本日、企業等に節電を要請する法的根拠となる電力使用制限令が、予定より前倒しで解除されることが報じられました。

今回の大震災及び福島原発の事故に端を発した原発停止の影響を受けたこの夏の節電が一応の終わりを迎えようとしているのですが、以前にも記事で書いたように、個人的にはいろいろと理不尽に感じるところもありました。

まず良かった点から書くと、国民と企業が本気になって節電に取り組めば、15%どころか、20%近く電力需要をカットすることができるという前例を作った点です。「(少々無理をすれば)ここまでできる」というのは二酸化炭素の排出削減という観点では評価できますし、他の国に対しても、先進的な取り組み事例として示すことができるものだと思います。

ただし個人的に納得がいかなかったのは、節電に対して、論理的でない、まるで思考停止に陥ったような対策が次々と取られたことです。大きく次の3つの点でおかしいと感じました。

まず一つ目は、本来は、電力不足による大規模な停電を防止するため、つまり特に「ピーク時」の電力をカットすることが目的であったはずが、節電そのものが目的化してしまったということです。ちなみに、この点がオイルショックに端を発した1974年の電力使用制限令とは異なるところで、当時は燃料使用量の削減のため、電力需要全体を削減することが求められたようです。

ピーク時の電力をカットすることが目的なのですから、本来は電力供給に余力のある朝晩に節電を行うことは、今回の目的からはあまり意味のないことです。企業の中には、節電対策のために時差勤務を実施して、朝早く仕事を始めて16:00ころに終業するという勤務体制をとったところありましたが、これも「今回の目的」からするとあまり意味のない節電対策だったということになります。(ただし企業にとっては、今回の節電は「コスト削減」という点で大きなメリットはあったのかもしれません)

二つ目は、明らかに節電の必要がない日も節電をおこなったことです。例えば、電力予報で70%という日がありました。とすると、15%の節電をやめたとしても電力需要は80~85%程度にしかならないはずですが、そのような状態でも節電を続けました。

三つ目は絶対的な効果量に関係なく、ほぼ一律に節電が実施されたということです。以前の記事でも書いたのですが、真夏における最大の電力消費項目はエアコン(空調)です。電力の使用量が14時ころにピークを打つのは、エアコンの電力使用量が、気温の上昇と共に増加することの結果にほかなりません。

ですので、空調の温度を2℃ほど上げるというのは非常に大きな効果があった施策だっと思います。しかし一方で、節電のためにエレベータやエスカレータを止めたビルや駅が多くありました。また、電灯の一部を消している商店や施設も多くありました。もちろんこれらの効果はゼロではありませんが、エアコンほどのインパクトはなかったはずです。

何かの削減を行うときには、パレート図的に考えてより割合の大きなもの、つまり全体に対してインパクトの大きなものから行うのが常套手段です。企業のコスト削減でもそうです。そういうメリハリをつけるなく「一律にコストXX%削減」という施策を打つことは、効果が少ない割に負担感ばかりが大きくなり、マインドの低下や疲弊を引き起こします。

結果的に、大過なくこの夏の節電が終わりそうということで結果オーライの部分があるのですが、まだ冬にも節電は続きそうですので、次こそは、もう少しロジカルな施策が打たれることを期待します。

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最近は政治の動きにはほとんど関心を持たなかったのですが、さすがに今日だけは、民主党の代表選挙に注目してニュースを見ていました。

正直言うと、先週までは「次は前原さんなんだろうな」くらいで思っていたのが、今朝いろいろとニュースを見ていると、海江田さんが小沢グループの支持を取り付けたらしいとか、それでも決選投票ではどう転ぶか予測がつかないとかいうことがわかり、がぜん興味が湧いてきました。

そんな中で、決選投票に残った野田さんについては、どういう政治信条を持っていて、これまでどういう発言をしてきたかについてあまり認識が無く、決選投票が終わって野田さんが代表に選ばれた時にも、「この人で大丈夫なのかな?」という気持ちが真っ先によぎりました。

が、しかし、代表選挙が終わった後のスピーチをネットの中継で聞いて、「この人なら期待できるかもしれない」と考えが変わりました。

それはなぜかというと、「ちゃんとコミュニケーションできるリーダー」の素質を備えているからです。それは、1)ロジカルに考えられる、2)自分のスタンスを明確に持つ、3)それを自分の言葉で伝えられるという3つの素質です。特に海江田さんと比較して、この素質の違いは際立っていました。

今回の代表選で事前に「圏外」とまで言われた野田さんが最終的に代表の座を勝ち得たのも、このコミュニケーション能力の高さ故ではないでしょうか。ロジックに裏打ちされた自分の信念を、自分の言葉で語るからこそ、心を動かされた人がいたということなのだと思います。

そして国会のねじれ、悪化する財政、国際舞台での地位低下等の現状を踏まえると、今の日本に必要なのは、まさしく「ちゃんとコミュニケーションできるリーダー」です。

国会のねじれ状況で政治を前に進めるには、野党とのコミュニケーションが必要です。財政再建を行うためには増税避けて通れず、そのためには国民(あるいはメディア)とのコミュニケーションが必要です。国際舞台での地位を向上させるためには、国際社会とのコミュニケーションが必要です。

そういえば、菅政権が誕生してしばらく経ったときにも、政治への期待について記事を書きました。今でもその当時と想いはあまり変わっておらず、今の日本の政治には強いリーダーシップが必要ですし、かつ、長期的視点での政策が必要です。

ただし、菅政権には最後は期待はずれになった感があります。それは、「リーダーシップ」と「独裁」を履き違えたような言動が多くみられた点です。そして、それらはコミュニケーション能力の拙さから発したものだと思っています。

今度こそ、新しいリーダーに期待したいと思います。

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フォロワーシップ
政治に求める長期的視点
長期的施策を実行するために

前回の記事で、「イシューからはじめよ」という本のことに少しふれましたが、この本を読んでなるほどと思った記述があります。それは
・「悩む」=「答えが出ない」という前提のもとに、「考えるフリ」をすること
・「考える」=「答えが出る」という前提のもとに、建設的に考えを組み立てること
・10分以上考えて埒があかない場合はそのことについて考えるのはやめたほうがいい。それはもう悩んでしまっている可能性が高い。
ということです。

私なりの解釈では、「考える」というのは、問題をどのように解けばいいのかという道筋がおおよそ見えていて、粛々とその道を進むことで答えに辿り着くという行為なのに対し、「悩む」と言うのは、そもそもどのようにその問題を処理していいのか分からずに、出発点の周りとぐるぐると回っているような状態です。

数学の問題を解く場合と似ていると思うのですが、「考える」と言うのは、定石なりで問題をどう解けばいいかというやり方が分かっている状態です。この状態であれば、途中で若干のひねりは必要かもしれませんが、あとは式を展開したり計算したりして行けば、答えに辿り着くことはできます。

一方で、「悩む」というのは全く解法が分からない状態で、手当たり次第に問題をこねくり回してはみるけど、答えには辿り着くことはできません(ちなみに私は、数学が苦手で大学で化学を専攻したくらいなので、受験勉強では後者の状態がほとんどでした・・・)。

では悩んでしまったらどうするのか?答えは簡単で、「解き方が分かる人に聞く」ということです。10分考えてみて埒があかなければ、人に相談してみるということです。

そして何人かに聞いても埒が明かない場合は、「その問題は解くべき問題ではない(解けない問題)」という事です。そのような問題に時間を割くこと自体が無駄なことになります。アカデミックな領域では、誰も解いたことのない問題に対して、時間をかけながら(悩みながら)解き方を見つけることも重要ですが、コンサルの世界では、「今だれも解けない問題は解かない」というのが正しい選択です。

ここで考えているのは、あくまで「コンサルタントとしての仕事の仕方」という観点で書いているので、日常生活においては「悩む」ということも出てきますし、「解けない問題」と言って逃げてばっかりもいられないこともあります。但し、コンサルタントの仕事は、決められた時間内に一定のアウトプットを出すことを宿命として負っていますので、「考えてみたけど、答えが出ませんでした」は許されないことです。

人に聞きながらそれを何度も繰り返していくと、自ずと解き方のパターンが見えてきます。数学の問題でも、答えを見ながら何十問、何百問も解いているとある程度のパターンが見えてきますが、それと同じです。シニアなコンサルタントの人たちも、そうやって、問題の解き方を身につけていったようです。そして、最終的には人に聞かずとも、だいたいの問題が解けるようになるのです。

ここで重要なのは、「時間をかけて自分で解き方を見つける事」自体は、コンサルタントの仕事の進め方としては、ほとんど評価されないということです。それが、これまで誰も解いたことのないことであれば別でしょうが、そもそも上で書いたようにそういう領域には踏み込まないのが通常ですので、基本は誰かに聞けば解き方がわかるものがほとんどです。

つまり、「3時間かけて自分なりに考えてみました」というのと「人に聞きながら30分で仕上げました」というのでは、明らかに後者のほうが評価されます。こうやって考えていくと、コンサルの仕事は極度にプラクティカル(実践的)だと改めて感じます。

実は、私はまだこの壁を越えられずにいます。どうしても「自分で考えよう(=「悩む」)」としてしまう癖が残っているのです。ここを越えられると、生産性が飛躍的に上げられるとは思うのですが・・・。

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自己成長<クライアントへの価値提供


前回の記事では、先日終了したプロジェクトでの1つめの気づきである「基礎トレーニングを疎かにしない」という点をかきました。今回は2つめの気づきについて書きます。

それは、クライアントにどのような価値を提供するのか、そしてそれによりどのような変化を起こしたいのか、という強い意志を持つということです。そして重要なのは、自己成長はそのための手段でしかなく、自己成長のために仕事をしているわけではないということです。

このブログでも、これまでも何度となく自己成長の重要性について書いてきました。実際に、常に自己成長を実現するということは、コンサルタントとしての必要条件でもあります。しかし、自己成長は、結果としてアウトプットの質の向上につながるから重要なのであって、当然ながらそれ自体が目的ではありません。

ただ、プロジェクトのなかで日々のワークに忙殺されるようになると、どうしても近視眼的になり、自分が今やっていることに目がいってしまって、それの達成を目的としてしまいがちなります。スポーツでも筋トレを行うこと自体が目的ではないのですが、例えば「腕立て伏せを100回!」というトレーニングをしていると、それをやり遂げたことで妙な達成感を味わってしまうのと同じです。

しかし、繰り返しになりますが、重要なのはどのような価値をクライアントに提供できるかであり、さらには、それを通してどういう変化や変革を引き起こすかということです。

元マッキンゼーのコンサルタントで、今はYahooで勤めていらっしゃる安宅さんの著書「イシューから始めよ」においても、「『人から褒められること』ではなく『生み出した結果』そのものが自分を支え、励ましてくれる。生み出したものの結果によって確かに変化が起き、喜んでくれる人がいることが一番の報酬になる」と書いています。

プロフェッショナルなコンサルタントとしては、まさにこのような心構えが必要です。

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基礎トレーニングを疎かにしない



以前の記事でも少しだけ触れましたが、先週夏休みを取れたのは少しワケがあり、先月から始まったプロジェクトが、先々週末に、若干予期しない形で終了したのです。もともと、最初1カ月のフェーズ1と、それ以降のフェーズが2つに分かれていたのですが、フェーズ2は実施せずにフェーズ1で終了ということになりました。

結果的に非常に短いプロジェクトになってしまったのですが、この1カ月強を振り返ってみて思うことが2つあります。

まず一つ目は、少し背伸びをして常にテンションを掛けながらより高いレベルで個人の能力を伸ばすのも大事だが、一方で、基礎的なスキルの獲得も疎かにしてはいけないということです。

今回のプロジェクトにおいては、プロジェクトマネージャーの下で若手のコンサルタントをリードする役回りでアサインされました。入社して1年もまだ立たない段階で、このようなポジションで仕事をさせてもらうのは非常に名誉なことなのですが、反面、個人的には非常に苦しい状況が続きました。例えるなら、マラソンの選手が空気の薄い高地でトレーニングを積むようなもので、心身ともに非常に負荷がかかる状況でした。

これはこれで貴重な経験であり、プロジェクトの全体を俯瞰して眺めること等、これまで見えていなかった仕事の中身に気づかされるなどのメリットがあったのですが、反面、コンサルタントのスキルとしての基礎的な部分での未熟さに気づく結果にもなりました。高地トレーニングも大事だが、平地で、しっかりと筋トレを積んで必要な筋肉をつけておく必要があるということです。

特に、何度もこのブログで書いている「ロジックのつながり」あるいは「トップダウンでの思考」に関しては、意識的に毎日毎日筋トレを行う必要があるなと改めて感じた次第です。

もう1つの気づきについては、次回の記事で書きます。

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信頼を勝ち得る