先日、とあるミーティングで、クライアントに報告する資料の出来にどこまで拘るかということが議論になりました。

以前の記事で書いたように、資料作成に投入する時間とアウトプットの出来の関係は、いわゆる8:2の法則が成り立っています。投入した時間の最初の2割で内容の8割くらいは完成できたとして、残り2割を仕上げるのに、8割の時間が必要となる、というものです。

我々コンサルタントの使える時間は有限です。その時間内に最大のアウトプットを出す必要があると考えると、80%の出来というのはまずいとしても、90%までてきている内容を、さらに多くの時間を投入して95%まで狙うかどうかというのは、判断が必要なポイントとなります。同じ時間を投入するにしても、他の仕事に投入したほうが、より多くのアウトプットを出せるかもしれないからです。

その際に、何を基準に追加の時間投入を判断するか。ひとつは、自分の中にクオリティの閾値のようなものがあって、一定のレベルを超えていればそれでよし、と考えるやり方もあります。

でも、そのミーティングで出された考えは、「お客さんがその5%を上げることで喜ぶか」という判断基準でした。つまり、クライアントに感謝されることであれば、時間をかけてでも5%のアップを追い続けるし、逆に、クライアントが拘らないポイントであれば、一切追加の時間を投入しない、ということです。

これまでも何度も書いてきたように、オーディエンスを意識したら、確かにその通りです。あたりまえのことですが、つい忘れがちになることであり、改めて気をつけなければならないなあと思った出来事でした。
今日も、少し前の日経の記事から、気になったものを書きます。「スモール商品」が広がっているという話題です。

例えば、スーパーで売っている刺身パックを考えましょう。これまでは、マグロ、はまち、イカ等、いくつかの種類が入ったものがほとんどでしたが、これを一種類のかつ数切れというスモールパックにして販売したところ、売上高が増えたというものです。

9切れ入りパックで400円程度だったものが3切れ入りで198円ということで、1切れあたりの単価で見れば約1.5倍高いのですが、それでも売れ行きが伸びているということです。

日経の記事では、これを1世帯あたりの人数が減っていることが背景にあると説明しています。つまり、単身/独身世帯が増えている中、個人で消費できる分量だけの商品が選ばれていることです。確かに、いくら単価が安くても多く買って捨ててしまっては総額は高くなります、少々単価は高くても、身の丈にあった消費をすることで、トータルの出費が安くなるというのは理にかなっています。

もちろん、これも原因としてあるのですが、この記事でより本質的に重要なのは、商品のバンドリング(束ねる)単位を変えることで、新たな需要を切り開くことができる、ということにあると思います。

例えば、スナック菓子において、これまでは大袋/大箱でしか提供していなかったものを、食べ切りのスモールパックで販売する、というようなものです。具体的には、明治製菓は「たけのこの里」で、食べきりサイズのプチパックを発売したりしています。

これまで提供されている商品は、必ずしも買い手が本当に欲している分量/サイズに合致しているとは限りません。「これまでの商品がそうだったから、それが当り前」というだけの理由で提供されているだけかもしれません。

そんな場合、実はサイズを小さくする(あるいは大きくする)ことで、新たな需要や利用シーンを取り込める可能性があります。これは、モノだけでなく、サービスについてもあてはまります。

以前の記事で、人口減少というトレンドのなかで、多くの内需向け産業は、マクロでみれば縮小すると書きましたが、もしかすると、上記のような工夫によって新たな需要を喚起するなかで、維持、あるいは成長を図ることも可能かもしれません。



先日の日経新聞で、日本企業の管理職の年収が、海外に比べて「割安」であるという記事が載っていました。

例えば日本と中国との比較では、日本の課長職の年収を1とした場合、日本の部長職は1.36であるのに対して中国の部長職は1.64、本部長クラスになると日本が1.68に対して中国は2.57と、上位の役職になるほど差は大きくなります。同様の傾向は、米国、ドイツ、タイという、今回調査対象のいずれの国でも当てはまります。

確かに、上位の役職になるほど、業績に対する影響力/インパクトは飛躍的に高まります。自分の部下となる人数は、課長、部長、本部長と上がるにしたがって2倍、3倍で増えていきますし、扱える予算の規模も、上位になればなるほど大きくなります。とすると、役職が上がるほど年収が飛躍的に上がっていく海外のシステムのほうが合理的です。

では、なぜ日本企業の上位役職の年収は低く抑えられているのか?

職位による極端な年収差を是としない文化がある、上級マネジメントの人材市場が流動化しておらず市場評価に基づく年収水準が形成されていない等、いくつか理由は挙げられますが、私が日本企業を見ていて感じるのは、単純に上級管理職(例えば部長)の人数が多すぎて、結果として、平均化した年収水準を低く抑えざるを得ないのではないか、ということです。別の言い方をすれば、本部長-部長-課長-担当という階層が、ピラミッド型のヒエラルキーが形成されておらず、「頭でっかち」な組織構造になっている、ということです。

例えば、部長の下に課長が3-5人、その課長の下に部下が5-10人、というような場合はいいのですが、「○○担当部長」なる役職で実は部長なのに部下が数人しかいない、極論すれば、部下がいない部長だっているわけです。

部下が50人もいる部長も、部下がいない「担当部長」も、同じ部長という職位ならば、日本企業ではそれほど給料は変わりません。つまり、本当はもっと給料をもらってもよい本来の部長が割を食っている構造になっているのではないかと思っているのです。

そしてそのような組織構造は、組織の意志伝達のスピードや変化対応力を鈍らせる原因となります。例えば、部長1人、課長1人、担当5人というような組織の場合、この部長というのは存在意義がありません。組織のレイヤーが1つ増えて、コミュニケーションの効率とスピードが悪くなるだけです。

逆に、管理職の数を絞り、組織のレイヤーをなるべく少なくして、なるべくシンプルなレポートラインを形成することで、上位者の意志を、素早く組織内に浸透させ、実行を促す組織とすることができます。

そう考えると、上級管理職の数を減らし、その下になるべく多くの部下をつけ、その上級管理職にはそれ相応の報酬で応える、という当り前のことをするだけで、日本企業の競争力が飛躍的に高まるのではないか、まだまだその余地が残されているのではないか、と感じた記事でした。
前回の記事で、プライベート用の携帯を、スマホからガラケーに変えたことを書きました。

実際に、先週からガラケーに変えたのですが、再び使い始めてみて気付いたことがあります。それは、パケットあたりの通信料金の高さです

スマホの場合は、データ通信は完全定額制ですが、ガラケーの場合は、多くの場合、「ダブル定額」という料金体系になっています。私の場合はドコモのFOMAなので、「パケホーダイダブル」というサービスなのですが、4,650パケットまでは372円、それからは0.08円/パケットで増えていき、52,500パケット以上は4,200円で定額というプランです。

機種変更した初日に、おサイフケータイのデータ移管など、初期設定作業をいくつかしたのですが、気づけばその1日で60,000パケットを超えてしまい上限金額に達してしまいました。ただ、感覚的にはそれほどデータは使っていません。いくつかのサイト(しかも基本は文字だけ)にアクセスして、設定作業をしただけです。

気になったのでちょっと計算してみると、1パケットの料金が、どうも時代錯誤ともいうべき単価の高さになっているのです。

スマホを使っていた時は、月によってバラツキはあるものの、概ね0.5G~1.0Gのデータを使っていました。平均すると0.7Gくらいという感じです。これで、税抜で月額定額5,200円です。1パケットは128バイトですので、0.7GBというのは、約7百万パケットとなります。計算すると、概ね1パケット=0.0007円となります。

ところが、上に書いたように、パケホーダイダブルのパケット単価は、0.08円です。実に100倍超も高い単価となっています。

通信単価は、技術革新の進行とともに、劇的に下がっていくものです。
定額料金は変わらなくとも、LTE等の高速通信が実用化されて、使うデータ量はどんどん増えていくので、実質的な通信単価は昔の1/100以下になっています。にも関わらず、昔ながらのパケット単価がいまでも残って適応されていることに、ちょっと驚きを感じた次第です。










以前の記事で、資料を作る際にはオーディエンスの視点に立って作ることが重要であると書きました。もう少し具体的にいえば、相手が知りたいと思っている本質的な問いを理解して、それに答えるようにするということです。しかし、いったいどうすれば、そのようにできるのでしょうか?

まず思いつく手段としては、直接相手と会話しながら、あるいはいろいろと質問をして、相手の考えを理解するという方法です。もちろん、初期的にはこれが有効で、会話により相手の理解を深めることができます。

しかしこの方法だと、表層的に相手を理解できたとしても、相手が思っている「本質的な問い」を知るには限界があります。なぜか・・・?それは、話をしている相手自身、自分が何に課題意識を持っていて、何を知りたいと思っているのかを明確に理解していない可能性があるからです。

取りくんでいる仕事について、何が課題か、次に何をすべきかについて、案外理解できていないものです。作業やタスクのレベルで何をすべきかは分かっていたとしても、本質的な課題は何かと言われると、多くの場合「なんとなく」わかっていたとしても、明確にそれを言葉に落として書きなさいと言われると、詰まってしまいます。明確に言葉にできないということは、誰かと話をしていたとしても、「なんとなく」しか相手に伝えることはできません。

その時に、聞き手として心がけるべきことは、相手の言動を手掛かりに、相手が考えていることを想像し、それが正しいかどうか確かめるために、相手と対話するということです。

ここで、意識的に表現を使い分けました。「会話から理解」するのではなく、「想像したうえで対話」するのです。

相手との「対話」の中で、自分の仮説をぶつけていき(もちろん失礼のないやり方で)、相手がYesと言えば合意が形成されたということだし、Noと言えば自分の仮説を修正/進化させて、さらに相手にぶつけるということを繰り返すのす。

相手の言動から相手の考えを想像することは、まさしく仮説思考です。「こういう発言をするということは、きっとこういう課題意識があるからにちがいない」とか、「あの場面でのあの行動は、きっとこういう考えがあってのことだ」ということを、論理性(左脳)と感性(右脳)をフル回転して「想像」するのです。

こうやって、相手との対話を通じて相手の考えを明確化し、それに対する答えを持っていくことが、「コンサルティング」という仕事の本質だと思っています。