京都大山崎 言い訳をやめて夢実現!「できない」が「やりたい!」へと変わる潜在意識カウンセリング 潜在意識専門家(公認心理師) -13ページ目

京都大山崎 言い訳をやめて夢実現!「できない」が「やりたい!」へと変わる潜在意識カウンセリング 潜在意識専門家(公認心理師)

奇跡は「自分」でつくるもの!見える世界と見えない世界をつなげます。おもいこみにふりまわされるのではなく、潜在意識を活かして輝く!受け身ではなく、主体的に生きる方法をお伝えします。

 

サムネイル

ご訪問ありがとうございます。
グリーンフォレストの森口です。

 

 

気分転換のために昨日、

ジムに行ってきたんですが、

 

 

 

年齢なのかなんなのか、

1日遅れて筋肉痛がやってくるあたり、

 

20代ぴちぴちの息子と、

…大きな差を感じます( ̄ー ̄)リアルがち

 

がんばれ私の筋肉。

 

50代もまだまだ、

捨てたもんじゃありません。

 

 

 

さて。

 

 

まだ記事化できていなかった、

 

遠方のかたとZoomをつないでおこなった、

先日の潜在意識カウンセリングからの気づき、

 

 

今日はひとつ取り上げ、

シェアしようと思います。

 

 

 

 

 

 

先日のカウンセリングからの気づき、

 

 

それは、

 

 

イヤだ!縁を切りたい!それほどまでに、

嫌悪する人がなぜ「身内」に出現し、

 

その人は自分にとって、

どんな「役割」を果たしているのか 

 

 

ということ。

 

 

あえて「ケースバイケース」ですと、

先に但し書きをいれておきますが、

 

 

 

できれば「家族」というものは、

信頼できるような関係でありたいし、

 

「家庭」というものも可能であれば、

安心と安全が確保された場であってほしい。

 

 

そう願う人は多いと思うんですが、

あなたはいかがでしょうか。

 

 

たしかに、

 

 

家に帰ってなお、

誰かの顔色や場の空気を読むとなると、

 

毎日のことだけに、

なかなかしんどいですし、

 

 

自分の居場所とも言うべき場所で、

 

警戒心を抱くなくちゃいけないとなると、

これまた本当に神経を使いますからね。

 

 

心身を休める場で、

精神を研ぎ澄ますとなると、 

 

とてもじゃないけど安らげないので、

 

 

家族家庭は極力穏やかに、

争いなく平穏であってほしい。

 

意識してそう願うというよりも、

 

 

願うつもりはなくても、

自然とそうあってほしいと思う、感じる、

 

 

それが家族という場であり、

関係性だと思うんです。

 

 

 

それ同様に、

 

できればね、できればですよ。

 

 

 

義理の家族、つまり、

配偶者の家族、ですよね。

 

 

こちらも家族同様に…とまではいかなくても、

 

表面上だけでもね、

 

 

あたりさわりなく、

平穏に過ごせればまぁいいか、

 

そう感じている方が多いのではないかと、

 

カウンセリングの現場で思います。

 

 

どちらにしても、

 

 

家族も義理家族も、

意識して自分で選んではいませんので、

 

※違う視点から厳密に表現すると「自分で選んでる」んですが

 

 

とうぜん全員と気が合うわけでもなければ、

 

どうあってもわかりあえない、

そういうことも実際にあります。

 

 

わかりあえたらいいけど、

助け合えたらいいんだけど、

 

…それはもう夢のまた夢、

 

 

ありますから現実にはそういうことも。

 

 

 

 

 

 

じゃあどうして、

そういうわかり合えない人が、

 

 

切りようのない縁の中に出現するんでしょう。

 

 

友達や同僚、先輩やママ友、

 

 

そういう関係ならばまだ、

イヤになったら離れたり、

 

究極 縁を切ることも可能ですが、

 

 

身内、親族、家族ともなると、

なかなかそれは難しい。

 

 

できないわけではないけれど、

 

…とんでもなく、

エネルギーを消費しますからね。

 

 

できればそんなことのないようにと、

願う方も多いとは思うんですが、

 

 

願いむなしく、

出現することもあります。

 

家族の中に、義理家族の中に、

 

理解不能、または、

まったくわかり合えない人が ね。

 

 

 

そういう時はこう考えてほしいんです。

 

 

 

その人は、

わかり合うために出会った人ではなく、

 


自分の内側を知るために、

現れた人なのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

家族や親族という切りにくい縁の中に、
どうしても理解できない人が現れると、

 


私たちはついこう考えます。

 

 

どうしてこの人が家族なんだろう

どうして私ばかり我慢しなきゃいけないの

普通なら距離を置くことだってできるのに…

 

 

 

でも目の前で起きているのは


「変えられない相手、現実」と、

向き合わされる体験

 


ただ、簡単に切れない関係、

逃げられないからこそ、

 


自分の反応・価値観・限界は、
はっきり浮かび上がってきます。

 

 

 

わかり合えない人がそばにいるとき、
本当に試されているのは、

 

 

私はどこまで自分を犠牲にしているのか

 

 

「家族だから」という言葉で、

何を我慢してきたのか

 

 

相手を理解しようとするあまり、

自分を置き去りにしてはいないか

 

 

そういうことじゃないかなと思うんです。

 

 

つまり、

 

 

理解できないその人は、

あなたの弱さを責めるためにいるのではなく、

 

 


あなたが自分を、

大切にしていないポイントを、


浮き彫りにする存在なのかも、

しれないということ。

 

 

 

わかりあえたらいいんですが、

それがすべてとも限らない。

 

 

どうあっても無理なことだってあるし、

 

今現段階では、離れた方が良い、

そういうこともあります。

 

 

大切なのは、

わかり合おうと無理をすることでも、


縁を切るか 我慢するかの二択に、

追い込まれることでもない。

 

 

まずは、

 

 

わかり合えなくていい、

好きにならなくていい

正解を出さなくていいと、

 

自分にOKをだしてあげる。

 

 

罪悪感が生じるなら、

今現在はそうだと、期間限定でもいい。

 

その上で、


どこまで関わるか・なにを守るか
少しずつ決め直していけばいい。

 

 

 

切りようのない縁の中に現れる、

どうあっても「わかり合えない人」は、

 


あなたを苦しめるためだけに、

存在しているわけではありません。

 

 

…とてもじゃないけどそう思えない…

そういうこともあろうかと思います。

 

 

 

無理して「家族だから」「親族だから」と、

自分を追い込んで表面的に取り繕っても、

 

どこかで歪みは生じます。

 

 

いやだ、むりだ、きらいだ、

 

わざわざ公言しなくてもいいし、

そう思う自分を否定しなくてもいい。

 

 

そう思っている自分をまずはOKにして、

 

「家族だから」という縛りの中に、

自分をやけに追い込まない。

 

 

 

今は無理、いまはできない、

それでもいいんです。

 

 

 

どうしても無理だと思う、感じる、

そこにはそれだけの「理由」があります。

 

 

なんとなく嫌い というのとは、

また違う状態であるならなおさら。

 

 

 

なのでちょっと俯瞰して、

 

あえて全体をみるようにして、

 

その人を、この関係性をみてみてください。

 

 

その人を通して、

その関係性のなかで、

 


「私はどう扱われたいのか」
「私は何を大切にして生きたいのか」

 

 

感じてみてください。

 


それをいま自分に思い出させる、

自覚させる役割を、

 

その人は、その関係は、

担っていることも多いのです。

 

 

わかり合えないこと自体が、
自分の未熟さや失敗を意味してるんじゃなく、

 

 

 

 

 

↑このための「きっかけ」として出現し、

 

 

外に向きすぎた意識を、

 

自分に、内に、

意識をもどさせるための役割、

 

その人は担っている可能性が高い。

 

 

 

イメージできるでしょうか。

 

 

 

ただ…

ケースバイケースです。

 

 

 

 

いろんな事情、いろんな背景があるので、

 

私が今ここでお伝えしたことが、

しっくりくる人もいれば、

 

そうでない人もいると思います。

 

 

不特定多数の方が、

このブログを読んでますので、

 

 

ひとつのとらえ方として、

参考にしていただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

先日の潜在意識カウンセリングでは、

まさに上記のような話がでてきて、

 

 

 

どうしたってわかりあえない、

 

わかりあうどころか顔も見たくない、

そんな親族の話になったんです。

 

 

個人的にはとても理解できますし、

共感もできます。

 

 

こういう場合よく起こるのは、

 

 

そういう反応をしてしまう自分を、

 

小さく感じたりダメな奴だと断じる、

自己嫌悪や自己否定。

 

 

でも今書いたように、

 

 

そもそも「わかりあえる」ことが、

目的ではない関係性もあるんだということ、

 

 

自分が気づいていないなにかを、

気づかせる、知らせる、自覚させる、

 

そんな存在、関係性もある、

 

 

そう理解すれば、

 

 

自己嫌悪も自己否定も必要なくなります。

 

 

必要なのは自己理解。

 

 

そしてこれ。

 

 

 

 

 

優しい人ほど、思いやりの深い人ほど、

 

 

「家族だから」「親族だから」と、

 

なんとかしなくては、

なんとかしてあげようと、

 

がんばりすぎてしまったり、

 

 

 

がんばりすぎて逆に、

自分を、相手を追い込んでしまう、

 

そういうこともあります。

 

 

 

「家族だから」「親族だから」も、

思いこみでありひとつの解釈。

 

 

人の数だけ意味づけがあるので、

どれが正解なんてだれもわからない。

 

 

それを頭の片隅に置いておくと、

 

 

過剰に自分を追い込んだり、

 

罪悪感や嫌悪感を、

抱くことも減っていきます。

 

 

「家族」って言葉は、

思った以上にパワーワードなんです。

 

 

ということはつまり、

 

 

自分を鼓舞し、

勇気づけてくれる面もあるけど、

 

 

知らぬ間に私たちを縛り自由度を下げる、

 

そんな面もあるということ。

 

 

 

どんなイメージに縛られているのか、

 

どの面をみているのか。

 

その人から透けて見える自分の欲求はなにか。

 

何を自分は無意識に我慢しているのか。

 

 

 

理解できない人が出現した時ほど、

 

切っても切れない縁の中にいる時ほど、

 

 

私たちは気づきのボーナスステージに、

いるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

スタンドFMはこちらから

 

 

グリーンフォレストSNS全般

 

 

 

 

 

 

下差しインスタを更新しました♪


image
 
お問い合わせはこちらから↓
 

 

NEWYouTube動画【潜在意識】どうせ叶うと思っていると願いは勝手に叶いだす ↓ここから入れます

 

連日投稿中♪インスタグラム↓こちらから入れます

 

グリーンフォレスト趣味のページ

 

装い新たにメルマガが始まりました。登録申請はこちらから↓

 

 

日本潜在意識コミュニケーション育成協会

HPはこちら↑から

 

協会HPブログ記事はこちら↑から

 

潜在意識コミュニケーションアドバイザー

養成講座についてはこちら↑から

 

 

 


ありがとうございました