救急車がサイレンを鳴らして、
交差点に入ってくると、
通行中の車がぞれぞれ左右によけ、
救急車のために道をゆずって先へ行かせる。
車を運転しているとよく、
そんなシーンに出くわしますよね。
今日も出先でそういうシーンがあって。
私も含めほかの車がそれぞれ左右によけ、
救急車がピーポーピーポーと、
走り抜けていったんです。
それを見てて…
なんでしょう。なんか感動しちゃって。
もちろんそうするように、
教習所で教わってるので、
みんなそうしてしかりなんですけど、
なんでしょうね。
なんかみんなで助け合ってる感じがして、
感動したのかなぁ。
年齢がいくと、
涙腺が弱くなるなんて言いますけど、
それなのかな。
そういや…甲子園球場で、
お兄ちゃんを全力で応援する、
男の子のショート動画を見かけて、
なぜかぼろぼろ涙が出てきましたから、
感受性がいま、
爆発してるのかもしれませんね。
昨日は遠方のかたとZoomをつないで、
潜在意識カウンセリングがありました。
ここ京都は連日寒くはあるけど、
まだ雪が積もるとまではいかないんですが、
昨日のクライアントさんが、
お住まいの場所では、
前日「雪かき」をされたというくらい、
寒さ厳しき状態だそうですから、
日本列島が南北に長いこと、
あらためて思い出されますよね。
大阪寄りの京都となる我が家は、
まだまだ温かいほうなのかもしれません。
昨日の潜在意識カウンセリングからの気づき、
・イヤだ!縁を切りたい!それほどまでに、
嫌悪する人がなぜ「身内」に出現するのか。
そして、
・そういう人物がいったい、
自分にとってどんな「役割」を果たしているのか。
それについては次の記事で取り上げ、
ご紹介することにして。
今日はまだ記事化できていない、
先週末にあった、
潜在意識コミュニケーション講座での気づき、
そこに、
講座後にいただいたご質問と合わせ、
シェアしようと思います。
決して忘れまいと、
心に刻んだ記憶が、
近頃だんだん薄れてきた、
そんな経験、
あなたはありませんか?
私たち人間の脳って、
容量にある程度限りがあります。
見て聞いて感じて と、
毎日膨大な情報を脳は受け取るので、
すべてを鮮明に保存すると、
パンクしてしまうからでしょう。
なので、
意図して「忘れまい」とする情報、
自分の命や危機管理に関する情報や知恵は、
取り出しやすい状態で、
留め置かれますけど、
すぐさま思い出す必要のない情報や知恵、
そういったものは徐々に薄れていきます。
わかりやすい例えで言うと、
あいつムカつくー!!そんな人や出来事、
それを何度も何度も、
頭やイメージで反芻している時って、
忘れたくてもなかなか忘れられませんが、
そのイメージや記憶を超える、
衝撃的な、または、
有益な情報があふれている時って、
どうしたってそちらに、
意識が向きますから、
忘れているわけではなくても、
以前ほど記憶上に、
のぼってこないと思うんです。
今回講座の中でそんな話が出てきました。
かつてお子さんがつらいおもいをした時、
決してその相手のことを忘れまい、
決して許すまい、おぼえておく!
そう思っていたのに、
いま当時の熱量や記憶の濃淡と比較すると、
あきらかに現在の方が薄れてきている。
けれど…
それは良いことなのか、
それは親としてどうなんだと。
罪悪感を抱いたり、
親として無責任じゃないのか、
そう感じたと。
そして罪悪感から自分を責めて、同時に、
夫も責めてしまう、そんな話が、
受講生さんからでたんです。
イメージできるでしょうか。
先ほどあげたように、
脳の要領にはある程度限界があるので、
忘れまい忘れまいと、
その時の感情や五感で得た情報を、
何度も何度も反芻していればもちろん、
忘れもしないし薄れもしないでしょう。
けれど、
私たちは生きているので、
望む望まないにかかわらず、
毎日膨大な情報にふれていますから、
取捨選択は常に行われています。
忘れるつもりはなくても忘れるものもあれば、
忘れないようにしても忘れるものもある。
これは意志が弱いとか、
冷たい、薄情という話ではなく、
役目を終えた情報を、
手放し始めたときに起きる、
ごく自然な脳のメカニズムです。
強い悲しみや執着、怒りを、
そのままの鮮度で持ち続けると、
精神的な負荷が大きすぎますよね。
だから人間には、
「忘却」という機能が備わっているんです。
つらすぎる、衝撃的な体験をしたとき、
一次的にでも記憶喪失になるのはまさにそれ。
そこまでじゃなくても、
ある程度人には「忘れる」ということが、
自然と起こるようになっていて、
それは決して、
薄情でも冷たいわけでもない。
常時再生しなくていい情報に、
格下げされたからこそ、
記憶が薄れた、
そうとらえると理解しやすいかも。
さらに補足するなら、
「同じことが起きても対処できる」くらい、
自分自身が成長したことで、
脳はもう危機管理情報と判断しなくなった、
そうもとらえることができます。
まとめるなら、
・つらいおもいをしたその時の自分から、
もういま随分と成長し心に余白ができた。
・かつての痛みを今の自分は乗り越えた。
・つらい記憶が薄れるのは負けでも許しでも、
妥協でもなく成長であり再構築である。
なので、
かつてはわすれまいと記憶に刻んだことを、
忘れてしまった、薄れてきたというのは、
喜ばしいことと、とらえられるし、
罪悪感を抱くことでも、
責任をかんじることでもないよと。
そう思う気持ちも、
もちろん間違いじゃないし、
そう思ってしまう時も、
たしかにあるかもしれないけど、
今の自分はもう次なる視座に到達した。
より俯瞰して、
物事をとらえられるようになったから、
かつて抱いた感情や記憶の感じ方が変わった。
だから薄れたように忘れたように感じる、
イメージできるでしょうか。
…長くなりました。
必要とされる方に、
なにか届くものがあれば幸いです。
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