「F.メンデルスゾーン」
※ライブストリーミング配信
【日時】
2023年2月23日(木祝) 開演 20:00
2023年2月24日(金) 開演 20:00
【会場】
カフェ・モンタージュ (京都)
【演奏】
ピアノ:島田彩乃
ヴァイオリン:上里はな子
チェロ:江口心一
【プログラム】
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 op.49 (1839)
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第2番 ハ短調 op.66 (1845)
カフェ・モンタージュ主催の、メルセデス・アンサンブルによるシューマン室内楽全曲演奏会シリーズをオンライン配信で聴いた。
今回は同シリーズの番外編で、シューマンに大きな影響を与えたメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲(全2曲)である。
あらゆるピアノ・トリオの中でも屈指の名作であり、シューマンも絶賛したという、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。
この曲で私の好きな録音は
●ギラード(Pf) J.フィッシャー(Vn) ミュラー=ショット(Vc) 2006年2月14-16日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube1/2/3/4)
である。
3人ともハイレベルだが、この盤を特別なものとしているのは、ユリア・フィッシャーのヴァイオリンである。
もうとにかくうまくて、これを超える演奏が今後なされうるとは私には想像しにくい。
ピアノ三重奏曲は、古典派の時代に“ヴァイオリンとチェロのオブリガート付きピアノ・ソナタ”の形で、ピアノを主役として始まった。
それが、ハイドンやモーツァルトを経て徐々にヴァイオリンとチェロ・パートの重要度が上がり、ベートーヴェンの「大公」トリオに至ってついに3つの楽器が対等の役割を担うようになった。
その後、このメンデルスゾーンの第1トリオにおいて、ピアノ三重奏曲は弦楽器パートの重要度がピアノのそれを突き抜けて“華麗なピアノ伴奏をともなうヴァイオリンとチェロのためのソナタ”へと変貌し、その形が後々まで続くロマン派ピアノ室内楽の主流となった。
そんな歴史的転換点を形づくった一曲であるだけに、弦楽器パート、とりわけヴァイオリンの影響力が絶大である。
ヴァイオリンがうまくなければ演奏全体が締まらないし、上記ユリア・フィッシャーのようにヴァイオリンがうまければ世紀の名演となる。
名曲だけあって録音は数え切れないほど存在し、フィッシャーほどの演奏はなかなかないにしても、それに次ぐ名盤としては
●カザルス・トリオ 1927年6月20,21日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube)
●オイストラフ・トリオ 1948年セッション盤(Apple Music/YouTube1/2/3/4)
●グリフォン・トリオ 1998年6月セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube1/2/3/4)
●スメタナ・トリオ 2009年5月28-30日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube1/2/3/4)
●シトコヴェツキー・トリオ 2014年1月セッション盤(NML/CD/YouTube1/2/3/4)
●トリオ・ダリ 2015年1月19-22日セッション盤(NML/Apple Music/CD/YouTube1/2/3/4)
●トリオ・ショーソン 2021年4月13-16日セッション盤(NML/Apple Music/CD/MV)
と、厳選したつもりでもこれだけたくさん挙げられ、いずれもヴァイオリンが相当うまい。
前置きがやたら長くなったが、今回の上里はな子らの演奏は見事な出来で、上記の名盤たちに(フィッシャー盤は別格としても)十分に匹敵するものだった。
この曲には日本人奏者による佳演も三つ四つあり気に入っていたのだが(その記事はこちらなど)、特にヴァイオリンについては今回それらを上回ったと言ってよさそう。
終楽章コーダなど実によく安定した、終結にふさわしい、分厚くて輝かしい音が鳴らされる(特に第2日が好調)。
また、上里はな子らの演奏を際立たせているのは、その解釈面である。
上記の名盤たちはいずれも若きメンデルスゾーンの情熱を表現して颯爽と駆け抜けるのだが、上里はな子らはもっとどっしりと円熟した、「大公」トリオを思わせるテンポを採る。
これほど風格のある解釈は、約100年にわたるこの曲の録音史を見渡しても、他に類を見ない。
江口心一のチェロや島田彩乃のピアノも、虚飾を排した質朴で力強い音楽性が上里はな子と息ぴったりで、競合盤の多いこの曲でもしっかりと存在感を主張できる名演となった。
そして、その方向性がより極まったのが、次のピアノ三重奏曲第2番である。
この曲は、オイストラフ・トリオやユリア・フィッシャーらの録音で聴いても、文句のつけようもなくうまいのだが、どことなく第1番の二番煎じのように感じて、あまり好きになれずにいた。
それが今回、上里はな子らの円熟した解釈による演奏を聴いて、この曲がメンデルスゾーンの晩年の作として全くふさわしい、のちのシューマンの3つのピアノ三重奏曲、ひいてはブラームスの音楽まで指し示した、第1番をも上回る充実した筆致の大作であることがやっと実感できた。
この曲は華麗に演奏してはならない、シューマンやブラームスに向き合うように、内へと沈潜する音楽にしなければならない。
そう教えてくれるかのような、私の知る限りこの曲の最高の名演となった。
なお、カフェ・モンタージュ主催の、メルセデス・アンサンブルによるシューマン室内楽全曲演奏会シリーズの有料配信アーカイブが、今後少しずつ無料公開されていく予定とのこと。
現時点では、第1回のシューマンのピアノ三重奏曲全3曲(その記事はこちら)と、第6回のメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第3番(その記事はこちら)が無料公開されている。
興味のある方はぜひ視聴されたい。
(画像はこちらのページよりお借りしました)
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