ごんざの辞書のみだし語の重複24 ごんざのロシア語学習と日本語維持 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

 ごんざの辞書のロシア語にはふたつの「о」がある。

 

 ごんざは辞書をロシア語のアルファベット順に「а」の項目から順番にかいていったのだろうか。それをたしかめるために、ちょっと実験をしてみたい。

 

 この辞書の最終ページに、

1736年9月29日開始した。

1738年10月27日終了した。

とかかれている。2年1か月かかったわけだ。

 

 もし、「а」の項目から順番にかいていったのだとすると、最初のころと、最後のころでは2年もたっていて、ごんざのロシア語の語彙力・理解力はその間にかなり上達したんじゃないだろうか。

 反対に、ソーザがしんで、日本人ひとりぼっちになってから、2年の間に日本語の語彙をどんどんわすれていったんじゃないだろうか。

 

 それを、表記がちがうけれど意味がおなじことばに、ごんざがどういう訳語をつけているかチェックすることでしらべてみたい。

 

 1985年に村山七郎教授が出版した「新スラヴ・日本語辞典」の本文は421ページある。ロシア語のアルファベットの「о」ではじまることばは、421ページのうちの、196ページから203ページまでだ。旧表記(フォントがないので大文字の「О」にする)ではじまることばは399ページから417ページまでだ。

 

ロシア語のアルファベット

абвгдежзиклмнопрстуфхцчшщЕюОя

        ↑ここと      ↑ここだ

 

 ごんざは、ずっとおなじペースで訳語をかいていったわけではないだろう。外国語の本をよんだことのある人ならわかるだろうけど、最初の1ページは、よむのにすごく時間がかかって、この調子じゃ全部よむのにどれぐらい時間がかかるんだろうとおもう。でも、よんでいくうちになれていって、スピードがはやくなる。

 それに、2年の間には病気になったり旅行したりいろいろなことがあっただろうし。

 

 それでも、ごんざが2年1か月、毎日おなじペースで訳語をかいていったとすると、「о」の部分をかいたのは開始から11ヶ月半ぐらいたった1737年9月ごろで、旧表記の「О」の部分をかいたのは、全部かきおわる直前の1738年9月ごろという計算になる。約1年の間隔がある。

 

 このふたつの部分に重複しておなじロシア語のみだし語がはいっていて、ごんざがちがう訳語をつけている、という例が、15例ある。

 その訳語をくらべて、「о」の部分と、旧表記の「О」の部分のどっちが「かち」か、つまり、どっちに適訳がおおいかしらべてみたい。

 かちまけの基準は、一方が適訳で、もう一方がブランクまたはまったくの誤訳の場合、2対0、一方の訳語がかっている場合、1対0、ひきわけは1対1とする。

 

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」   『ごんざ訳』

 

「оба」(oba)         「2つの」    『ふたつ』

「Оба」(oba)         「双方の、両方の」『ふたつとめ』(ふたつとも)

 

「оба」(oba)は、単なる数字の2ではなく(両方)の意味だから、0対1で『ふたつとめ』のかちだ。

 

「обручаю」(obruchayu)  「婚約式を挙げさせる」『  』

「Обручаю」(obruchayu)  「婚約させる」    『にゅぼもたする』(女房もたせる)

 

不戦勝で0対2で『にゅぼもたする』のかちだ。通算成績0対3。

 

「округлость」(okruglosti)「丸みのあること」 『ぐりっとんこ

「округлый」(okruglyi)  「円い」      『まるかもん』

「окружаю」(okruzhayu) 「円くする」    『まるする』

 

「Округлость」(okruglosti)「円いこと」    『まるかこ

「Округлыи」(okruglyi)  「円い」      『まるか

「Окружаю」(okruzhayu) 「円くする、取囲む」『まるなす』

 

これは3つまとめてひきわけで3対3。通算成績3対6。

 

「окупъ」(okup')     「身のしろ金」   『  』

「Окупъ」(okup')     「買いもどし」   『かうこ

 

不戦勝で0対2。通算成績3対8。

 

「опако」(opako)「あおむけに」   『ふぃっくいかいぇち』(ひっくりがえって)

「Опако」(opako)「ひっくり返しに、反対に」『ちぇむきがわるぃ』(手むきがわり)

 

これはいい勝負でひきわけ、1対1。通算成績4対9。

 

「опасаюся」(opasayusya) 「用心する」   『かんげする』(かんがえする)

「опасный」(opasnyi)   「用心深い」   『かんげん』(かんがえの)

 

「Опасаюся」(opasayusya) 「用心する」   『ゆじんする』(用心する)

「Опасный」(opasnyi)   「用心深い」   『ゆじんの』(用心の)

 

これは2つまとめてひきわけで、2対2。通算成績6対11。

 

「опона」(opona)        「蔽い」『たすくるふと』

「Опона завесъ」(opona zaves')「幕」 『まく』

 

これもひきわけで1対1。通算成績7対12。

 

「орю」(oryu)          「耕す」 『すく』

「Орю」(oryu)          「耕す」 『たすく』

 

これもひきわけで1対1。通算成績8対13。

 

「оскомина」(oskomina)「酸っぱい果物などを食べたための歯のいたみ」『くうぃこみ』

「Оскомина」(oskomina)「酸味による歯の浮き」      『ふぁのすびっこ

 

『くうぃこみ』(くいこみ)というのは何がどうなるのかわかりにくいから『ふぁのすびっこと』(歯のいたむこと)が0対1でかち。通算成績8対14。

 

「особа」(osoba)   「貴人」  『べちな

「Особа」(osoba)   「有名な人」『しいぇたふと』

 

『べちな』は誤訳だから『しいぇたふと』が0対2でかち。通算成績8対16。

 

「особныи」(osobnyi)「特別な」 『べちなとん

「Особныи」(osobnyi)「独立の」 『べちな

 

これはひきわけで1対1。通算成績9対17。

 

「остатокъ」(ostatok')「残り」    『のこったこ

「Остатокъ」(ostatok')「残り、残り物」『のこい』

 

「остатокъ」(ostatok')は「のこったもの」なので『のこったこ』より『のこい』の方がわかりやすい。『のこい』が0対1でかち。通算成績9対18。

 

 ダブルスコアで、1年おそくかいた方のかちだ。1年はやい方は2回不戦敗してしまったのが敗因だな。

 やっぱりごんざのロシア語の語彙力(というか辞書対応能力)は1年で進歩したし、日本語もわすれずにたもっていたのだ。ごんざは立派だ。