自身もが職員のそっけなさを寂しく思ったからである。そうであれば、「寂しいことしてくれるよな・・・」と冗談めかして言うユニークさがあっても良い。その方が、かえって偽りがなく伝わりやすいかもしれない。
結果的に、今後この対応がどう出るかはわからない。しかし、一旦、観念を外して素直な心で物事を見てみる姿勢というのは大切だと思う。
私も一経営者、しっかりとした夢や目標を共有できる人間にならねば。そうすれば、それを求める気持ちが、自然と素直さを導き出してくれるのかもしれない。
※プロゴルファーを目指していたわけだから、「強い選手になりたい」と書くのは分かるが、遼君はそれに加えて「世界一好かれるゴルファーになりたい」と書いている。さすがである。
遼君作文↓
保育の役割
最近、改めて思うことがある。幼稚園における保育の役割とは一体何なのだろう?この仕事に携わるにあたって、最も基本的なことなのだが、実は多くの教育者がこのテーマをないがしろにしたまま日々現場に立っている。
実は、私はこの問題をテーマに2年前から日本全国の「親が入れて良かった園」「理念がしっかりとしている園」を40園近く訪ねた。いずれの園でもつくづく感じるのが、メッセージ性の強さである。英語をネイティブのように使いこなせる園児を育成する幼稚園。毎日、畑を使った保育を取り入れている幼稚園など、様々である。各々信じるべきものがしっかりとしており、素敵な園ばかりであった。しかし、いずれも当園で同じことをやろうとすると難しい。
従って、最近、私は自分自身が幼児に対して最も伝えたいメッセージが何なのかを考えながら、他園を見学することにしている。そんな中、5カ月くらい前であろうか「日経ビジネス」という一流経済紙に衝撃の記事が掲載されていた(くわしくは添付ファイル)。2050年の人口予測である。2050年といえば、今の園児たちが働き盛りになる40台になるころである。その頃日本の人口は8900万人程度になっており、そのうちの半分が60歳以上の高齢者になっているというのだ。この記事には驚いた。つまり、社会保障を考えると給料の三分の二くらいは社会保障費用として天引きされてしまう。労働力も不足し、日本も外国人労働者の方々にお世話になる時代が来る。はたして、そんな時代を今の園児たちや私たちは生き抜いていけるのだろうか?国際化が叫ばれているが、実は外国に移住することの方が豊かに人生を終えられる国になってしまうことだって考えられる。
確かに園児は可愛い。でも、本当に大脳の85パーセントが固まる3年間を可愛い、楽しいだけで過ごしてしまって良いのだろうか?実はもっと大切なことがあるような気がしてならない。それが自分の中で「生きる力」という言葉にまとまり始めていることは間違いない。あとはこれをどう保育の中で表現するかである。
世の中にたくさん存在する幼稚園の中から当園を選んで下さったのだから、着て頂く園児たちには、できるだけ幸せになってほしいと考えている。
考えながら動く日々は続く。