澤村源之助 | 栢莚の徒然なるままに

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戦前の歌舞伎の筋書収集家。
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今回は久しぶりに本の紹介をしたいと思います。

 

澤村源之助 花影流水

 

脚本家、書道家として知られる佐藤藹子が書いた代々の澤村源之助についてまとめた本となります。

源之助と言えば同人誌も書きこのブログでも何度なく紹介していますが明治から昭和にかけて活躍し、「田圃の太夫」と称された四代目澤村源之助があまりに有名であり、無論本においても8割近くが四代目について書かれていて残りの部分で残りの4人の源之助の紹介となっています。

もっとも少ないとは言え、きちんと略歴および出演歴について書かれており、中々知らないであろう初代から三代目迄の源之助について事細かに触れている為に見応えはありますし、紀伊国屋における四代目源之助の立ち位置を知る上では欠かせない物となっています。

 

初代源之助のページ

 
ただ、佐藤は澤村宗十郎について澤村家に残る家系図を参考に記している為、 遥波宗十郎という歴代の宗十郎に数えられない人物を二代目宗十郎と数えて代わりに七代目宗十郎の養父である四代目助高役高助を六代目宗十郎と数えていない為に読んでいると何度か混乱してしまうので注意が必要です。
 

源之助の活躍については以下のリンクもご覧下さい

 

 

 

 

 

さて、メインである四代目源之助ですが、彼の数々の得意役や若かりし日々の貴重な写真を筆頭に彼の経歴、全ては網羅していないものの出演歴一覧等が記されていて彼の業績を知るには一番まとまった資料となっています。

 

四代目源之助の得意役の写真

 
また、文中では佐藤藹子が書いた文章以外にも副題に花影流水付いている様に佐藤の脚本家としての師匠に当たる木村富子が四代目源之助の一周忌を記念して出した花影流水という本を丸々復刻して収録しており、この本では源之助自身が演芸画報に「青岳夜話」というタイトルで投稿した芸談が収録されていて源之助自らの役の解説は非常に貴重です。元々この本自体が花影流水を復刻する事を目的に作られており、その過程で他の歴代の源之助のページを加筆する形でタイトルを変えたという事情があります。
因みに木村富子は後述する様に四代目源之助の娘婿に当たる五代目源之助の継母に当たり、同時に夫の木村錦花は松竹の重役兼左團次の奥役でもあり、昭和に入って事実上左團次一座に所属していた源之助とは懇意にしていた関係もあり家族ぐるみの付き合いがありました。
 
本文
 
そして肝心の芸談はと言うとかなり細かく台詞回しまでびっしり書かれていて、更には源之助がこの役ならこの役者が合う等といった指摘まで付いている本格的な物となります。
役以外にも共演していた役者たちー團菊を始め中村宗十郎、五代目坂東彦三郎、三代目中村歌六などの一流どころの逸話が書かれていて例えば團菊の芝居のやり方について
 
「(沖の井を演じて)(菊五郎)の八汐をやりこめる台詞まわしが気に入らず、毎日毎日呼びつけられて「あんなにコセコセしてはいけねぇ。あの、のの字の言ひ廻しがまづい」などと、大小となくダメばかり出されるので、怖気附いて、殆ど生気が失くなるやうでした。
 
技神に入る…と言ひますが、こんな處を申した言葉でせうね。私も何十人といふ多くの八汐を見ましたが、こんな行き届いた事をする人は無かったやうです。
 
九代目さんの方は聞きに行くと、「あれでいい」といふのみで、よくよくの事でなければ一向にダメを出しません。同時に又注文もしません
 
つまり五代目のは、或る時期が来れば(相手の演じて欲しい演じ方が分かって)落ち付けるが、九代目のはいつまで経っても落付けないのみか、心配のしつづけです。
 
と双方と数多く共演したからこそ分かる差について述べる等、70年近くの芸歴から来る知識の豊富さには目を見張る物があります。
また源之助の芸談の中には晩年の三代目澤村田之助の様子や東京の小芝居について触れた箇所もあり、芸談とは別に非常に優秀な歌舞伎の資料の側面も持ち合わせています。
 
五代目源之助
 
そして木村富子の継子に当たる五代目源之助についてもページが割かれています。
 
五代目源之助についてはこちらもご覧下さい

 

彼については作者の佐藤自身が交流が深く且つ出版当時まだ存命という事もあり、戦後の記述は少ないですが仁左衛門の弟子であった彼がどういう経緯で源之助を継ぐ事になったのかについては詳細に書かれていて資料の少ない彼について調べるに当たっては基幹資料となりうる程豊富に書かれています。
 
源之助のみならず近代歌舞伎を知る上でも十分な良書ですので今本屋の伝統芸能の棚に置いてある様な三馬鹿の様な酷い本を買う位なら古本屋でこの本を買うのを是非オススメします。