今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。
「好きな作曲家100選」シリーズの第6回である。
前回の第5回では、13世紀前半のトルヴェール(北フランスの吟遊詩人)、シャンパーニュ伯ティボー4世のことを書いた。
その頃、西ヨーロッパ各地の町に商工業者たちが次々と集まり、都市としての成長をみせていた。
彼らは経済面で力をつけ一致団結し、教会とも王侯貴族とも違う勢力として、少しずつではあるが自治権を勝ち取っていった。
大きな都市では学問も栄え、各地に大学が作られた。
ヨーロッパ最古の大学の一つであるパリ大学ではスコラ学が活発になり、アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスといった著名な神学者たちが教鞭をとった。
キリスト教の教義は、高位聖職者の教えを盲目的に信じるものではなく、学者たちが論理的・専門的に吟味するものとなっていった(教会や王侯貴族からの弾圧もしばらく続いたが)。
音楽も、聖職者が聖歌を作りトルヴェールが世俗歌を作る、というようにアマチュアの延長線上だったのが、作曲技法の複雑化に伴い、聖俗ともに音楽は職業音楽家が作るというように変わっていった。
ノートルダム楽派のクラウズラからさらに発展した、モテトゥス(モテットとも呼ばれる)という多声部が織りなす複雑な楽曲が13世紀からパリ大学を中心に作られるようになり、この作曲様式は「アルス・アンティクア」(旧技法)と呼ばれる。
この後の時代の「新技法」と対比して「旧技法」と名付けられたが、この当時としては全く新しい様式だった。
アルス・アンティクアを代表する作曲家が、アダン・ド・ラ・アル(1240頃-1287/88頃)である。
また彼は、前回の記事にも書いたように、後期トルヴェールを代表する一人でもあった。
パリよりさらに北にある町アラスで生まれ育ったが、1262年頃にパリに出て、パリ大学で教育を受けたと言われている。
確かに彼は、アルス・アンティクアの様式を完全に習得し、自作の歌などを用いたモテトゥスを少なくとも5曲残している。
パリ大学での教育の後、アラスの領主ロベール2世にミンストレル(宮廷の職業芸人)として仕え、領主に付き従ってアラス、パリ、ナポリなどで活動したという。
そんな彼のモテトゥスを紹介してもいいのだが、ここでは彼の代表作である「ロバンとマリオンの劇」を取り上げたい。
現存する最古の世俗音楽劇とされるものである。
農夫ロバンと羊飼いの娘マリオンは恋人同士、そこに騎士が登場してマリオンを奪ってしまうが、機転により彼女は解放され、最後は皆で祝福のパーティを開く。
のちのオペラ・ブッファやオペラ・コミック、オペレッタといった大衆向けの音楽劇の原型が、すでにある。
「ロバンとマリオンの劇」第2場より“Robin par l'ame”。
このロバンとマリオンの素朴で楽しいデュエットは、前回のティボー4世と王太后ブランシュの高雅で美しいデュエット(その記事はこちら)とは、全く異なる性格を持つ。
映画「タイタニック」の、上階で富豪が聴く弦楽アンサンブルと、下階で庶民が聴くアイリッシュ・フィドルとの対比を思い出す。
アダン・ド・ラ・アル得意の明るくリズミカルな音楽は、騎士にも負けまいとした当時の大衆の逞しい生命力をいきいきと描き出している。
なお、この演奏音源のCDは、全篇楽しい歌に溢れたこの音楽劇の主要部分(第7場まで)を収録し、台詞部分は原語と英語を併録、合間には彼のモテトゥスを何曲か散りばめた、凝った配置となっている(CD全体を聴くにはこちら、YouTubeページに飛ばない場合はhttps://www.youtube.com/watch?v=cUVklW1SYuo&list=OLAK5uy_nvuyh7r98sgVoA5T37N79PEPYSGkxEKrUのURLへ)。
なお、好きな作曲家100選シリーズのこれまでの記事はこちら。
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