ごんざの辞書のみだし語の重複11 ふたつの「о」(o) | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

 ごんざの時代のロシア語には、ふたつの「е」(e)とおなじようにふたつの「о」(o)があった。

 現代ロシア語のフォントにははいっていないけど、ギリシャ文字の「ω」ににていて、オメガとよばれている。ふるいロシア語の「о」と「ω」の発音がどうちがったのかは、私にはわからないけれど、ごんざの時代には、ほとんどおなじだったらしくて、ごんざの辞書の「о」の項目の最後にはつぎのようにかいてある。

 ωにはじまる語の部分も参照せよ。

 ごちゃごちゃになってしまった、ふたつの「е」(e)とちがって、ふたつの「о」(o)については、ボグダーノフ師匠も自覚していたということだ。それにもかかわらず、この両方のつづりが重複してのっている例もおおい。

 ところで、ごんざの辞書の最後のページには、1736年9月29日にかきはじめて、1738年10月27日にかきおえたことがかいてある。
 もし、すべてのページをおなじペースで前からかいていったとすると(実際にはそんなことはなくて、最初は時間がかかったのが、なれてどんどんはやくなっていっただろうけど)、「о」の項目は、かきはじめて1年たったころに執筆、「ω」の項目はかきおえる直前に執筆、ということで、約1年の差がある。
 1年の間に、ごんざのロシア語の知識はふえただろうし、日本語はわすれていったかもしれない。そんなことをかんがえながら、重複したみだし語のペアのごんざの訳語をくらべてみるとおもしろい。

 ここでは「ω」のかわりに「О」で表記する。

「ロシア語」(ラテン文字転写)  「村山七郎訳」   『ごんざ訳』

「оба」(oba)          「2つの」    『ふたつ』
「Оба」(oba)          「双方の、両方の」『ふたつとめ』(ふたつとも)

これは数詞ではなく「ふたつのうちのふたつ」という意味だから『ふたつとめ』の方が正確かもしれない。

「обращаю」(obrashchayu)  「ある方向に向ける、変更する」『かやす』
「Обращаю」(obrashchayu)  「変える」          『かやす』

「обещаю сулю」(obeshchayu sulyu) 「約束する」 『くゆる』
「Обещаю」(obeshchayu)       「約束する」 『くゆる』

「обручаю」(obruchayu)   「婚約式を挙げさせる」『  』
Обручаю」(obruchayu)   「婚約させる」『にゅぼもたする』(女房もたせる)

 かけなかった訳語がかけるようになった。

「огнь」(ogni)           「火」     『ふぃ』
「Огнь」(ogni)           「火」     『ふぃ』

「огниво」(ognivo)        「火打ち石」       『ふぃうち』
「Огниво」(ognivo)        「火打用の鉄片、火うち石」『ふぃうち』

「околный」(okolnyi)       「近くの、脇の」『わきの
「Околныи」(okolnyi)       「付近の」   『わきの

「окружаю」(okruzhayu)   「円くする」    『まるする』(まるくする)
「Окружаю」(okruzhayu)   「円くする、取囲む」『まるなす』

「округлый」(okruglyi)       「円い」  『まるかもん』
「Округлыи」(okruglyi)       「円い」  『まるか

「округлость」(okruglosti) 「丸みのあること」『ぐりっとんこ
「Округлость」(okruglosti) 「円いこと」   『まるかこ

「окупъ」(okup')        「身のしろ金」  『  』
「Окупъ」(okup')        「買いもどし」  『かうこ

 これも、かけなかった訳語がかけるようになった。

「олово」(olovo)            「錫」  『すず』
「Олово」(olovo)            「錫」  『すず』

「оловянный」(olovyannyi)      「錫の」 『すずの
「Оловяныи」(olovyanyi)       「錫の」 『すずの

「ометъ」(omet')           「投げすてるもの」『ちり』
「Ометъ соръ」(omet' sor')     「塵」      『ちる』

「опакО」(opako)    「あおむけに」   『ふぃっくいかいぇち』(ひっくりかえって)
「ОпакО」(opako)    「ひっくり返しに、反対に」『ちぇむきがわるぃ』(手むきがわり)

「опасаюся」(opasayusya)    「用心する」 『かんげする』(かんがえする)
「Опасаюся」(opasayusya)   「用心する」 『ゆじんする』(用心する)

「опасный」(opasnyi)      「用心深い」 『かんげん』(かんがえの)
「Опасныи」(opasnyi)      「用心深い」 『ゆじんの』(用心の)

 「用心深い」という村山七郎訳は疑問だ。

「опричь кроме」(oprichi krome)  「~の外に」 『べち』
「Опричь」(oprichi)         「除いて」  『べち』

「опона」(opona)          「蔽い」 『たすくるふと』(たすける人)
「Опона завесъ」(opona zaves')  「幕」  『まく』

「опора」(opora)           「支え」    『つっぱい』
「Опора」(opora)           「支え、足場」 『つっぱい』

「опять」(opyati)           「再び」    『また』
「Опять」(opyati)           「又、再び」  『また』

「орало」(oralo)            「鋤」    『すき』
「Орало」(oralo)            「鋤」    『すき』

「оружiе」(oruzhie)          「兵器」   『ちぇっぷ』
「Оружiе」(oruzhie)          「武器」   『ちぇっぷ』

「орю」(oryu)             「耕す」   『すく』
「Орю」(oryu)             「耕す」   『たすく』

「оскомина」(oskomina)
        「酸っぱい果物などを食べたための歯のいたみ」『くうぃこみ』
「Оскомина」(oskomina)    「酸味による歯の浮き」『ふぁのすびっこ
   村山七郎注 cf. スビク 歯や頭が痛む。大分県玖珠郡。寒さで歯がしみる。対馬。
        寒さで手足などが刺すように痛む。福岡・熊本・鹿児島県肝属郡。TZH.

 なんで、こんな妙なことばがみだし語になっているのか、というと、これは、聖書のエゼキエル書の中に、「子は父の悪をおわない」ことのたとえとして、「父たちが、すっぱいぶどうをたべたので、子どもたちの歯がうく」ということはない、ということばがでてくる。これをひっぱってきたんじゃないだろうか。

「особа」(osoba)         「貴人」   『べちな』(別な)
「Особа」(osoba)         「有名な人」 『しいぇたふと』(しられた人)

「особныи」(osobnyi)      「特別な」  『べちなとん
「Особныи」(osobnyi)      「独立の」  『べちな

「особь」(osobi)         「別に、離れて」『べち』
「Особь」(osobi)         「別に」    『べち』

「остатокъ」(ostatok')     「残り」    『のこったこ
「Остатокъ」(ostatok')     「残り、残り物」『のこい』

「очень」(ocheni)        「非常に」    『きつ』
「Очень」(ocheni)        「大層、はなはだ」『くつ』

「ошибъ хвостъ」(oshib' khvost')「尻尾」   『しるを』
「Ошибъ хвостъ」(oshib' khvost')「尾」    『しるを』

「сооп[б]щенiе」(soop(b)shchenie) 「一緒になすこと」『ふとつぃなすこ
「соОбщенiе」(soobshchenie)   「一緒になること」『ふとつぃなるこ