少し浮き足立つような年の瀬に

 

ランニングしている方々を見かけると、

 

こちらの背中も押してもらっているような

 

気持ちになります。

 

先日も、長年の顏なじみの方が

 

街中でまっすぐ前を向いて走っている姿を

 

目にしました。

 

ときどき見かけていても、

 

不意にそのような瞬間に出会うと

 

なかなか声もでないもの。

 

応援の気持ちで背中を見送るだけでしたが、

 

日常、そこにとどまらない、

 

それ以上に地道に努力されているであろうことも

 

容易に想像されます。

 

そこには生きることへの考えや

 

人生に対する向き合い方があるのだろうと思うと、

 

とてもうれしく、感じるものも多い。

 

 

継続は力なり、とよく言われ、

 

その通りであると実感しているところもあり、

 

これまでの長い道のりが大事なことは

 

なにも変わらないのですが、

 

いまという時間はもっと大切なのだとも思う。

 

 

始めてからキャリア何年、

 

何十年というものがいくつあっても

 

大切なのはそこであるようで、

 

実は、そこではないのだとも思うのです。

 

ゆえに、その、いまを頑張っている

 

誰かの姿を目にすると、

 

何も感じずにはいられません。

 

 

いまをどう過ごすかを考えて、

 

一日の稽古に臨むことの大切さを思いながら、

 

年の瀬に久々の寒稽古を行いました。

 

正座をして、立礼し、

 

準備の息吹から基本の受け技、

 

諸々を通して二時間以上、

 

息が切れ、汗だくになるのも久しぶり。

 

 

高めつつ鎮める、無意識に落とし込むほどに、

 

静かな真冬の夜に、その感覚は、

 

より澄んだものとなっていきます。

 

恩師や先輩、古い仲間たちとの稽古も

 

つい先日のことのように思い起こされます。

 

そして、いまがあるから、

 

いまという時を生きることで

 

これまでと分かつことなく在れるということに

 

自然と気がつき、

 

その大きさを思い出すこともできる。

 

 

これまで続けたことは大事ですが、

 

やはり、現在進行形であり続けること、

 

いまを考えて、

 

この時を積み重ねることこそが大切なのだと、

 

自らを顧みて、改める

 

貴重な機会をいただいたようにも思います。

 

 

 

           先輩を前に... 与那覇師範

 

 

恩師は、齢八十を超えても、

 

自分は修業の身、修養の身という言葉を

 

言い続けていました。

 

接ぎ木でも寄せ木でもない、

 

己自身の幹を育て、

 

根を張る、根を下ろすという取り組みは、

 

生涯続くもの。

 

そこに、人生を豊かによく生きる、

 

その深みや愉しさもあるのだと思います。

 

 

新しい年を迎えました。

 

この一月から新しい仲間も加わり、

 

気持ちも改まります。

 

 

3つ再掲します。

 

軸と重心をはかる

 

立禅

 

ヨガ(源流)