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グッドネーバーズ・ジャパンのブログ

~こころを守る。身体を守る。~ 
グッドネーバーズは、日本国内を含む世界40カ国以上で子ども支援、開発、緊急支援活動に取り組む国際NGOです。

皆さんこんにちは、海外事業部の平良です。

6月よりサイクロン復興事業実施のため、モザンビーク共和国に駐在し、サイクロン被災者の再定住地における医療体制の改善事業を行っています病院

 

このブログでは、前回のモザンビークでの生活の紹介に引き続き、同国におけるコロナ対策やPCR検査の様子をご紹介します。

モザンビーク共和国でのコロナ対策

都市部におけるスーパーマーケットや銀行、役所の入り口には、建物に入る方全員に手指消毒と検温を行う係員が常駐し、感染対策を徹底しています。

マスクも至る所で売られていて、町に行き交う人の多くはマスクをしています。

 


スーパーの入り口で検温と消毒

 

PCR検査

首都マプトの私立病院やクリニックでは、24時間後時計に結果を受け取る事ができます。

 

陰性証明書発行手数料込みの検査料金は、8,600円(5,000MZN)と安くはありませんが、

約13,000円(7,500MZN)払うと滞在先のホテルまで出張PCR検査をしてくれる病院もあり、検査を受ける環境は充実しています。

 

しかし滞在地のベイラは、首都マプトから空路飛行機で1時間半の場所に位置するため、結果を受け取るのに早くて2日要します。

 

公立病院ではPCR検査を無料で受ける事ができますが、結果を受け取るのは1~2週間もかかります。

陽性だった場合は1週間ほどで陽性を知らせる電話がかかってくるそうです。その結果を受けるまでの間に、特に陽性でも無症状の人は多くの人に感染させてしまうリスクがあると思うのですが…これが現実です。

 

早く結果を受け取りたい場合は、私立病院やクリニックに行く必要がありますが、検査料金がかかってしまうため、多くのモザンビーク人は公立病院で受検します。

私は2021年8月に首都マプトの病院でPCR検査を受けました。その時の流れをご紹介します。

1 まずは番号札と質問票を受け取り、番号札順に呼ばれるのを待ちつつ質問票に記入メモ

質問票はポルトガル語なので、翻訳アプリスマホを駆使しながら記入していたら、ちょうど同じタイミングで検査を受けに来ていた方が英訳してくださり、そのおかげでスムーズに記入する事ができました。

 

2 質問票を提出し、検査料金を支払う

ここで、「ワクチンは打ちましたか?」 「PCR検査は渡航目的ですか?」などの質問を口頭でも受け、

これまたポルトガル語で、「ごめんなさい、英語でお願いします」と言っていたら、先ほどの方が英訳してくれ、無事質問にも答えられましたお願い

 

3 いざ受検

検査方法は鼻咽頭ぬぐい方式。

日本出国時のPCR検査もそうでしたが、容赦なくグリグリされて痛いですタラー

 


質問票と領収書を検査員に見せて、検査を受けます。

 

4 翌朝に結果受取り

領収書を持って病院へ行き、結果を受け取ります。

 

こうしてPCR検査もなんとか無事に受けることができました。

 

以上、モザンビーク滞在記(コロナ対策とPCR検査編)でした!

 

グッドネーバーズ・ジャパンのモザンビークでの活動もご覧ください。

 

完了

 

こんにちは!海外事業部の金光です。

 

昨年11月から今年4月までサイクロン復興事業実施のため、モザンビークに駐在しておりました。 

 

モザンビークの中央部に位置するソファラ州は、その地理的位置から毎年雨季に大雨洪水や熱帯低気圧(ひどい時にはサイクロンに発達することも)の影響を受けやすく、当団体も2019年初旬に到来したサイクロン・イダイ以降、本州にて支援活動を行っています。

 

活動内容に関しては当団体の公式ホームページSNSのアカウントにて発信させていただいているので、ここでは私が現地での活動を通して印象に残った経験をご紹介させていただきたいと思います。 

 

 

①お祈り行事

現地で活動する中で印象深かった経験は、建設活動等、何か新しいプロジェクトを始める際には必ず行うとされる、コミュニティーによる伝統的なお祈り行事です。

 

これは宗教的というより文化的な慣習で、現地政府の関係者や当団体のような支援活動を実施する者が見守る中、コミュニティーの人々が大きな木のもとで、歌の合唱やお祈りをします。

 

現地の人曰く、この儀式無しに新しい活動を行うと、実施中に災いが起きると信じられているのだそうです。

実際私が現地で知り合った人道支援団体の方も過去にそのような経験をしたとのことで、とても興味深い文化だと感じました。

 

昔ながらのこのような伝統的な儀式がコミュニティーの結束力を強めているようにも感じ、

他国の言語や文化が入ってくる中でも、この文化がいつまでも続いていくといいなと思いました。

 

活動開始前、コミュニティーの人々によって行われる伝統的なお祈り 

 

②歩くことで見えたもの

 

もう一つ私の中で印象に残っているのは、事業地である学校への移動です。

 

私たちの事業期間がちょうど雨季雨と重なったことから、事業期間の中頃から終わりにかけて、予定していた車両での移動が困難となりました。

現地のコミュニティーや行政機関、建設会社と相談した結果、車両がアクセスできない地点からはトラクターやバイク、または徒歩にて、2つの対象校へ行くことになりました。

 

天候によってはトラクターもバイクも一切使えないとのことで、炎天下メラメラの中片道2時間を歩くこともありました。

マスクを着用しての移動のためマスク日焼けは後悔ものだったものの、歩いている途中ですれ違う現地の方と会話をしてみたり、彼らの生活模様(農業をされる姿や頭の上に荷物や水をのせて運ぶ姿等)を垣間見たりすることができ、予定通り車両で移動しただけではできなかった経験や発見をすることができました。

 

写真に写っているのはとうもろこし畑で、利用したモーターバイクの運転手さんが自分で育てているとうもろこしを分けてくださることもありました。 

 

対象校への徒歩での道のり 
 

新しい地で活動・生活する際には慣れない慣習や予期せぬ事態に戸惑うこともありますが、

今回のモザンビークでの活動を通して、自分のもつ固定概念や常識にとらわれず、新しく出会った人々や文化からの発見や学びを大切にすること、そして新しい状況や考え方、生き方にも柔軟に、オープンに受け止める姿勢の重要性を学ぶことができたかなと思います。 

 

東北のハワイ、いわき市。

綺麗な海が広がり、朝日は美しい。
いわき市の魚にも指定されている「メヒカリ」は是非食べたい逸品だ。

 

海岸で、散歩する地元の方と話をした。

「絶対津波は来ねぇって、逃げなかった奴もおるんだ」

3.11、東日本大震災。

 

海岸沿いを走ると、真新しい、整備された道が広がる。

内陸側には、開発途中だろうか、整備区画に家が点在する。

曇天の東の空から一瞬、朝日が差した。

 

8年後、いわき市を台風19号が襲った。

人口34万人の都市に全戸避難が発令された。

再び時が止まった。

 

被害は甚大だった。

夏井川は溢れ、平、好間、平窪、赤井、小川地区を始め、川沿いの多くの地区が被災した。

住家被害件数は約6,000世帯。

 

当時の話を聞くと背筋が凍る。

真夜中、あっという間に大水が来たそうだ。

家屋は水没し、見るも無残な現場と化した。

 

 

 

家の中は泥や瓦礫が散乱し、公園は水害ゴミで覆い尽くされた。

畳や瓦礫を全て外に出し、道路沿いがゴミだらけになった。

家を乾燥させるため、日中は窓を開け、夜は街から光が消えた。

 

それでも日々、時は進んで行く。

みんなが協力しあい、ゴミが片付いていく。

家が綺麗になっていき、街が綺麗になっていく。

 

鉄道が復旧する。

お店が営業を再開する。

ボランティアのニーズが減っていく。

 

まだまだ今までの生活に戻れない人もいる。

2階で暮らしている人、避難所で生活をしている人、まだまだたくさんいる。

でも、少しずつでも、復興に向けて日々前進している。

 

こんにちは。

11月よりいわき市の災害ボランティアセンターに派遣されております、グッドネーバーズ・ジャパンの原田と申します。

市内外、全国各地から来られたボランティアさん達に必要な資機材を用意し、送り出す役割をしております。

 

たまの休日にボランティアにも入ったり、常連メンバーと仲良くなったり、いわき市の方々をはじめ、全国各地からいわき市を応援に来てくださった方々に良くしていただき、本当にいわき市に来て良かったです。

被災者の方からも、「今まで夫婦二人で一生懸命頑張ってきたけど、何とかしてあと10年、この家に住みたいんだ。」というお声に、ボランティアさん一同、泥かきや崩れた法面(切土や盛土により作られる人工的な斜面)の補強など、みなさんが協力しあった結果、「生きる希望が持てました。お家も喜んでいます。」と感謝の言葉をいただきました。台風から2ヶ月以上、年末も近づく師走の日でした。

 

遠慮していて、なかなかボランティアを頼むことができなかった方もいます。

もう住めないからと、諦めた方もいます。

1階にあった家財道具は全て水に漬かり、見るも無残な状況になった方もいます。

 

10月末、いわき市に入った時は畳や家財道具、土のう袋が町の至る所に積み上げられていました。

お店は閉まり、夜は街に明かりがありませんでした。

家は汚れ、浸水規模を物語っていました。

 

台風被災から2ヶ月、少しですが街に明かりが灯り、閉店していたお店も再開しました。

全国各地からボランティアさん、運営スタッフも含め、多くの方の協力がありました。

涙するほど感謝の言葉をいただきました。

 

福島県いわき市に来て2ヶ月。

本当に大切な時間を過ごすことができました。

これからもいわき市に関わっていきたいと思います。

ありがとうございました。