ごんざの辞書のかきかえ4「すだれ」と「幕」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」『ごんざ訳』

 

「завесъ」[☆завеса](zaves') 「幕」   『まく』

 

岩波ロシア語辞典 「завеса 1幕、とばり。2遮蔽物、覆い隠すもの。」

 

 これだけみると、なんということはないけれど、鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざははじめに(сдаре)(sdare)(すだれ)とかいたのをけして『まく』にかきかえていた。

 

 (すだれ)は竹や葦をあんでつくった、むこうがすけてみえるようなもので、ロシアにはにたようなものはなかっただろう。

 薩摩ではごんざの身近にたくさんあったはずだ。

 

 鹿児島県のホームページにつぎのような記述がある。

 

「鹿児島は竹にゆかりのある土地で、竹林面積は全国一です。また、孟宗竹は鹿児島から全国に広まったといわれ、昔から竹製品は”かご”や”ざる”、”漁具”などの日用品として広く利用され親しまれてきました。その伝統を生かして県内各地で、かご、花器、酒器、自在かぎ、箸、すだれなどいろいろな竹製品が生産されています。」

 

 『まく』は芝居やおまつりでつかわれる、しるしや模様や装飾がついたきれいで特別なものだとおもっていたら、辞書には(船幕)ということばもでている。

 

日本国語大辞典 「ふなまく(船幕)船上に張る幕。」

 

 日葡辞書でも(幕)は(船)と縁がふかいみたいだ。

 

邦訳日葡辞書 「Macu. マク(幕)船の中、陣営、演劇(能)などで使う長い幕。Macuuo faru.(幕を張る)劇場などの中に幕を張り広げる。Macuuo faxiracasu.(幕を走らかす)船中で幕を取り付ける、あるいは、張る。Macuuo vtcu.(幕を打つ)陣中に幕を張る。」

 

 ごんざは海の男だから、『まく』といえば船のものだったかもしれない。

 

 ロシア語の「завесъ」(zaves')とおなじものは江戸時代の薩摩にはなかったけど、布製で、ぶあつくて、ぴっちり遮蔽するものということで、最初は(すだれ)とかいたのを『まく』にかきかえたんだろうか。

 

 それとも、2行下にでてくる派生動詞の

 

「завешиваю」(zavessivayu) 「幕を張る」   『まくふぁる』

 

のところにきて、

(すだれをはる)(すだれをおろす)じゃなくて(まくをはる)だよなあ、

とおもって、『まくふぁる』という訳語が確定して、

それじゃ、名詞の訳語もそろえようか、とおもって、もどってかきかえたんだろうか。

 

 いずれにしても(すだれ)はほかの訳語としてはつかわれていないので、日本版にはでてこない、まぼろしのごんざ語彙のひとつだ。