気づけば、前回記事を書いてから、ほぼ3週間が経ってしまいました。

新しいプロジェクトにアサインされてからというもの、それこそ休み返上(1日だけちゃんと休みましたが・・・)で、平均4時間くらいの睡眠時間で、猛烈に働きました。

前回もそうだったのですが、最初の立ち上がりの期間というのは、そのプロジェクトに関連する知識も少なく、いろいろな情報を調べて、クライアントと話ができるレベルまで知識を詰め込むことに時間を使います。今回も最初の1週間ほどは、とにかくいろいろな情報を仕込むことに専念しました。

Webで調べることはもちろん、いわゆる調査会社のデータを調べたり、あとは実際に関連する業界の人に電話でインタビューしてみたり、あるいは、直接会いに行って質問をしたり話を聞いたり、とにかく取りうる全ての手段を使って情報を仕入れます。

当然そうすると、累積した知識というのは相当なものになりますし、振り返ってみて、自分でもこの3週間でずいぶんと業界の知識に詳しくなったなあと実感しています。

そもそも好奇心の強い私にとっては、いろいろな業界のことを知るというのは、これはこれで、辛くとも楽しい作業なのですが、一方で、コンサルの仕事としては、知識に頼る戦い方は危険な面があります。

今回のプロジェクトを進める途中で、何度かプロジェクトリーダーの人に指摘されたのですが、累積知識に頼って仕事をしていると、「知識がなければ先に進まない」という事態になり、とりわけ新しいプロジェクトにアサインされた時などに、仕事のスピードが極端に落ちてしまうことになります。

全く見ず知らずの業界のプロジェクトにアサインされたとしても、すぐにアウトプットを出していかなければならない我々としては、これでは求められるスピードに追いつけなくなるというわけです。

とすると重要なのは、知識ではなく、ロジックに基づいてストーリーを展開する力です。

つまり、仮に十分な知識を持っていなかったとしても、持ち合わせの知識で(さすがにゼロではきついので、Webなどで通りいっぺんの知識を仕入れたら)プロジェクトで答えるべき論点に対して、理詰めで仮の答え(ストーリー)を作ってしまうということです。これがいわゆる「仮説思考」というものです。

そして、その仮説が正しいことをサポートする事実を見つけるために、いろいろ調べ物やインタビューをするという流れで仕事を進めていくわけです。

私自身、まだこの方法を身につけているわけではないですが、今回のプロジェクトをやってみて、なるほどこれがいかに重要であるかを実感しました。

シニアなコンサルタントの人たちは、この仮説思考が非常に研ぎ澄まされていますので、私が知識の積み上げに頼ってちんたら作業をしようものなら、答えがわかったころには、実は論点が変わって(進化して)しまっていて、せっかく調べたことがあまり役に立たないということが、結構頻繁におこるわけです。

まだまだプロジェクトは続きますが、ゴールデンウィークは休みですので、このようにこの3週間を振り返りながら、自分の仕事の進め方を今後どう変えていくべきか、しっかりと考えたいと思います。

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11月の入社以来ずっと携わってきたプロジェクトから昨日をもって抜けることになりました。プロジェクト自体はまだ継続するのですが、後任のコンサルタントにバトンタッチすることになります。

関わっていた期間は約4カ月半ほどでした。以前の記事でも書いたように、最初はまったく価値をつけることのできない状態からスタートしましたが、3月後半からの2週間くらいは、プロジェクトの全体像を自分なりにしっかりと理解し、自分はどうしたいのか(クライアントに何を提案したいのか)という意思もしっかりと持ち、自信をもってプロジェクトに、そしてクライアントに向かい合えるようになっていました。

そういう意味で、まさに「これからが結果を生み出すための勝負どころ」というタイミングでプロジェクトを抜けることは残念でもあるのですが、一方で、自己の成長ということを考えた時に、このプロジェクトで得た仕事の進め方やそれに対する自信をベースにして、新しい分野に挑戦することのほうが、より大きな成長が得られると思っています。

新しいプロジェクトには、早速来週月曜日から加わります。通常は一つのプロジェクトが終了すると、数日間(長い人だと1週間以上)の休みをとって、それから次のプロジェクトにアサインされるという場合が多いのですが、今回は今のプロジェクトが継続する中で次のプロジェクトが動き出すタイミングにあわせて抜けるということになったため、休みなしでの突入となります

この仕事においては、新しいプロジェクトに声をかけていただいて、「継続的に仕事がある」というのは非常にありがたいことです。その期待にこたえられるように、また新しい環境で頑張りたいと思います。

というわけでこの週末は、膨大な資料の読み込みなど、次にむけての準備に充てることにします。

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最近すっかりブログの更新が滞ってしまいました。震災以降、何を記事に書いたらいいのかという迷いと、仕事が非常に忙しくなってなかなか時間が取れないという2つの理由が重なってしまっていました。

仕事については、進めていたプロジェクトのスコープが震災の影響で修正を余儀なくされ、この2週間くらいは、いつも以上に睡眠時間を削らなければならないようなタイトな状況だったのですが、今日になってようやく落ち着きを取り戻しつつあります。

さて、仕事がハードといえば、原発問題や計画停電問題で揺れる東電の社長が入院し、代わりに会長が陣頭指揮をとるというニュースがありました。

東電の社長については高血圧を患っていたと報道されており、震災直後も一時期体調を崩して業務に就けない状況になっていたようですが、危機対応のように本来トップが陣頭に立って仕事をしなければならない場面で、逆に倒れてしまうというのは非常にまずいことです。

危機対応というのは、判断のスピードと正確さが要求され、特にトップでなければ判断できないような重要な事象が次々と起こります。原発の廃炉という政治的な色彩のある事象もスピーディーに判断していかなくてはなりません。そしてその判断にミスが許されないという、非常に追い詰められた状況となります。

「平時」においては、「判断しない(問題を先延ばしにする)トップ」がいても、それほど問題ではないのかもしれません。しかし、今回のような未曾有の危機に機動的に対応しようとすれば、やはりスピーディーに判断を下すことのできる、リーダーシップのある人材が求められます。

ただし「平時」と書きましたが、本来ならば企業活動において「平時」などないはずで、競争環境の中で他社との競争に勝ち抜き、消費者にはより価値の高い製品/サービスを届けることに全力を尽くさねばなりません。

そう考えたときに、判断ができない人、リーダーシップを発揮できない人がトップとして君臨する会社は、グローバルなビジネスシーンではとても勝ち残っていくことはできません。

ちなみに、リーダーシップと年齢は関係ありません。例えば、ユニクロ(ファーストリテイリング)柳井社長は、60歳を超えてなお、誰よりも早いスピードで組織をリードしています。ただし、一般論として40代(あるいは30代)と60代とを比較したときに、前者のほうがよりスピーディーでタフな動きができます。事実、欧米の企業のCEOは、(20代)、30代、40代がほとんどですし、日本でも47歳の枝野官房長官は、地震発生直後から文字通り24時間不眠不休で、官邸を取り仕切っています。

年齢の話は横に置くことにしますが、今回の危機対応を契機として、本当のリーダーシップのある人材をトップに据える重要性を、企業は今一度考え直すべきではないかと感じています。




先週の地震から1週間強が経ちました。まずは、今回の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災されて大切な家族や友達、また家や財産を失った方々、また避難所生活を余儀なくされておられる方々に、心からのお見舞いを申し上げます。


先週金曜日は、いつものようにオフィスで仕事をしていたのですが、16:00ころに早めに仕事を切り上げ、40分ほどでしたが徒歩で帰宅しました。そのとき既に徒歩で帰宅する人の列ができており、また幹線道路は完全にマヒ状態で、東京直下型の大地震が起こると発生するといわれていた帰宅困難が、このように現実に起こるのかと、歩きながら思っていました。


その後も、東京でも大きな余震が続きましたし、夜中に携帯の緊急地震速報が鳴り響くなどして、金曜日、土曜日はあまり眠れない夜となりました。


その後、今週の月曜日・火曜日はもともと海外での仕事が予定されていたので、日曜日に出国し、海外でこの地震の報道を見ることになりました。BBCやCNNのメディアが驚くほど多くの時間を割いて日本の惨状を世界に伝えており、海外の人はみな今回の惨事を知っていました。そして、家族や友人は大丈夫かという暖かい声をかけていただきましたし、フクシマ原発は大丈夫かとみな心配をしていました。


水曜日に帰国してからは自宅勤務状態となり、顔をあわせてミーティングができない不自由さの中で、なんとかいつもどおりの仕事をしようとしましたが、肉体的・精神的な疲れもたまっていたのかあまり頭も働かず、全く効率の上がらない状態でした。そしてなんとか週末を迎えて、昨日の土曜日は丸一日、休息していました。


さて、この1週間のなかで、改めていろいろなことに気づかされました。例えば以下のようなことです。


<津波の威力>

・日本は地震に強いといわれてきたが、想定を超える巨大な津波の前では、何もかもが無力であったこと。


<情報発信とメディアの役割>

・津波の被害を伝える映像は強いインパクトを持つ反面、それを見る人にも相応の精神的苦痛を引き起こすということ(以前起きた9・11のテロの際にも、子供たちに繰り返しその映像を見せることは良くないといわれていました)

・地震発生直後から、Twitterが情報収集に威力を発揮する反面、結果的にはデマとなった情報も簡単に広まっていき、その危ない一面を覗かせたこと

・テレビ報道のひどさが際立ったこと。総理会見に際にそれをあざ笑うようなスタッフの声が誤って音声に流れてしまったり、会見の要旨を的確にまとめることもできずに誤ったテロップを流したりといったことが起きたこと。

・今回の未曾有の危機に対して、政府のスポークスマンとして不眠不休で職務をこなす枝野長官のタフネスさ


<原発事故の影響>

・正義感、責任感強く、被災した原発に果敢に立ち向かう発電所の社員の姿とは対象的に、情報収集や計画停電に対する対応などで、東電本店の対応の頼りなさが露呈したこと

・電力不足がいつまで長引くのかわからない中で、経済活動がいつ正常に戻るのかということ

・今回の事故で、原発に対する不信感が高まってしまったなかで、今後のエネルギー政策の中での原子力の位置づけが難しくなったということ(個人的には、原子力は重要なエネルギー源であり、今後ともそれに依存せずにやっていくのは難しいと感じています)

・第二次大戦の原爆に対するトラウマか、原子力や放射能に対して必要以上の過敏な反応を起こしてしまうということ(情報を正しく伝えるとともに、原子力や放射能に対して正しい知識を持つことが重要)


<世界からの目>

海外の報道を中心に、今回の災害に対して冷静にかつ秩序を保った行動をする日本人に対して賞賛の声が上がったこと。

・このように、日本人は世界に誇れる高い精神性を持っているということ


まだ被災地では懸命の捜索が続いており、また避難生活も長引くことが予測され、復興には相当の時間を要しそうです。また、首都圏でも計画停電が予定されていたりと、まだ震災の影響は残っています。


一方で、この影響で自分自身の仕事のパフォーマンスを落とすことはできません。原発の状況がまだ予断を許さなかったり、余震が続いたりして落ち着かない状況が続きますが、早く気持ちを整理し、週明けからは自分の仕事に集中できるようにしたいと思います。


前回の記事では、今回起きた携帯カンニング問題に関して、受験生のモラルや大学での受験環境への対策は、短期的には必要であるものの、より本質的には今回のようなカンニングによって合否が影響されてしまう受験方式そのものに課題があることを書きました。

少し話がそれますが、今回の問題は受験という場でなされたために「カンニング」という事件になるのですが、世の中一般においては、ネットで情報を調べたりYahoo知恵袋のような質問サイトで知識を得ようとすることは、何ら問題ではありません。

逆に戦略コンサルの世界では「他人の知識をレバレッジする」ことは強く推奨されていて、分からないことは何でも人に聞く、また人に何かを聞かれた時は自分の持てる知識を共有して組織全体の智の共有を図ることが高く評価されます。

これは、ビジネスの世界では「正解」などない中で、知識そのものが価値を持つのではなく、知識をもとに自ら考える(そして行動する)ことが価値を生み出すからです。

さて、話を戻します。入学試験においては、多くの学校でいわゆるペーパーテスト方式が何十年も続けられており、受験生を一斉に会場に集め、同じ試験問題を一斉に配布し、一定時間がきたら試験を終えて問題・答案を集める方式が基本です。

つまり、試験開始時から解答提出までの時間的な猶予が1時間や2時間などと長く、今回のようなことが物理的に可能になってしまうのです。また、試験内容も、知識を測ることに主眼がおかれており、論理的思考能力やその人の資質といった面は適切に測ることができません。

これに対する対策としては、一つ目は、知識を測る試験においては一問の制限時間を短く切って、短時間に次々と解答しなければならない仕組みとすること、そして二つ目は、たとえ他人の力を借りたとしても最終的に個人の能力や資質があぶりだされてしまう試験方法とすることです。

そして、それを現実に行っているのが、米国の入学試験です。もう何年も前ですが、私が米国のビジネススクールを受けた時に、日本の試験との違いに驚いたことを覚えています。

例えば、一つ目の知識を測る試験の仕組みがCBT(コンピューター・ベースド・テスティング)です。端的に言うと、パソコンを用いて1問ずつ問題が出され、1問の制限時間は1分~3分程度であり、その正誤によって次の問題の難易度が変わり、受験者のレベルに近い問題を出し続けながらそのレベルを点数化するという試験方法です。

これだと、短時間のうちに次々に問題をこなしていかなければいけないので、今回のように携帯に問題を打って人に聞くということが起こりにくくなります。ただし、技術の進化を考えると、それでもカンニングはゼロにはならないでしょう。そこで必要なのが、「仮に他人の力を借りたとしても、最終的に個人の能力や資質をあぶりだしてしまう」という試験方法です。

ビジネススクールの入学審査においては、それは「エッセイ(論文)」と「面接」で行われています。エッセイでは入学動機、これまで自分がなしとげたこと、あるいは特定のテーマに関する自分の意見を、何百字~何千字という制限で書きます。極論すると、エッセイは人に書いてもらうことができてしまうのですが、それをふるい落とすのが「面接」となります。エッセイで書かれていることについて、面接で相手から深い質問をされたときに、本当に自分で考えたものでなければ浅い答えしかできず、そこで見破られてしまいます。

一部の大学では、このような海外での入学審査方式に近い方式を「AO方式」として導入していますが、まだ少数派ですし、少なくとも東大・京大では実施されていません。

もちろんこういった選考方法をとるとなれば、これまで以上に大学側に多くの負担がかかります。また、論文や面接で志望者を絞り込んでいくノウハウが欠如しているため、最初はうまく機能せずに混乱することもあるでしょう。しかし、そう言っていてはいつまでも変化が起きないので、今回のような事件を契機にして、従来型の受験方式からの脱却を図っていくべきではないでしょうか。

また、日本においても企業の入社試験は「論文(エントリーシート)」「面接」をベースとしたものになっています。筆記試験も行われますが、それだけで内定が出るような企業はありません。

もちろん大学には研究者を育てるという目的もあるものの、卒業生の大部分は(修士までを考えると)企業に就職します。その時に求められるのが上記のような試験なのですから、大学の入試もそれにあわせて変えていくべきではないでしょうか。そうするなかで、今起きている企業で求める人材と大学から排出される人材のミスマッチも徐々に埋まっていくような気がしています。

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