週末、蓼科に行っていたので,upできずごめんなさい。
金曜の夜、骨董通りで開催された、とあるアメリカ人の、FarewelPartyに顔を出しました。
彼に会うのは、何ヶ月ぶりだろうか。
体調が悪く、午後から会社に行ったため、全く仕事が終わらず。
夜10時半、先に会場入りした友人と連絡をとりながら、タクシーで慌てて会場に向かう。
店に入ると、男性の9割は、日本人ではない。女性は、9割日本人だ。
見慣れた顔ぶれ。いつもと、同じ。
ただ、いつもは、会場が違うだけ。このメンバーだと、今までは彼の家がパーティー会場だった。
「六本木ヒルズはうるさいから。」 と、芋洗坂を少し進んだマンションの一室。
新しくはないが、落ち着いたスペース。 1フロアに、玄関はひとつだけ。
ドアを開けると、30畳ほどのリビング。奥には、10人掛けのダイニングとキッチン。
客室は、いくつあっただろうか。4つ・・・?5つ・・・・???
今日は、珍しく会場が外だ。なぜなら、彼の送別会だから。
彼に初めて会ったのは、いつだっただろうか。おそらく、2月。
やはり、別のアメリカ人expatのBirthdayPartyだった。
彼はとても気難しいらしい。
賢く、ポジションもあるがゆえ、女性に求めるものも厳しいらしかった。
以前別の友人が、彼に怒られ家から追い出されたことがある、とも聞いていた。
彼の親友と懇意な会社の友人に連れられ、恐る恐る、会に参加した。
挨拶を済ませると、新しいワイン、新しいフィンガーフード。patricipantsの紹介。
ずっと横にぴったりくっつき、新しい仲間、場に不慣れな私をもてなしてくれた。
その間、多数の人々と話しながら、私はただ広すぎる家と豪華な調度に驚いた。
そして、5年も日本にいるのに、全く日本語の話せない彼にも。
しかしアジアテイストは好きなようで、李朝のアンティークの飾り棚が、いくつも。古い衣装箱をアレンジした、テーブル。翡翠の置物や、塗りの小物。Cassina、Alfrex、Le Corbusierの家具たち。
家中を埋め尽くされる、膨大な絵画の数。天蓋つきのベッド。
バーかクラブのような、BOSEのスピーカーシステム。
そして、無数のワインセラー。
決して趣味がいいとは言えないのだが、あまりに広すぎるスペースに、なぜか雑多なものものは、しっくりと収まっていた。
何時間も経って、ふと、気づいた。
彼は、その素敵なソファに赤ワインをこぼす者がいても、何も言わなかった。
「気難しいと思っていたけれど、いい人かも」 と、その時、思った。
その日はしこたまNapaValleyのワインをいただき、深夜クラブに繰り出し、帰宅。
彼は、「泊まっていけば?」と言ったが、もちろん私は首を横に振った。
しかし次の朝から、メールと電話が続いた。
「きみはBrilliantで、Beautifulで、Charmingで、Matureで、humorがあって話が面白くて、fashionableでGorgeousで、delicateで、coquettishで・・・。とにかく見たこともないくらいsweetだ!」 と言った。恥ずかしげもなく・・・。
わたしは、外人男性の誉め殺しに慣れていないので、とても恥ずかしかった。
さらには、
「今日は何してるの」 「来週は?」
毎日毎日。同じ調子。
彼も忙しい人で、月のうち10日ほどしか、日本にはいない。
いつもNYC、Connecticat、香港、シンガポール、上海、Seoul・・・転々としていた。
あちこちから、現地の写真、そしてお土産を持って帰ってくる。帰国の日が決まると、いつも1日2回のメール攻撃。
当時私は別の彼
がいたので、実はあまり相手にしていなかった。
しかし、その彼にふられた4月のある金曜日。彼の帰国のタイミングとぶつかる。お互い忙しく、なかなか会うチャンスはないかな。と、ちょっぴり好感の持てた彼に、会ってみることにした。
待ち合わせは、山王ホテル。アメリカ人はここが好きだ。
正直、ここのお食事はいただけない。アメリカンクラブの方がずっとましだと思う。
そう思いつつも、単に待ち合わせだし。まあいいかと、SPにドアを開けてもらう。
うーん。ええとね。
38歳。executive。smart。わかる。わかりますよ。
でも、正直言ってこれは 「ザ・オトウサン」。
忙しい最中、デートに時間を割いたことを後悔しつつ、麻布のThe Georgian Club
へ向かう。
さすがに知識、経験とも豊富。話題は多岐にわたり、すっかり引き込まれた。
「続きは、家で話そう。君の友人も待ってるよ」 と言う彼に、ついて行った。
家のリビングで、音楽を楽しみつつさらに飲み。「泊まっていって」という彼をなだめ、車で送ってもらい帰宅した。
その車中も、「家が広すぎるから、うちで暮らせば?どうせ半分以上日本にいないし。」
「犬を飼いたいから、世話をして」 「きみとなら、うまく家庭が作れる気がする」
「キーを渡すから、ワインも、いつでも好きな時に飲んで行って」
等々。驚くほどのアピールに、わたしはタジタジとなった。
それからまたしばらく、彼は日本を離れ、メールと電話だけの日々。
成田から、アメリカから。よく電話がかかってきた。
1ヶ月ほどしたある日。少し仕事が早く終わり、彼も前日帰国していたので、夜食を食べることにした。
「今日は終電で帰るから」 と約束をし、時間がないのでクイックミール。
ヌードルにしよう。と、麻布十番で坦々麺を食べることにした。
そこで、事件が勃発した。
ビールを飲みつつ、この数週間のお互いの話をした。
麺がテーブルに置かれ、やおら食べ始める。
その時
彼はおもむろに、自分のコップの中身を、自分のどんぶりに入れ始めた。
「うわっ!!!!」
と思ったが、人類千差万別。「そうね。アジア人以外は熱い食べ物は苦手よね。」と、見てみぬフリをし自分の麺を食す。
と。
彼は、「こうするとマイルドになるよ。」と、にっこり私の器にも、氷をガラガラと入れたのだった。
彼に見つからぬよう、密かにれんげで氷をすくいながら、何とか8割ほど食し。
すっかり気持ち悪くなり、トイレ経由。予定より早く帰宅することを心に誓う。
坦々麺とともに、急に、全ての熱が覚めていく。
お父さんのような風貌。BigMomのような顔立ち。大きいお尻。
目をまともに合わせることもできず、「今日は帰るの??」「帰るなら送るよ」という彼を尻目に、ダッシュで十番の駅に駆け込む。
以降、彼の全ての誘いを断り、彼のいるパーティーへも、顔を出さぬようにした。
そして、先月。
彼の友人から、彼が職を変え、香港をベースに変えること、そのfarewelpartyのお知らせを受け取った。
行くか、行かぬか。散々迷った。
でも、何となく最後に会っておきたい気もして、30分だけ顔を出した。
彼は、冴えないアロハを着ていた。相変らずだったが、すこしだけ晴れやかな顔をしていた。
ハグして、少し話し。「元気でね」と会場を後にし、私は蓼科へ避暑に向かった。
またひとつ、自分を通り過ぎた風を感じた。
香港でも、元気でね。