大正6年1月 歌舞伎座 羽左衛門の暁雨と源之助の丁山 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は歌舞伎座の筋書を紹介したいと思います。

 
大正6年1月 歌舞伎座
 
演目:
一、出陣
 
主な配役一覧
 
前年の11月以来となる歌舞伎座は初春公演とあって幹部役者が勢揃いし、加えて明治座との掛け持ちで出演してる左團次と前年の9月から東京滞在している四代目片岡我童が加わった座組となりました。

大正5年以降に新富座や中座で度々共演していた仁左衛門と我童ですが歌舞伎座で共演するのは明治45年4月以来6年ぶりの事でした。

 
出陣

 
一番目の出陣は雑誌新演芸が募集した懸賞脚本の大賞を受賞した額田六福という人の作品を舞台化した演目です。
内容としては元寇を舞台に元との攻防と武士の恋愛を絡めた内容で以前に明治座で上演した敵国降伏を紹介しましたが様々な歴史上の出来事をネタにする歌舞伎の中でも元寇は意外と作品数が少ない空白地帯となっています。
 
それだけに日蓮の法難までを含めた大胆な展開と恋愛模様が入り、
 
勇ましきあり、憐れなるあり、花やかなるあり見る目にも考える心にもあかしめざるは懸賞脚本としては大出来の物なり
 
と好意的に評価される劇評もある一方で久保田万太郎には
 
失礼ながら私は先づ出陣といふ作が、岡本綺堂、山崎紫紅のいふ處の新作以上に出る何物も無かったのに、失望したといふ事をいひたいと思ひます。
 
と酷評されていたりもします。
また、良い脚本=良い作品にはならないのが歌舞伎の摩訶不思議な所で設定をふんだんに詰め込んだ分、舞台の上で三幕五場で再現するのが色々難しかったらしく、演出についても下座無しでという作者の希望を
 
合方無しで台詞がいへるかい
 
と役者達に無視されて下座を入れての上演になったものの、上手く調子が会わず結局中日には下座を抜く等混乱を極めたらしく
 
作者がお気の毒
 
と劇評に慰められる状態でした。
この事から見ても役者達のこの演目に対する理解は低かったらしく、観劇した吉井勇に言わせると
 
私の失望したのは脚本その物よりも、それを演ずる役者たちの心持ちが、左團次の日朗を除いて余りに不真面目であるやうに思はれた。無名の作家に対する侮蔑の情が舞台の上にまで現れています。こんな心持で演じられたらどんな好い脚本だって堪りません。
 
と作者を擁護する程にまで左團次を除く役者達が舞台を投げていたらしく、その様子が見物にも伝わったらしく見物の反応も悪かった様です。
 
菅原伝授手習鑑

 
中幕はお馴染み菅原伝授手習鑑です。
今回は道明寺でも車曳でも寺小屋でもなく賀の祝を上演しています。
 
参考までに道明寺

 

 

同じく車曳と寺小屋

 

 

賀の祝とは時系列的には道明寺と寺子屋の間にあり、寺子屋と併せて上演される事が多い車曳のすぐ後に位置する場面です。
内容としては既にご存知の方もいるかと思いますが、松王丸、梅王丸、桜丸の三兄弟がそれぞれの妻を従え父親である白太夫の七十の賀の祝いに集まりますが、松王丸は梅王丸は喧嘩した上に時平に仕える為に父に勘当され、桜丸はというと菅丞相が大宰府へ配流される原因を作った事を悔いて父親に今生の別れを告げて妻八重の前で自害して果てるという最期を遂げてしまい、父親の祝いというめでたい日に一家が崩壊してしまうという悲劇が最大の見所となっています。
今回は松王丸に八百蔵、梅王丸に段四郎、桜丸に羽左衛門、千代に源之助、お春を秀調、八重を歌右衛門、白太夫に仁左衛門と劇評に「名題揃いの自慢の一幕」と書かれる程の豪華な配役となっています。
 
そして役者の中で一番評価が高かったのは得意の老役である白太夫を演じた仁左衛門で
 
仁左衛門の白太夫にて芸の妙を味(あじわ)へ、また泣かされもしたり、始めは気軽な老人にて陽気に、桜丸に腹切り刀突き付けてから三本の扇の物語に引き締め撞木鐘の介錯に自分は泣を隠して八重と桜丸に十分愁嘆をさせ、段切に格子の外へ出て、梅王が桜丸の死骸を引起こして顔を見せるので阿弥陀に被った菅笠を横にして顔を隠すまで感服続けなり
 
仁左衛門の白太夫は寒さの折故か、モクモクと着膨れて見かけが岩畳極まり、頭巾を被ると三荘太夫の如きには驚かれど、桜丸と二人になってからは、外の人には見られぬ持味現はれ、流石に幾度も頷かせられたり
 
と見てくれには少々問題はあったものの、70歳を迎えて一家団欒の幸せから一転して我が子の死を見届けなければならない老人をかつて源蔵を勝手気儘に演じて舞台をぶち壊した人と同一人物とは思えない位に思い入れたっぷりの演技で演じて岡鬼太郎をも唸らせる出来栄えでした。
 
余談に源蔵で芝居をメチャクチャにした時の筋書

 

 

そしてこの場の主役と言える桜丸を務めた羽左衛門も

 
肩入れの工合やら、畏ったる様子やらにて男過ぎる立派さとなり(中略)言うこと、やることは良し
 
と少し男前過ぎるとされながらもこちらも持役なだけに卒なく務めた様です。
 
また、他の役者については
 
歌右衛門「初々しく、いじらしく
八百蔵「危な気無く
段四郎「若々しき動きが良かった
 
と意外にも八重が初役である歌右衛門を含めて三兄弟側は好評でしたが
 
源之助、秀調「しっくり行かず
 
と夫人役の女形2人は不評でした。
時代物が苦手な源之助は兎も角、肩外し物を得意とした養父二代目秀調が不評なのは意外な結果だったとは言え総崩れ状態だった前幕とは打って変わって白太夫、桜丸、八重と主役含む3人が好評だった事もあり、こちらは当たり演目になりました。
 
侠客春雨傘
 
そして大切は前回の歌舞伎座の筋書で紹介したばかりの福地桜痴が書き、榎本虎彦が補作した侠客春雨傘が上演されました。
 

前回の歌舞伎座の筋書

 

 

 

特に今回の最大の見所は前回と同じく初演時の面子の内、故人となっている團十郎と門之助を除く歌右衛門、段四郎、八百蔵、源之助が初演時の役をそのまま務めるというほぼ完全再現に近い配役になっている事です。(因みに團十郎の演じた暁雨は羽左衛門が務めているのは言うまでも無いですが門之助の演じていた傾城薄雲は前回演じた宗十郎が帝国劇場にいたので我童が代わりに務めています)
 
歌右衛門の傾城葛城
 
特に八百蔵の釣鐘庄兵衛は不遇だった時代でも数少ない当たり役になりましたし、前回上演した時は宮戸座にいた関係で呼ばれなかった丁山の源之助は初演時も小芝居落ちしていたにも関わらず
 
この役だけは源之助にしか出来ない
 
と小芝居に出ていた訥子が歌舞伎座に出演が決まったのを権力を駆使して無理矢理撤回に追い込む程までに小芝居に出ていた役者を蛇蝎の如く嫌っていた團十郎から直々の指名を受けて歌舞伎座に特別に出演した事がある程の役でもありました。
何と今回は15年ぶりにこの役を演じましたがその腕前は全く関係ない衰えてなかったらしく、
 
源之助の丁山、相変わらず花魁ぶり立まさりて若やぎしは老巧ではない芸巧といふべし
 
と劇評でもその腕前を絶賛されています。
 
源之助の丁山
 
専属幹部総出演といっても差し支えないこの贅沢な配役を受けて羽左衛門も負けておらず
 
羽左衛門の暁雨、手馴れもあり幅の付いた立派な暁雨
 
と桜丸に続き高評価を受けています。
  
結果的に「色気がない」という我童の薄雲や「(子分の癖に)庄兵衛の影武者みたい」という猿之助の龍頭龍太など初役の役者はあまり評価が高くなかったものの、羽左衛門及び初演時からの面子の安定した演技もあり、中幕以上に好評で今回の中で一番出来が良かった様です。
 
この様に一番目こそ大失敗だったものの、中幕、二番目の大当たりもあって無事大入りとなったそうです。
この後、2月の歌舞伎座は新派の公演となり身体の空いた役者達は転々バラバラとなり
 
・三衛門は帝国劇場の宗十郎を加えて京都南座に出演
 
・段四郎は地方巡業
 
・八百蔵、芝雀、我童は横浜座に出演
 
・左團次は鴈治郎達の新富座と横浜座を掛け持ち出演
 
となりました。
そして次の歌舞伎座の公演は3月となります。