こんにちはニコニコ

愛され四柱推命鑑定師の

花美谷優実ですチューリップ赤

 

 

今回は

私が四柱推命の鑑定師になるまでの第六回目です。

どうぞ、お付き合い願います🥺

 


【鑑定士になるまで①の記事を読む】

【鑑定師になるまで②の記事を読む】

【鑑定師になるまで③の記事を読む】

【鑑定師になるまで④の記事を読む】

【鑑定師になるまで⑤の記事を読む】

 

 

第六回目は

ある出来事をきっかけに

自分を本気で変えたいと思ったこと

を書きたいと思いますニコニコニコニコニコニコ

 

 

このころの私は所員15人くらいの

会計事務所に勤務していました

 

 

所長以外はみんな同年代で気も合い

和気あいあい、楽しく働いていました爆  笑

 

 

ところが、ある日突然、特に仲が良かった

三人組の男子のリーダー格のF君から

 

 

「うっせえんだよ。ばばあのくせに」

大声で怒鳴られたのでしたえーんえーんえーん

 

 

えっ、どういうこと❓❓❓

何で怒鳴られるの❓❓❓

 

 

 

 

当時の私の仕事は、所長の秘書兼事務員

クライアントさんの経理事務や

税務関係の書類作成をしていました

 

 

ほとんどの所員は日中は外出するため

不在中の電話の応対をしたり

 

 

所長と所員の橋渡しのような

役目も担っていました、

 

 

三人組は税理士の卵たちで

所長からの伝言と言えば

いわゆる”お小言”が多かったのです

 

 

それを私はそのまま彼らに伝えたり

時には先回りをして

 

 

「○○しないと、また所長に怒られるよ」と言ったり

素行についても、うるさく注意したりしていました

 

 

私には”偏官”というお世話焼きの星が二つもあるので

今なら、もっとうまく世話を焼けたと思うのですが

 

 

この時はそんなことは知る由もなく

良かれと思って、とにかく

口うるさく、いろいろ言ってたんだと思います

 

 

三人組にしてみれば、ずっと前から

”うるせえなー”と思っていたんでしょうね

 

 

きっと、我慢の限界を超えて

「うっせえんだよ。ばばあのくせに」

になったんだと思います叫び

 

 

そして、おそらく、本当に仲が良くて

お互いに何でも言い合っていたから

 

 

それくらい言っても私が傷つくことはない

そうも思っていたと思います

 

 

私自身も

こんなにもショックを受けるとは

全く思いもしませんでした

 

 

ところが、この日を境に

私は3人の顔をまともに見ることができなくなり

 

 

F君については、私の中から

すっぽり、消去されたのでした

 

 

彼らが不在の時にかかってくる電話の応対をして

”伝言メモ”に書いて、彼らの机の上に置いておく

 

 

なのに、なぜか

F君の分だけ、”伝言メモ”が全くない

 

 

こんな日が何日も続き、F君からは

「嫌がらせするの止めろよ」と言われる始末

 

 

しかし

私にはF君にかかってきた電話の記憶が全くない

 

 

クライアントさんの話から

F君あての電話の応対を私がきちんとしていたことは

確かだったそうです

 

 

でも、本当に記憶がない

なので、伝言メモは書けない

 

 

この時、初めて

人はとてもショックなことがあると記憶をなくすこと

自分では強いと思っていても意外に弱いことを

知りました

 

 

そして、このことが原因で

F君はクライアントさんとの間で

次々とトラブルが発生し

 

 

結局、F君は事務所を辞めてしまったのでした😢

これを機に私は

自分の性格を変えたい

心の底から思うようになりました

 

 

 

 

私は子供のころから典型的な”内弁慶”で

人との距離感をうまくつかめないところがありました

 

 

人と仲良くなるのが苦手で友達は少なく

一人で遊んでいるのが好きな子だったんです

 

 

でも、なぜか誘われることが多く

私と仲良くなろうと思ってくれる友達は多かったんです

 

 

ただ、ちょっと親しくなると

どこまでも踏み込んで

言ってはいけないことを平気で言ってしまう

 

 

そして、関係が悪化

結果的に疎遠になる・・・・ハートブレイク

 

 

こんなことを何度か繰り返していました

 

 

このままではいけない

 

 

そして、当時巷で流行っていたEQテスト診断

なんと、私の点数は誰にも言えないくらい

とっても低かった😨

 

 

藁をもつかむ思いで本屋さんで出会った本が

「大人の女性になるためのEQ育て」

 

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何度も読み返し、佐藤綾子先生が主催する

「パフォーマンス学会」に通うことを決心したのでした

(現在のパフォーマンス学の内容はこのころとは

かなり違うようです)

 

 

当時の私にとっては高額の授業料

主人に必死で頼み込み

通うことを許可してもらい

 

 

2001年4月~2003年3月までの2年間

毎回、授業の前に

自分の長所と短所を書きだす時間があり

 

 

短所は見方を変えれば長所

長所も見方を変えれば短所

 

 

自己表現の方法や

人の要求していることを汲み取る練習

 

 

人間関係を円滑にする方法や

人との関わり方などを

みっちり教えていただき

 

 

主人曰く

「君の30代後半は本当に充実していたよね」

と事あることに言うくらい

 

 

私は劇的に変わった(良くなった)そうです

 

 

人と自然に付き合えるようになり

友人や仲間も増えました

 

 

この時に出会った友人は今でも付き合いがあり

宝物になっていますゆめみる宝石

 

 

そして、このセミナーで

大変お世話になったある先生から

 

 

・人や物事の小さな機微に敏感に気がづく

・自然体で良い

・人の話を聞く姿勢もとても良い

 

 

こう褒めていただき

”カウンセラー”という職業を勧められふんわり風船ハート

 

 

産業カウンセラーの講座を紹介されたのでした

 

 

ところが、当時、産業カウンセラーは大人気の資格

一年待って2004年4月からの入学になったのでした

 

 

⑦に続きますニコニコ