音楽は、

評価されるためのものでもなければ、

自分のスタイルを主張するためのものでもない。



人の真摯な思いを伝えるものだと感じました。

耳を傾けてくれる人に一番伝わる方法で、自分の思いを伝える。



自分の音には慢心がなかったか。

「仕事」や「自己主張」になっていなかったか。


もう一度舞台に立てるなら、

一緒に演奏する人たちと誠実に音楽を作って、

聴いてくれる人に誠実に音を届けたい。



素人耳にも深い感動を与えるような本物のマエストロは、

僕がまだまだ自覚していない、音楽に対する考え方を持っていて、

それが棒を通して演奏者たちに伝わって、

聴く人の心を震わせる音楽になるんだろうと思う。

それはテクニックだけではない。



「あなたの棒です、マエストロ」

(TヘT)ぐはっ


「未完成」が心の中で、

静かで熱い鼓動を持って鳴っていました。

他には何も聴けなかった。



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本日放送の、大フィルの幻想交響曲を鑑賞しました。



密度の濃い音をくそ真面目に最後まで詰めてる感じ。

ストレスをためてためてためてためて

まだまだためてためて、


「こ・れ・で・も・かっ!」って程ためて、


最後の最後で、ゴールに向かって爆走していきました。


それまで「真面目すぎ!」ってほどかっちり音詰めてアンサンブルしてたのに、

最後は「アンサンブルなんてクソ食らえ」って感じで、

アドレナリンを誘発させてくれました。

弦の人笑ってたよ笑。



とっても心臓に悪かったです。

学会発表が終わって一区切り。

ぐっすり寝て、なかなか清々しい土曜日でした。



今日は一段と、D-durが心にしみる気がしました。

この調には、優しくて潤いのある印象があります。

普段聴いてるD-durの曲から、そういう印象を受けるのかもしれない。


マーラー交響曲3番の終楽章、

ラフマニノフ交響曲2番の3楽章、

ベートーヴェン交響曲9番3楽章の3拍子の場面、

「ドラゴンの年」の2楽章、

「FF6」のオペラシーン。


いずれも情感のある歌で、

胸が震える感動をくださいます。

疲れているときに聴くと、寄り添ってくれるように聞こえます。

(ブラームスの2楽章などをD-durに転調したら、より一層そう聞こえます)


これがフラット系だと、

疲れと一緒に沈み込んでいく感じなんですが。(マーラー交響曲9番とか)

指揮台は己の欲望を皆に強要する場ではない。


誠実に、でも決して重苦しくなく、奏者が考えている事を真摯に汲み取らなければいけない。
指揮台は、奏者を開放するための者が立つ台でなければいけない。

全員で音楽を作るには、その立場でなければできない。
形を整えるだけが仕事ではない。

今、この瞬間に、このメンバーで音楽が出来て嬉しい、楽しいと、奏者が感じられなければ、

指揮者の仕事は半分失敗している。



最近、そう思った。

曲を作り始めて思うこと。


本当に心から共感したものでなければ、

音楽にすることはできない。


どんなに素晴らしいと言われる音楽であっても、

自分の生きてきた中で感じた経験が不足していたり、

イメージが追いつかない音楽は理解できない。



人に震えるほどの感動を与える音楽を書いた人は、

自身も震えるほどの感動を覚えた体験を持った人だと思う。


目の前に広がった景色に心から共感して、

その時のイメージを、音楽にしたのだと思う。


曲にするには場面を組み立てて構成しなければならないから

多少の脚色や演出は必ずあると思うけど、

それでも個々の音楽には、必ず作曲家自身の真実が含まれていると思う。


髪をかきむしるような焦燥感であったり、

うきうきするような楽しげな気持ち、

満ち足りて平和な気分。

暗中模索の中で見つけた真実。



第九は、

ベートーヴェン自らの人生をかけて、

持てる技の限りを尽くして、

本気の本気で書き上げられた曲なんだと

改めて実感しました。


3楽章を聴いて、

静かに涙が流れていきました。


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曲を作る試みをはじめてから、

他の人の感性に興味がわいてくるようになりました。



音楽には必ず意図のようなものがあって、

それが作曲者を通して、どのようにアウトプットされるか、

その辺が作曲者の感性の利き所なんだろうけど、

この辺をしっかり理解できるようになったら、

ある程度(パクリでも)意図した曲を作れるようになれる気がする。



だからクラシックだけじゃなくて、

色々な曲を聴いて、いろんな人の感性に触れて、

自分の幅を広げたいと思いました。

少しずつ作ってます。

学会発表や就活からの現実逃避の賜物として。OTL



「Adagio E-dur」


尊敬するブラームス先生と、崎本仁先生の

フレーズや語り口を丸パクリ。

現在、曲のストーリーを考え中。


作曲する人って、主に何を考えて作ってるんだろうか。

「こういう感情を表現したい!」とか、

「こういう雰囲気で進めよう」とか、

たぶん目標とする一つの形みたいなのがあって、

色々試行錯誤して場面を作っていくんだろうと思うけど。


今はとりあえず、和音を構成する音の重ね方とか、

コード進行を色々いじって響きの色を変えたりするのが純粋に楽しいです。

ブラームス色大量発生中です。


始まりというか主題?はすでに完成。

終わり方もイメージが固まりつつあります。

大層なコンセプトになりそうな予感・・・。

終楽章でのヴァイオリン(クラも)の、


「ミ♭ーシードー」


が、たったの3音なのに、

ものすごく不毛なイメージが伝わってきて

ツボです。


続くフレーズもとっても不毛でよい感じ。


不毛な日常を繰り返し繰り返し、

出口の見えない閉塞感、苦しさ、諦め。


ここと、終わりが大地の歌で一番好きです。




マーラー先生を疲れてるときに聴くと、

苦しさを代わりに語ってくれるようで、

少し楽になります。

寝る前に聞くと、

体が布団に沈み込むように眠れます。


たばこ吸った後みたいな気だるい心地よさ。

マーラー先生のアダージョは、ダウナー系麻薬です。

麻薬やったことないけど。



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空腹と眠気と寒さで死にそうなときに聴くと、


自分が世界から一人取り残されて、


体に雪が降り積もって、


時がゆっくりと過ぎていって、


魂が抜け出ていくような気になります。



徹夜明けの、誰もいない研究室で体感。




浜渦さんは、耳に快い、いい曲を書かれますね。


自分の知っている作曲家で言うなら、

フォーレが一番近いです。

華美なところが無く、優しく内向的な明るさ。

少し湿気を含んだフォーレ。


この曲が収録されたアルバム(Vielen Dank)は、通して聴いても、

曲と曲のつなぎがすごく自然で、

新しい曲毎に身構える必要がないので、

最後までストレスなく聴けます。


聴き終わると、暖かいような、切ないような、

じんわりとしたものが胸に残ります。


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