人を不安にする天才

 

 

※画像はお借りしているものです。

 

昨日飛ばしてしまった映画を本日再チャレンジだ。

危険人物アリ・アスター、ぶっ飛ぶようなストーリーテラーであり、驚異の演出手腕で映画ファンを唸らせる作品を連発する一方で、あまりにも鮮烈な演出で確実に観る人を選ぶ、一般的には避けて通ったほうが無難だが確実に歴史に名を残す監督だと思う。

 

 

極度の不安症のボー(ホアキン・フェニックス)は帰省するフライトに乗り遅れ、予定通り帰省できなくなってしまったことを電話で母親に伝える。

ところがさっきまで電話で話していた母親が死んだことを知る。

ボーは母親のもとに駆け付けようとアパートを飛び出すが、すでにいつもの日常ではなかった。

次々に起る予想外の出来事、これは現実か妄想か、帰省の途中で次々に起る予想外の出来事はボーの人生を振り返る壮大な物語りへと発展していく。

ボーが行きつく先はどこに向かってるのか・・・

 

 

 

これは正直なところ面食らった。

今回、アリ・アスター監督が観客たちに植え付けたのは恐怖やトラウマではなくて困惑、今までとかなり違ったスタイルなんだけどやっぱり言いようのない不安は感じる。

おれ自身、極度の不安症ってわけじゃないけど、物事を悪いように悪いように考える傾向がある。常に最悪の結果を考えてしまうというか。

だからボー(字幕ではボウだった。)の気持ちは凄くわかる。

 

そしてボーの母親。

母親が与えるのは無償の愛なのか、それと引き換えに犠牲にしたものもあるんじゃないか、トラウマを抱えてたのはボーだけじゃなく母親もなんだ。

 

ただこの映画、難解・・・

ボーの気持ちは凄くよくわかるんだが、結局のところどうだったの?というのを観客丸投げなんだよな。

映画観終わった後、あのシーンかっこよかったねとか、あのシーン怖かったね、とか語りうんじゃなくて、あの映画が伝えたかったことは何?というので語り合うような映画なんだ。

俺の理解力が貧弱なのかもしれんけど、ボーのトラウマを描いたものだったのか、実は大いなる妄想だったのか、どっちとも取れるんだよな。

同じような内容だと『ビッグフィッシュ』、でもこの映画ははるかに難解、3時間という長丁場のわりに退屈しなかったんだけど、とにかく長い・・・

そのうちまた観ることがあるかもしれんが、そんなに何回も観ないだろうな・・・

 

しかしホアキン・フェニックスって怪優だな。

『ジョーカー』も凄かった、おれのイメージでは演技はフィリップ・シーモア・ホフマン級、ビジュアルはマイケル・キートン枠。

 

 

特に気になるのはビジュアル、惜しくも亡くなった兄リバー・フェニックスは大変美しかった。

彼も生きてたらホアキンっぽくなってたんだろうか?


 

 

 

  鑑賞メモ:劇場