ある外食チェーン(東証一部上場企業)、コロナ禍で例外なく苦しみ2割超の売上ダウン、前年割れが1年近く続いている。

新年明けての本社のある朝礼で、社長からひと言

今年は残業代は一切出しません、各部署効率良く仕事をすること

という訓示があったそう。

ただでさえ、人が少ない中でやりくりしており、何年も定期昇給もない中、社員のモチベーションがよりダウンしたのは言うまでもない。というより、そもそも給料に関しては諦めモードが漂っている会社である。

社長の言葉の裏には「残業代は出さないが、時間外勤務は可能、仕事は存分にやるべし」が含まれているからだ。

正直言って、コロナ禍でこんな会社は珍しくない。もちろん、巣ごもり需要で業績が過去最高、前年超えをしている会社は多々あるだろうが、コロナ禍でより明暗が明らかになり経費削減を更に加速させている会社は星の数ほどあるだろう。

私が日経流通新聞を読んでも、拠点廃止・店舗閉店・人員削減・希望退職・経費見直しの記事が目に付く。

 

さて、冷静に考えてみよう。

残業代は出さないが、仕事は最大限にやるべし、経費は使わずに知恵は出して汗をかいて売上を最大にせよと言われているわけである。

年代別にどう行動すべきか書いてみた。

20代なら、その言葉通りに働くべし、頭も体も動く年齢である、将来の出世や転職に繋がる肥しになると思おう

30代なら、その会社の将来性と転職を天秤にかけ見極める、大企業なら我慢するべし

40代なら、家族を養える給料であるなら、業務を全うし、この時期を耐えきる。給料が割に合わないなら、転職・独立に踏み出すべし

50代なら、部下の成長を促す機会と捉え、自分の仕事を軽減させながら早期退職の機会を探る

60代なら、平々凡々と過ごし、粛々と業務をして定時退社、老後の生活を考えよう(収入が不足するなら、副業を考える)

 

上記、年代でざっくり分けたが、給料の金額や会社規模で見極めるべきで、仕事に対する姿勢は個人個人で違うし、結婚や子供の有無、在籍年数、貯金などの資産、副業(他に頼るべき収入源)実施状況にも寄るので一概に判断出来るものではない。

だから、新卒で入社した場合、と考えた方が良いかもしれない。

私は何より、普段から転職を意識したキャリアアップ(資格の取得・専門分野の特化)をビジネスマンとして念頭に置いて自分を磨くべきだと思っている。

事実、自分は新卒で入社した会社(東証一部上場企業)を10年で辞め、キャリアアップの道を選んだ。

お陰様で自分がしたかったコンサルタントの仕事も出来た。

私が当時辞めたその企業、今ではより大規模化し他社を取り込み業界順位を当時より上げると同時に、時代の流れに沿って社員が働きやすい会社になったのだが、当時の選択に後悔はない。

あの時はベストの選択をしたと思う。

自分が経験しているからこそ、色々言えると思う。

給料が上がらないのに、仕事は増え続けている・・、割に合わないと思い悩んでいる人の参考になれば幸いです。

当社は弥生会計を使用しています。私自身、インボイス登録しています。

依頼した場合の金額が気になると思います。

基本的に年商規模・仕訳の数で決定。

年商1億円未満 月額1.5万円

年商2億円未満 月額2万円

伝票数 100以下 月額1.5万円

伝票数 200以下 月額2万円

伝票数 300以下 月額3万円

上記が目安です。

年商は決算書・確定申告書から見ますが、多少のずれは安い方を取ります。

また伝票数とは、弥生会計でいう伝票番号の数のことを指します。

例えば伝票1枚に

通信費の支払い2件分

租税公課の支払い1件分

あったとします。

仕訳の行数的には3件分ですが、私はこれを1件と数えます

上記が例です。これで1件分と数えています。

多くの会計事務所の経理代行での数え方は仕訳数であり、上記だと3件になるわけです。

しかし、私はあまり細かい事を言いたくない、まとめて入力した方が速いので伝票数で見ます。

目安としては1画面分が最大入力数で、あとは売上や仕入・営業費で同じ日付であっても伝票を分けています。

よって、1日=伝票1件ではありません(それをしたら毎月30か31件になりますから・・)

 

よくあるのが、徐々に売上が増え取引が増えるケースです。

当初、伝票数100以下で受けて、200を超えてきた時、3か月平均して超えたなら、その3か月後に上げさせてもらいます。

基本的に私はアーリーステージもしくは小規模事業者・スモールオフィスの会社を支援したいと思っているので

工夫してやらせてもらいます。

 

ご希望の方は

私のメールアドレスへご連絡下さいませ。

見積金額を出します。

 

最初は会社のルールなどに合わせるのに時間が掛かるかもしれませんが、他に何社も入力していますしすぐ慣れると思います。

税理士・会計事務所さんからのアウトソーシングも多いです。

特に年初の時期は青色申告・確定申告の関係があるので、忙しくなりますね。

 

経理代行の仕事以外にも、

・金融機関へのリスケジュールの依頼書類の作成

・給与計算

・年末調整

・請求書管理

・営業に関する仕事やチラシ作成など関連業務

も対応可能です。

 

金融機関への返済金額見直しの対応・提出書類作成ですが

前職で培った得意分野です。

年商にもよりますが、10万円からで応相談です。

 

送付するデータは弥生会計です。最新版の弥生会計を使用しているので、インボイス対応OKです。

訪問無しで書類のレターパック送付でOKです。PDFで送ってくれても構いません。

 

よろしくお願いいたします。


大阪市北区豊崎にある大阪自動車美装工業さんへ点検の持ち込みをしたところ、待合室に興味深い車が🚗

光岡自動車のEV3輪‼️

乗ってみたい、むしろ欲しい

荷台の積載は充分なよう。

ここに帆や屋根は付けられないのかな。

デリバリーやキャンプ🏕️に良さそう。

値段やスペックなど書いて有りませんでした。

興味ある人は多そうだけど、家の入口にコンセントが必要だからそこがハードル。

それを解消出来るぐらい充電箇所が増えたら拡がると思います。

割引しないと売れない…

割引する時間に合わせてお客さんがやってくる、その前は全然来ない・・。
 
だから、商品点数の割に客単価が安い、利益が取れない。
そんな理由を
・この不景気でお金の無い人が多いから
・店周囲の地域は高いものが売れないから
本当にそうだろうか?
その理由を真剣に考えてみよう
大阪駅近くにある弁当🍱屋。
ここは夜7時になると弁当が半額になる。
その瞬間から人がどっと並び、ものの15分ぐらいでほぼ完売する。
おにぎり単品含め80個近くあるわけだが、それまでは売れていない時間が相当あると思う。
立地は申し分無い、阪急とJRの連絡通路で昼夜問わず歩行者が途切れない。
何故、定価では売れないのか。
 
ハッキリ言えば、価値が無いと思われているから
こういう時、不況だとか地域性で片付けられやすいが、大阪の一等地で相当数の人が飛び交う中それは無いだろう。むしろ逆に相当数の人がこの店の弁当は半額でしか価値が無いと言っているようなものだ。
 
たまたまこのお店を例に挙げたが、他にも同様の店はあり、食品に限らず服や雑貨でも当てはまる。
年中、半額セールやバーゲン○割引!なんてやっているお店はうちの店は定価で売る価値はありません、と呼び掛けているようなものだ。
かと言って、半額セールを突然やめてしまえば、売り上げは間違いなく激減する。
顧客は寄らなくなり、廃棄が増え悪循環をたどるであろう。
 
よって、定価とまでいかなくても3割引き程度で売っていける体制に整えたい。
要は売上高・利益率向上を目指すのである。
事実、私の家の近くにある某電鉄系スーパーは割引く時間を遅くし、半額は止めて2割引き→4割引きと割引額を低くしている。
当初は違和感があったが、お客さんも数年経って慣れてきた印象だ。
 
さて、改善手法を説明しよう。
①半額対象商品を限定する、他の商品(新商品・季節商品・高単価商品など)は3割引き程度に留める
②商品の価値を打ち出す(○○産の肉使用、有機野菜使用など)
③接客サービスの向上を図る
④会員と非会員で割引率を変える
⑤定価自体を高く設定し、そもそもの利益率を高く設定する
などなどあるが、これは上記の弁当店に限らず小売店でも使える手法である。
事実、上記の手法をいくつか投入し、単価向上したお店を知っている。
 
上記の店は新商品や季節限定品の投入が無く、年間通じて同じ商品であり、美味しいわけでなく接客サービスが普通であるため、顧客が価値を見出せないことから、半額でしか売れない店になってしまっている。
ここで失敗しやすい手法は、割引する時間を遅くする手法であるが、顧客が遅い時間に来るだけで売れない時間が増え、従業員の働く時間が増えるだけである。事実、6時半から7時へ半額にする時間を1年前に遅くしたが、顧客の来る時間が遅くなっただけだった。
いかに効率よく売り切り、売上高と利益率の向上を図るか
働き改革が推奨されている中、自店に合った手法を見つけたい。
 
私のコンサルティングを受けたい方は、問い合わせフォームから連絡をお願いします、と言いたいところだがまずはフェイスブックを見てもらうと、人となりが分かりやすいと思う。
素敵な出会いを望みたい。

渋谷交差点をスクランブルスクエアをバックに。

渋谷での滞在時間は結構長かったのでは。帰る時間をそれほど厳密に決めていなかったし、次に行くところも麻布かとうきょうかおぼろげだったのもある。

 

 

 

ハチ公前へ。

ここはひときわ外国人が多かった。

ハチ公前は記念撮影する人で長蛇の列だった。海外人気、半端ない。

この時点で16時過ぎてて、東京駅へ移動する。

麻布ヒルズを見たかったが次回にする。

東京ミッドタウン八重洲へ。ここも目的地の一つ。

地下にバスターミナルが入ってた、店自体はそんなに多くない。

フードコートも目玉が乏しかった。

東京駅は高層ビルしかない、学生時代はまだ低いビルとか八重洲はそれほど密集していなかった。

八重洲周辺を北へ歩く、以前にあった金券ショップは無くなっていた。

日本橋も少し歩いてみた、ここは3年前に来た時とそれほど変わらず。

近くのファミマで新幹線で食べる軽食を買って、18時発ぐらいで帰った。

次はいつ東京へ来れるかな。

渋谷パルコへ、久しぶりにこれだけ歩いたので脚が疲れてきた。

座りたいがそのようなスペース無し。

さっき渋谷モディで小休憩したのだが。

この辺りは有名ブランドのショップが多くて、時代の先端を映す渋谷らしい風景。

ワールドカップを間近に控えこんなオブジェも。

閉店が決まっているハンズへ。若いときは時折立ち寄っていた。

見ているだけで楽しいし、欲しくなる。

他雑貨店や隣接業種に押され、縮小気味のハンズだが品揃えの豊富さは健在。

カインズが買収して、何か変わるのかという期待感はあったのだが。

センター街へ。これもまた渋谷だな。ハローウィーンのカオスな印象が強い。

渋谷に来ないで、とはなかなか強烈なメッセージだなと思うがそれほどひどいのだろうな。

店の入れ替わりが激しい渋谷でずっと営業している店は凄い。

ここ数か月前にオープンしたのだろうなという店はいくつかあった。

そう言えば、以前にいったトリキバーガーの店が無くなっていて、調べたら撤退したとあった。

コンセプトが面白いと思ったのだが。

この先に本気の山下うどんというのがあって、かえって調べたらお笑い芸人の人のプロデュースみたい。

値段は少し高めだが、美味しそうだった。今の時代はこれぐらいの単価がうどんでも当たり前なのかも。

月曜日なのに私服の若い人が多い。月曜休みの社会人の人もいるのだろうが、フリーターの人も多いのか。

記念撮影している海外の人も多くて渋谷人気がうかがえる。

向こうの国ではどう紹介されているのだろうか。

渋谷の写真をこんなに撮ったのは大学生以来ではないのか。

あの時は東京が物珍しくて毎月遊びに来てた。

新宿を出た後は原宿へ。

原宿も商業施設が新設されていると聞いて、ハラカドへ。

ハラカドは先鋭的な商業施設という感じで、若年層を狙っている姿勢が感じられる。

今の自分では付いていけないなと思った。地下の銭湯は新聞で見た通り、良い雰囲気だった。

畳でごろ寝している人もいた。

やっとこの時間から晴れてきて、暑いぐらいだった。

若い人が減っていると聞くが、この地区では無縁の話だった。

原宿から渋谷方面まで歩くことに。

脚が結構パンパン・・。

渋谷で行ってみたかった場所の一つ、宮下パーク。

この土地でよくここまで作ったなと感嘆。

屋上は公園を意識したスケボーパーク。

東京はどこにでも人が多いのが凄い。

一部はまだ工事中だったのだけど、周りにベンチが多くて休憩している人が多かった。

渋谷駅周辺に到着、ここに渋谷ヒカリエ・渋谷スクランブルスクエア&ストリームが出来たという。

渋谷駅はセンター街など北側がメインで、東・南側はオフィスなど商業地域ではなかったのだが、一気に開発された印象。

こうやって大規模なビルが建つと、過去は何が建っていたのか全く思い出せない。

インパクト強すぎるビル、大学生の時渋谷も良く来た街の一つだが、そこまで大規模なビルは無かった。

当時はパルコや西武が強かった、渋谷109が最先端だった。

ただ、こういう所に入っている店はスタバとかよく見かけるチェーンも多くて、先鋭的な店も入れたいのだろうけど

リスクをどこまで取るのかが難しいのだと思う。

工事が終わればこのような掲示物が外されると思うので備忘録として撮っておく。

 

 

まだ進化の途中と思うと、人間というか企業の思惑が恐ろしいと思う。

西武百貨店の方を歩いてみる、店内に入ったが、人がいるのは紀伊国屋書店ぐらいしか無かったな。

閉店が決まって、より活気がなくなった印象。

文化とファッションの西武、というイメージだったが、今の時代には合わなくなったのだろう。

オニツカタイガーはインバウンドを中心にすごく賑わっていた。

アシックスのブランド作りがうまい。

渋谷モディは若年層に受けそうなスタイルを追求したような商業施設。

百貨店というジャンルではない、これぐらいの規模感のほうが敷居が低く受けるのだろう。

蒲田のホテルを出てから向かったのは天空橋駅、羽田空港の端、飛行機をチラッと見て

モノレールで浜松町駅へ。

浜松町駅は東京の会社にいた時代によく降りた駅なので懐かしい。

貿易センタービルは改修中だった。

そこから新宿駅へ移動。

東口周辺など色々歩いた。

雨が降ったりやんだりで、傘を何度も開いたり閉じたり・・。

インバウンドがとにかく多い、といっても月曜だから普通にビジネスマンも多いが。

新宿に来た一番の目的はアルペン東京。

ここが日本最大のアルペンでテニスシューズの品揃えがかなり良いと。

ナイキのシューズが一杯あるらしいのでそれを見に来た。

東口の歌舞伎町の手前にあるなんて思わなかった、久しぶりに歩いたから

方向感覚が狂ってたわ。

地下1階は妙に薄暗くて、演出というより電気代がもったいないから・・、という感じしかしなかった。

ラケットがとにかく見にくい。

さて、目的にテニスシューズ売場。

見て拍子抜け。その辺のデポやスポーツ用品店のレベルとそれほど変わらない。

ナイキのシューズは2種類しかなかった。自分に合うサイズは無いし、デザインも目新しくない。

結局、あとでメルカリで探した。

西口は大規模な工事をしていた。

この変遷を記録したら壮大なものになりそう。

歴史的な大工事を見れたということにしておこう。

この周辺の金券ショップは新幹線チケットが安かったので、次回は帰りの分はここで買う手も有り。

小田急百貨店前、百貨店不況と呼ばれて久しいが東京の購買力は別格だから、これが地方に波及したらよいのにと思う。

ただ、小田急は他の系列に比べ、何か特徴が薄いというか弱い感じが否めない。

今は新宿ではルミネ・ニュウマンが元気な印象。

新宿界隈に数時間いた、昼はラーメン壱角家というところ、久しぶりにラーメンを食べた気がする。

池袋へ移動し東急百貨店へ行ったら上階でキャプテン翼フェアがやっているとあり、見てきました。

小学生の頃、キャプテン翼の影響でサッカーが大流行で公園で遊んでいたなあ。

漫画はあまり買ってもらえなくて、友達の家で読んでいました。

売場はそれほど広くなく、すぐに見終わりましたが懐かしい気分に浸ることが出来ました。

子どもたちも多かったから、続編とかで知ったのかも。あとは親の影響か。

池袋を歩いていると海鮮丼のお店を発見、大阪ではなかなか無いジャンルなので即入店。

値段がリーズナブル。

店内は20席程度で結構狭め。昼過ぎていましたがほぼ満席状態。

海鮮丼を食べるのは久しぶり。

この後、秋葉原のヨドバシカメラのレストランフロアで過去の職場で一緒だった同期と夜ご飯。

それが終わってから、品川駅構内の飲食店で大学時代の先輩と軽く飲み。

下の写真程度の注文だけど、昔話に花が咲いて楽しかった。

夜は蒲田のホテルに泊まったのだけど、到着は23時頃だったかな。

事前に荷物を置きに来ておいて正解だった。

東京1日目、慌ただしいながらも楽しく終わった。

豊洲市場の前にあったバス停からバスに乗ること10分ほど、新橋駅南付近に到着。

新橋駅周辺を歩く。

10時過ぎで人は多い、自分が東京にいたのが2014年辺りでもう10年以上前。

新橋駅が最も降りた駅だから懐かしい、基本的な風景は変わらないが、店は入れ替わっている気がする。

このビルにはお世話になった、小諸そばは入ったことないが、その隣のかつやとかよく使っていた。

会社が新橋駅と浜松町駅の間ぐらいで、その時の泊まるホテルやルートによって駅を使い分けていたな。

朝食として富士そばを利用、東京に来たら必ず行くところ。

美味しいとかは無いが、この雰囲気が好き。

高輪ゲートシティ駅に移動、以前に来た時、2022年だったかは駅が出来たてて、目の前は工事中だったが

すっかり近代化した。何もなかった時代を見ているだけに感慨深い。

日本人と海外の人半々ぐらいか。

今日は朝から曇りで過ごしやすい。

こんな建物があるのもさすが東京だ。デザイン性に富みすぎている。こんなデザインしてみたいよ。

端まで歩いて疲れた。

高輪ゲートシティは東西に長くて、ここまで来る人は時間のある人しかいなさそう。

畳のある空間で一休み、といっても家族連れ・子供が走り回って、寝転がるとか無理だった。

 

ニュウマンが新宿だけでなく、高輪にも出来るとは。

小売りが厳しいとは聞いているが、高価格帯は感度が良ければ別なんだろうな。

購買者は日本人ではないだろうが。

ここ最近、買い物なんてしていないから、新鮮だった。

ただこのエリアに入っている店は価格が高すぎる、というか趣味に合わない。

駅前には噴水の出るエリアがあり、若い子たちが騒いでいた。

少子化で若い人が減っているようだが、これが10年20年先になったら、もっと減ったと感じるのだろうな。