樅ノ木は残った

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山本周五郎さんの歴史小説 「樅ノ木は残った」 の中にある有名な一文 ―――

 

火を放たれたら手でもみ消そう

石を投げられたら躰で受けよう

斬られたら傷の手当てをするだけ

どんな場合にも彼らの挑戦に応じてはならない

ある限りの力で耐え忍び、耐え抜くのだ

 

 

俳優の高倉健さんが好んで自分に言い聞かせていた言葉としても、

よく知られているのではないかと思います。

 

本を読んだり何かを学習したりして学ぶ、心身を鍛えるということ、

自分にとっての目指すべきところがある人は、

周囲の理不尽とも思えることでさえ、大きな障りとせずに、

自分の進むべき道を大きな視野を持って歩んでいくことができるのではないでしょうか。

 

下世話な表現ですが、金持ち喧嘩せず、という言い方もあります。

気持ちにゆとりがある人は、些細なことにとらわれない、相手にしない、歯牙にもかけません。

 

 

真の高僧が、自らの徳を饒舌に語ることがあるでしょうか。

真の実力者が、安易に権力をふりかざすでしょうか。

 

本当の強者は、拳を振り上げることも、もちろんそれを振り下ろすこともありません。

上辺だけの多彩なボキャブラリーを纏って身構える必要も、

名ばかりのブランド品で自身を大きく飾る必要もないのです。

 

相対的な、自己の優位を誇示することが人生の目的ではありませんし、

自己研鑽は、人を論破するためでもなく、

むろん、街中で遭遇したチンピラと闘うためでもないでしょう。

 

自分の生き方をまっとうするために行う実力行使は、そこではないのです。

 

 

……… 

ここまでこのように思ったものの ―――

いまだに、感情を表に出す傾向が強い自分としては、

山本周五郎さんの言葉から、アクセル(自信)とブレーキ(反省)をいただいたようなもの

でしょうか。

 

久しぶりに、前述の表現にふれて、自分を顧みるよい機会となりました。

 

 

 

 

 

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