再開しま~す♪
さて、9か月もごぶさたしましたが、突然ですがひっそりと再開します。
長らくサボっていた理由は、私は気分屋なので「書く気分じゃなかったから」ということに尽きるのですが、あえてもっともらしい理由をつけるならば、実は結婚することになりまして、その準備で忙しかったから。
←「気分屋」のイメージ画像
書いてみて改めて思いましたが、うん、この理由は嘘ですね。
単に「書く気分じゃなかったから」の方が、自分の感覚に近いです。
この間、書きたいことはいろいろたまっていました。
消費税の増税や軽減税率について、最近の安倍政権の動きについて、ソチ五輪について、私も多少関わっている福島の放射線健康管理の問題について。
ただ、こういう堅い話を書くほどのエネルギーはまだたまっていません。
こういう話題はもう少し後にさせていただいて、しばらくは私事の話を書きつつ、堅い話を書けるエネルギーをためていくことにします。
とりあえずは、私の友人お待ちかね?の、結婚にまつわる話を数回。
次に、私の最大の趣味であるマラソンの話を数回。
その間に折々のニュースの話もはさみつつ、消費税の軽減税率か、福島県の放射線健康管理について連載するのを、当面の目標にしようかと思います。
結婚式を5月に控えているので、本当に書けるか自信はありませんが、何か再開したくなったので、軽い気持ちでとりあえず再開します。
今日はこんなところで。
ハズレ馬券は経費! でも、どういうときに?
さて、またしてもかなり旧聞に属する話。
5月23日の「ハズレ馬券は経費」という大阪地裁判決について(←いつの話だ)。
←「判決」のイメージ画像
この件については、昨年秋、2つのエントリーを書いているので、参考に。
ハズレ馬券は経費だ!
ハズレ馬券は経費であるべきだ! けれども……(前回の補足)
新聞とかの見出しだけだと、一般的にハズレ馬券が経費として認められた(当たりとハズレの損益通算ができる)ように見えますが、そういう判決ではありません。
今回の裁判の被告である会社員男性の特殊な買い方に限って、認められたものです(さらには控訴されてるので、確定もしてませんが)。
判決要旨
の重要部分を抜粋すると、
〇 原則として、馬券購入行為については、所得源泉としての継続性、恒常性が認められず、当該行為から生じた所得は一時所得に該当する。
〇 被告人の本件馬券購入行為は、一般的な馬券購入行為と異なり、その回数、金額が極めて多数、多額に達しており、その態様も機械的、網羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに特化したものであって、実際にも多額の利益を生じさせている。また、そのような本件馬券購入行為の形態は客観性を有している。そして、本件馬券購入行為は娯楽の域にとどまるものとはいい難い。
〇 被告人の本件馬券購入行為は、一連の行為として見れば恒常的に所得を生じさせ得るものであって、その払戻金については、その所得が質的に変化して源泉性を認めるに足りる程度の継続性、恒常性を獲得したものということができるから、所得源泉性を有するものと認めるのが相当である。
〇 被告人の本件馬券購入方法からすれば、本件においては、外れ馬券を含めた全馬券の購入費用は、当たり馬券による払戻金を得るための投下資本に当たり、外れ馬券の購入費用と払戻金との間には費用収益の対応関係があるというべきである。
とてもクリアな論旨ですね。わかりやすい。
この人の馬券購入の方法が通常のものではなく、「回数、金額が極めて多数、多額」「態様が機械的、網羅的」「過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づき、利益を得ることに特化」という条件がそろっているから、もはや娯楽の域ではなく、馬券購入額の全体が経費として認められるというわけですね。
また、とても興味深い新聞記事を見つけました。
「認められた『馬券のプロ』競馬払戻金課税で判決
」(2013年5月29日日経新聞)という記事。すごく深く掘り下げて取材しています。
私の感想はというと、一競馬ファンとしては、経費と認められてよかったね、というもの。
一方、行政官としての私の感想は、仮にこの判決が確定したら、ハズレ馬券が経費と認められる基準を決めなきゃいけないけど難しいだろうねぇ、というもの。
行政官は、両端に白と黒があり、その間にグレーのグラデーションがある場合、全体を見渡してグレーのどの部分でラインを引くのが妥当かを常に考えます。
ラインの引き方は、個々の案件の色が白黒どっちに近いかだけでは決まりません。
色だけ見ればあるラインで白黒つけられそうに見えても、多数の類似する案件が存在するど真ん中でぶった切ると、関係者の不公平感が高まって納得が得られません。
個々の案件の色に加えて、全体としてどこで切るのが全員の納得性が高いかが、大きな判断要素となります。
今回の件は、そういった面で非常に難しくて、困ります。
「回数、金額が極めて多数、多額」とありますが、100回ならよくて99回ならダメなんでしょうか。1億円ならよくて9999万円ならダメなんでしょうか。
「態様が機械的、網羅的」「過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づき、利益を得ることに特化」も、うまく切れそうなラインがちょっと見当たらない。
確かに、今回の会社員男性の事例に限れば、ハズレ馬券を経費とした方が法的正義にかなっているのはわかる。
しかし一方で、この判決では、通常はハズレ馬券は経費とならず、この会社員男性は例外ケースだと言っている。
となると必然的に、その中間のどこかで、ハズレ馬券を経費と認める・認めないのラインを引かなきゃいけない。
でも、あまりに微妙すぎて引けそうなラインが見当たらない。だから、一律に経費と認めない方が全体としてはうまく回るのになぁ、裁判官は全体を見ずにその案件だけ見ればいいから気楽だねぇ、と自分が担当者なら愚痴りたくなりそうです。
たぶん、裁判官から見れば逆なのでしょうね。
行政官は、個々の案件を深く掘り下げて何が法的正義かを考えなくても、どこかそれっぽいところでライン引きゃいいんだから気楽だねぇ、という感じでしょうか。
本件に限らず、これまでいろいろな裁判の判決を見てきて、行政官と裁判官の考え方の違いは面白いなぁ、とずっと思ってきました。
一言で言えば、行政官は、個々の案件ごとの法的正義を深くは掘り下げず、システム全体が円滑に動くことを優先する。
裁判官は、システム全体のことはあまり考えず、個々の案件について何が法的正義かを深く掘り下げる。
行政官の目から見ると、「勘弁してくれよ。視野が狭すぎるよ。全体のことを考えなきゃいけないこっちの身にもなってくれ」と言いたくなる判決もあります。
でも、たぶんそういう考え方は間違っていて、個々の案件について裁判官が深く掘り下げて法的正義にかなった判断を下し、そうやって積み重ねられた「法的正義にかなった判断群」を分析・整理して、行政官がそれを一般化したラインを引く。
それが、あるべき行政と司法の関係なのでしょうね。
そういったことをまた考えさせられた、今回の判決でした。
【補足】
なお、実際には、仮に今回の判決が確定しても、税務当局はハズレ馬券が経費と認められる・認められないのラインは厳密には引かないと思います。
当たり馬券への課税はレアケースなので、あらかじめラインを厳密に引いておかなくても、混乱は生じにくいので。
事例が少ないのに無理やりラインを引くと、変なものになってかえって混乱を招いてしまいます。
課税するのは、だいたいは今回と似たPATでの大量・継続購入でしょうから、それは基本的にはハズレ馬券を経費と認める運用をするでしょう。
ただ、似ていない案件(一発で大量に儲けて勝ち逃げしたとか、暴力団の資金源になったとか)が出たときに備えて、経費と認めない可能性は残しておくでしょう。
復興庁幹部暴言事件の本質「関東からの自主避難を推奨すべきか?」
もうだいぶ旧聞に属する話になりましたが、前回の「復興庁の幹部がツイッターで暴言 」の件の続編を。
この件は、政府側は個人の資質の問題として幕引きを図り、政府に批判的な側は被災者に寄り添わない政府の姿勢の現れとして批判する、という構図になっています。
どちらもそれなりには正しくて、たとえ愚痴とはいえ「左翼のクソども」なんて言う人の資質に問題があるのは間違いないし、そういう愚痴が出ることが、復興庁や政府のある種の本音の現れであることもまた、間違いありません。
←「左翼のクソども」のイメージ画像
ただ、復興庁や政府が「福島」「被災地」「被災者」全体を軽んじているかのような構図で報じられることには、違和感があります。
今回の件は、「子ども・被災者支援法」という、復興政策の中でもかなり特殊な法律に関連して生じたもの。
この「子ども・被災者支援法」の内容と、それを巡る関係者の意見の相違を知らなくては、今回の件の本質は理解できないのです。
今回は、そういった話をしてみたいと思います。
あまり詳しくは知らないので、ざっくり大つかみの話になりますが、全体の構図を理解する程度には役立つと思います。
「子ども・被災者支援法」の概要は、「子ども・被災者支援法市民会議
」という団体が作成したリーフレットがわかりやすいので、それを貼り付けておきます。
まさに〇〇参事官が「左翼のクソども」と呼んだ人たちですが、法律の紹介そのものは中立的で、偏ったところは感じられません。
まず「支援対象地域」を指定して、そこに住む人は、住み続けることも避難することも選択でき、どちらの場合でも支援を受けられることになります。
避難する場合に受けられる支援は、住宅の確保、家族離ればなれになった場合の旅費の補助、健康診断の実施、医療費の減免など。
本当に健康影響が心配される人が対象になるならば、支援の内容は妥当な内容が多いですが、問題は「支援対象地域」がどの範囲になるかということ。
「支援対象地域」は、法律上「放射線量が一定の基準以上である地域」と定義されています。
そして、この「一定の基準」として、この市民団体らは「1ミリシーベルト/年以上」を主張しています。
「1ミリシーベルト/年以上」とはどこか。
だいたい、次の地図の「0.25(マイクロシーベルト/時)」というラインで示された、黄緑色より濃い色のところになります。
福島県だけでなく、栃木県や群馬県の北部、千葉県の柏・松戸周辺、茨城県の土浦・取手周辺、岩手県の一関周辺も入ることになります。
つまり、この市民団体の主張に沿うならば、福島に加え、栃木、群馬、千葉、茨城、岩手の一部でも、汚染された土地だから避難できますとアナウンスし、全住民に被ばくに関する健康診断の受診を呼びかけ、引っ越す人には住宅や旅費の支援(月数万円程度?)をすることになります。
一方で、国の意見は、そのような支援は「1(マイクロシーベルト/時)」というラインで示された、オレンジ色の範囲まででいいじゃないかというものです。
年に換算すると、だいたい5ミリシーベルト/年。地域で言うと、福島県の浜通りと中通りの一部に収まります。
なお、このような地域にいても、実際に5ミリシーベルト/年まで被ばくするわけではありません。
1マイクロ/時 を 5ミリ/年 相当と換算する前提は、1日8時間、除染されていない屋外にいることですが、8時間も屋外にいる人はまずいませんし、いたとしても除染されているので、実際の被ばく量はかなり下がります。
また、栃木、群馬、千葉、茨城、岩手では、市町村長などからは「支援対象地域」にしてほしいという声は全くなく、そのような主張をしているのは、自主避難者とその支援者などに限られています。
※ 改めて調べてみたら、千葉、茨城などで、市町村長が支援対象地域への指定を要望していました。なので、この段落は削除します。
正直、現在の状況で、栃木、群馬、千葉、茨城あたりから西日本に自主避難する人というと、世間一般の平均と比べるとかなり心配性な人という印象がありますね。
もちろん、個人の選択としては尊重されるべきと思います。
しかし、そういう人たちの主張に沿ってあえて今、栃木、群馬、千葉、茨城の一部地域で「汚染されていますから避難してもいいですよ」と住民にアナウンスして、自主避難を推奨するのがいいかどうかは、意見が分かれるところだと思います。
皆さんはどう思われますか?
ちなみに私は、関東まで拡大するのはやり過ぎで、福島県の浜通りと中通りまでで十分という意見です。
拡大するべきと主張する市民団体と、そうすべきでないと考える政府と。
政府は、今は1ミリとも5ミリとも決め難いと考え、判断を先送りにする決定をしました。
〇〇参事官は、そういう決定をした政府の代理人としての仕事を全うし、それが気にくわない市民団体に脇の甘さを突かれて刺されました。
もちろん、暴言自体は許される内容ではないですが、暴言そのものではなくもっと本質的な、こういった「子ども・被災者支援法」をめぐる意見の相違に光が当たるといいなと思っています。
今回の件が、自主避難の推奨(自主避難者の支援)について、福島県内に止めるか、栃木、群馬、千葉、茨城、岩手に拡大するか、結論がどちらになるにしても、国民の納得のもとで進めるきっかけになるように祈っています。
「復興庁の幹部がツイッターで暴言」の件
またしてもご無沙汰しておりました。
5月下旬以降、成長戦略や骨太方針の協議でてんてこ舞いだったもので。
今日14日に閣議決定されて一段落したので楽になりますが、その分、これまでてんてこ舞いを理由に放置してきた通常業務を進めていかないと。
ブログの方も再開します。目標は月10回、年100回! ← 無理
さて、今日、職場でもちきりだった話題は、「復興庁の幹部がツイッターで暴言
」というニュース。
←「復興庁」のイメージ画像
<復興庁>幹部ツイッター暴言 「左翼クソ」「懸案曖昧に」(2013年6月13日毎日新聞)
復興庁で福島県の被災者支援を担当する幹部職員が個人のツイッター上で「国家公務員」を名乗り、課題の先送りにより「懸案が一つ解決」と言ったり、職務上関係する国会議員や市民団体を中傷したりするツイートを繰り返していたことが分かった。政府の復興への取り組み姿勢を疑われかねないとして、同庁はこの職員から事情を聴いており、近く処分する方針。
(中略)
〇〇氏は今年3月7日、衆院議員会館で市民団体が開いた集会で、同庁側の責任者としてとりまとめ状況を説明。同日「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」とツイートした。翌8日には「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」と、課題の先送りを歓迎するかのような内容をツイートしていた。(以下略)
多くの同僚の反応は、愚痴りたくなる気持ちはわかるけど、ツイッターで他人への誹謗中傷を公言するとはバカな奴、というもの。
「誹謗中傷を公言するバカ」には私も100%同意ですが、それ以前に、こんな誹謗中傷の気持ちを持つこと自体が公務員失格なんじゃないの、よし、それでブログ1本書こうと思い、ネットでこの人のツイート一覧を漁ってみました。
見つけたのが、togetterの「復興庁○○○○参事官(←実際は実名)の主なツイート
」。
(参事官は「幹部」と表現されるんですね。幹部って言うから局長級かと思ったら、課長級で拍子抜け。参事官なんて部下5人ぐらいしかいない中間管理職ですが…)
読んでみたところ、全体の印象としては、思っていたのと違って、わりと普通の人だなという印象。
以前書いた、防衛省沖縄防衛局長の「犯す前に『やらせろ』とは言わない」発言 の人と比べれば、まっとうな感覚の人だと思いました。
もちろん、ツイッターで誹謗中傷を公言したことには同情の余地はありませんが、同僚や家族相手にしゃべる愚痴としては、まああり得る範囲かな、と。
本当にこういう誹謗中傷を常に思いながら仕事をしているなら問題ですが、ツイート全体を眺める限り、本心で思っていることよりも悪いセリフで愚痴るのが好きなだけという雰囲気を感じます。
愚痴としても平均よりはやや口が悪めで、口が悪い方から数えて25%ぐらいかなと思いますが、非常識レベルまでは達していない感じがします。
「おはようございます。今日は、福島県南相馬市まで出張です。地震、津波、原災と大変なところですが、よく現地の生の話を聞きたいと思います」
「NHKスペシャル「除染」放送中。身につまされる……」
余裕のある時にはこういうツイートをしているのを見ると、根は真面目で、忙しくなって心がすさむと、偽悪的に毒を吐いたり、悩みのタネの相手を心の中で攻撃したりして、心のバランスを取る感じの人なのでしょうか。
そういう人、けっこういますよね。
根はいい人なのに偽悪的に振る舞いたがる人って、私は何か「もったいないな」と感じてしまいます。
こういう風にやり玉に上げられることもあるし、それ以前に何だか人として小さく見えて損をするというか。
「本音」とか言って、聞くに堪えないことを言いたがる人も同様。
疲れたとき、心がすさんだときこそ、たとえ偽善的に見えようが、理想を高く掲げて心を奮い立たせたり、悩みのタネの相手にも共感したりする、前向きなセリフが自然に出てくるように心がけたいと思っています。
心の底からそう思うのは難しくても、見かけ上、そう振る舞うよう習慣づけることだけなら技術的に容易ですからね。
そういう見かけ上の振る舞いの積み重ねこそが、実はその人の本質なのだと思いますし。(←20年近く前に友人Uから聞いた言葉の受け売り。本人の言葉では「永久に偽善者を演じられるなら、そいつは善人」)
結局のところ、この人の発言そのものが問題なのではなくて、その背景にある、「子ども・被災者支援法」への復興庁の消極姿勢が問題ということなのでしょう。
この法律をどう考えるかはなかなか難しい問題で、ここで軽々しく言及するのは避けておきます。
簡単に「○○すればいい」で解決するような単純な問題ではないと思う、とだけ。
それと、いずれにしても、今回の件の最大の教訓は「ツイッターは怖い」ということ(←何を今さら)。
もちろん、ツイッターだけじゃなくブログも怖いので、私も気をつけます。
猪瀬知事「標準時を2時間早める」。ロシア人、ウイグル人の気持ちがわかるかも
今日はヒマねたで。
猪瀬東京都知事が、日本の標準時を2時間早めることを提案したというニュース
がありました。
これ自体は、実現可能性ゼロのどうでもいいニュースです。
金融市場だけのために日本人全員の生活に大きな影響を与える標準時の変更など、理解が得られるわけがありません。
ただ、私は中学生の頃から地図帳は標準時のページを最初に読むという標準時マニアなので、ちょっと食いついてみたくなりました。
標準時の図を熟読していると、いろいろ疑問がわいてきて興味が尽きません。
今回は、私が標準時について長年疑問に思っていた小ネタを吐きだしてみます。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/ad/Standard_time_zones_of_the_world.png
1.ロシアはなぜか2時間早い
ウラジオストクは、日本の広島あたりの経度なのですが、日本より2時間早い時間(グリニッジ標準時+11時間)を使っている。
それだけじゃなくてロシア全土が、経度から普通に計算される時間より、だいたい2時間早い時間を使っている。何でだろう。
サンクトペテルブルク 東経30度(+2.0時間) +4時間
モスクワ 東経38度(+2.5時間) +4時間
エカテリンブルク 東経61度(+4.0時間) +6時間
ノボシビルスク 東経83度(+5.5時間) +7時間
クラスノヤルスク 東経93度(+6.2時間) +8時間
イルクーツク 東経104度(+7.0時間) +9時間
ウラジオストク 東経132度(+8.8時間) +11時間
(※)「東経〇度」の後ろの括弧内の「+〇時間」は、経度を15で割ってグリニッジ標準時より〇時間分早い場所にあるという数字。実際の標準時との差を見てください。
つまり、猪瀬知事の提案は、ロシアと同じことをするということですね。
ちなみに、私がいま持っている5年前の地図帳では、ロシアが早いのは1時間。これは昔からそうで、長年の疑問でした。
さらにその差を2時間にしたのは、2011年から。「冬の朝がつらい」「欧州サッカーの試合が深夜になる」など、不満続出
のようです。
2.中国には標準時は1つしかない。しかも北京時間
中国って、経度的には標準時を3つに分けるのが普通なのに、1つしかない。
しかも、真ん中の四川省あたりの時間に合わせりゃいいのに、よりによっていちばん東の北京の時間に合わせてる。ウイグルの人がかわいそうだよね。
猪瀬知事の提案を実行すると、ウイグル人の気持ちが味わえるのですね。
北京 東経116度(+7.8時間) +8時間
ウルムチ 東経88度(+5.9時間) +8時間
(なお、シルクロード好きの私の友人によれば、ウイグルでは北京より2時間遅れのウイグル時間を使う風習もあるらしい。へぇー)
3.ヨーロッパ大陸は基本的に同じ時間。ポルトガルだけ仲間外れ
東はスウェーデン、ポーランド、旧ユーゴスラビア、西はフランス、スペインまで、同じ時間(グリニッジ+1時間)を使っている。
フランスやスペインは、経度的にはイギリスと同じ時間にする方が自然なのに、大陸は同じ時間の方が便利なのでしょうか。
ポルトガルだけがぽつんとイギリスと同じ時間なのが、何か寂しいです。
パリ 東経2度(+0.1時間) +1時間
マドリード 西経4度(-0.3時間) +1時間
リスボン 西経9度(-0.6時間) ±0時間
つまり、フランスやスペインでも、ロシアと同じように標準時を1時間早めたのと同じことが起きているのですね。
なお、夏はサマータイムのため、そこからさらに1時間早めることに。
4.アルゼンチンもなぜか1時間早い
ブエノスアイレス 西経58度(-3.9時間) -3時間
ブエノスアイレスはアルゼンチンの東端で、国土のほとんどは西経60度より西。
それなのに、なぜか全土で-3時間を採用しています。何でだろう。
5.全体的に早めの時間にしている場所が多い
標準時の地図全体を俯瞰的に眺めると、経度から普通に計算される時間よりやや早め(東)の時間にしている場所が多い気がします。
上に貼り付けた地図で西から順に見ていくと、
アラスカは経度的にはほとんどが-10時間のエリア内なのに、-9時間。
州都のジュノーが-9時間のエリアにあるためでしょうか。
アメリカのテキサス州、カナダのサスカチュワン州、メキシコシティは経度的には-7時間のエリアなのに、-6時間。
同様に-5時間の標準時も、経度的な西端となるはずの西経82.5度より西側でもだいぶ使われている(五大湖のあたり)。
←「五大湖」のイメージ画像
アフリカでも、±0時間を使っているセネガルやモーリタニア、+1時間を使っているアルジェリアやナイジェリア、+3時間を使っているスーダンやタンザニアは、経度的にはもう1時間後ろの方が自然。
こういう丸々1時間ずれている国・地域だけでなく、どちらを使ってもよさそうな微妙な地域でも、軒並み早い(東)方の標準時を使っている印象。
逆に、遅め(西)の時間を使っている地域は皆無。
日本は+9時間ですが、東経135度が通る兵庫県明石市は、日本の中心よりやや西。国の中心より西寄りの時間を使っている珍しい国という印象です。
そういう意味では、猪瀬知事の提案も、必ずしも的外れではないのかもしれませんね。(2時間はさすがにないだろうと思うが、1時間なら)
ということで、標準時マニアが猪瀬知事に釣られてみました。
皆さんもぜひ、地図帳の標準時のページを熟読してみてください。いろいろ発見があって、興味が尽きないと思います。

