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geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

ショルティ/ウィーンフィルの「運命」

 

曲目/ベートーヴェン

交響曲第5番ハ短調Op.67

I. Allegro con brio: 7:18

II. Andante con moto: 11:05

III. Scherzo. Allegro: 5:07

IV. Finale. Allegro: 8:35
 

指揮/ゲオルグ・ショルティ

演奏/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 

録音/1958/09/17-24 ソフィエンザール、ウィーン

P:ジョン・カルショー
E:ゴードン・パリー

 

LONDON  NAK-5

 

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 そういえば講談社版の「ステレオ世界音楽全集」にベートーヴェンがあったなあ、ということで書棚を探していたら出てきたのがこのアルバムです。2枚組でその1枚目にショルティ/ウィーンフィルのベートーヴェンの交響曲第5番が収録されていました。ところで、この書籍

堂々と「ステレオ」を謳っていますが、本来のステレオ録音はこのショルティの5番とケンプの「エリーゼのために」だけです。あとはモノラル録音を擬似ステレオ化した音源を収録しています。このレコード付き書籍が発売されたのは1968年で、2枚組2,800円で書店で販売されていました。時代はまだ、ステレオのレコードソースが十全ではない時代背景もあったのでしょうが、書籍には一言もこれが擬似ステレオ録音とは謳っていません。今なら虚偽で告発されてもおかしくはありません。なを、このシーズ、他にも擬似ステレオのソースは結構収録されています。当時の人はなんとも思わなかったのでしょうかねぇ。そう考えると、まだしも東芝のカラヤン/フィルハーモニアのレコードは擬似ステとちゃんと表示していた分良心的であったといえます。ということで、ここではB面のエルマンの「春」は取り上げないことにします。

 

 

 さて、ショルティ/ウィーンフィルの「運命」です。初出のアルバムはこれ一曲で発売されていますし、廉価盤時代もこれ一曲で発売されました。
 

 

 レコード史に輝く「ニーベルングの指環」全曲録音を成し遂げた、ショルティとウィーン・フィルのコンビによるベートーヴェンの交響曲の第1弾でした。まだ「ラインの黄金」の録音をはじめる前であり、この両者が歴史的なコンビとなるとは思われていない時期の録音です。この時、 ショルティは同時にベートーヴェンの交響曲の録音を望んでいたのでした。カルショーは、午前がベートーヴェンで午後がワーグナーという録音はマイク・セッティング等で録音担当エンジニアの負担になることと、ショルティのベートーヴェンが他の巨匠たちの名盤を凌ぐ商品になりそうにないことを挙げてショルティの希望を拒否しようとしたそうです。しかし、ショルティはショックを受けつつも引き下がらずに妥協案を出し、3・5・7番の三曲を録音してみて、それが成功すれば残りを録音し駄目なら全集録音を諦める、ということになったといいます。日程も「ラインの黄金」の前後に日を分けて、まず第5番と第7番が録音されています。ですから、収録時期が「ラインの黄金」とダブっているんですなぁ。

 

 

 原盤の「SDLBT」は日本のキングの原盤番号で、キングが独自にこのプレス用に製作した原盤だということがわかります。ちなみにこのレコードのB面はSDLBT492の原盤です。

 

 今回初めてじっくりとこのショルティ/ウィーンフィルの「運命」を聴きましたがこ、こでもショルティはウィーン・フィル相手に自分のスタイルを徹底して貫き通す演奏を繰り広げます。当時のウィーン・フィルとはとても思えない強力な音響を響かせており、驚くとともに感心させられます。 冒頭の運命の動機を通常は同じ長さで2回繰り返しますが、ショルティは1回目を気持ち短く切り、2回目の旋律をややふくらまし気味に強調しています。まあ、この時代は主題をじっくりとフェルマータをかけて伸ばす演奏が主流で他の主だった第指揮者はほとんどこの形をとっています。またこの頃は定時部の繰り返しを省略するのも通常で、初めて聴いたオーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団の演奏はそれを繰り返していなかったのでがっかりした記憶があります。ショルティは後のシカゴ響との演奏でもリピートは全て繰り返していたようにすでにこの演奏でも提示部を繰り返しています。

 

 一転、第2楽章はじっくりとしたテンポでこの楽章を11分以上かけて演奏しています。この時代、これほど遅いテンポほとんどありませんでした。ショルティはシカゴ響でもこのスタイルを踏襲していますからすでにこの時代から彼独自のスタイルだったのでしょう。

 

  演奏はひたすらストレートかつダイナミックで、かといってスポーティーな爽快さには縁がなく、むしろ溢れ出るマッチョな熱気が暑苦しいほど。第5番の第3楽章トリオの入りでは、大方の指揮者はテンポを緩めてタメをとるところだが、ショルティはひたすら急速のインテンポを貫いて一気呵成に進めてしまいます。それでいてゴリゴリと力を込めて弾かせているので、スムーズな流れとその音響とに面白いコントラストが生じているのが面白いところです。ここがいちばん特徴的だが、全編を通じてこういう感じの演奏になっています。

 

 ただ、当時はこのスタイルの演奏が不評だったらしく、この3曲以降の録音が行われないという残念な結果に終わりました。しかし、のちのショルティやさまざまな演奏を知ることができる私たちにとっては、大変興味深く面白い、価値のある演奏に間違いありません。

 

 

 

 

 

バッハ/カンタータ第147番と

「主よ、人の望みの喜びよ」

 

曲目/J.Sバッハ

1.カンタータ第147番」「心と口と行いと生活を持て」

コラール「主よ、人の望みの喜びよ」

2.オルガン-マリー・クレール・アラン

3.トランペットとオルガン-モーリス・アンドレ、マリー・クレール・アラン

4.室内管弦楽団ークル留レーデル/ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団

5.金管合奏とオルガン-アルス・ノヴァ金管五重奏団、クサヴィエ・ダラッス

 

ソプラノ;アグネス・ギーベル 

アルト;クラウディア・ヘルマン 

テノール;ヘルムート・クレプス 

バス;Eeich 

ヴァイオリン;Gyoergy Terebesi 

オーボエ・ダ・モーレ;ピエール・ピエル ジャック・シャボン 

トランペット;モーリス・アンドレ 

チェロ;ヤコバマッケル 

オルガン、チェンバロ;Eva Hoelderlin 

指揮/フリッツ・ウェルナー

演奏/プフォルツハイム室内管弦楽団

合唱/ハインリヒ=シュッツ=ショール=ハイブロン合唱団

 

録音/1963/06 バーデン=ヴュルテンブルグ州イルスフェルト

 

エラート TD−3024-RE

 

 

 このレコードはもう処分したものと思っていました。1972年に発売された日本コロムビアの「バロックの大作曲家たち」というシリーズが発売されました。このシリーズでは特典レコードのプレゼントもあり、シリーズから12枚購入するとTD−3024-REというバッハのカンタータ147番全曲とその中のコラール「主よ人の望みの喜びよ」のオルガン、トランペット、室内オーケストラ、金管合奏での演奏を収録しているレコードがプレゼントされる企画が実施されていました。これがそのレコードです。

 

 このフィリッツ・ヴェルナー の録音は2種類あり、最初の録音は1957年3月に行われています。もちろんそちらはモノラルでしたからこの録音が再録されたのでしょう。多分、バッハのカンタータの中では140番とともに一番知られた作品ではないでしょうか。小生は基本無神論者ですから、純粋に音楽作品として作品を聴いています。そのため、宗教曲は好んで聴くことはありませんし、このバッハのカンタータもこのレコードのこの演奏しか所有していません。ただ、ストコフスキーがバッハの作品を好んでオーケストレーションを施して後世に残したものはほぼ収集しています。多分、ストコフスキーの編曲もこの音楽的価値に基づいて行われたのではないでしょうか。

 

 フリッツ・ウェルナーのこの演奏名盤と言われるリヒターよりもゆったりとしたテンポで、優しく語りかけているような印象で聴く事が出来ました。

 

 この教会カンタータは、J.S.バッハが1723年に主の母マリア訪問の祝日のために作曲したと推測されていて、下記の10曲からなり、歌詞はマルティン・ヤーンが作詞したドイツ語で書かれています。

 

第1部

第1曲 合唱「心と口と行いと生活で」

第2曲 レチタティーヴォ「祝福されし口よ」

第3曲 アリア「おお魂よ、恥ずることなかれ」

第4曲 レチタティーヴォ

「頑ななる心は権力者を盲目にし、最高者の腕を王座より突き落とす」

第5曲 アリア「イエスよ、道をつくり給え」

第6曲 コラール合唱「イエスはわたしのもの」(Wohl mir, daß ich Jesum habe)

第2部

第7曲 アリア「助け給え、イエスよ」

第8曲 レチタティーヴォ「全能にして奇跡なる御手は」

第9曲 アリア「われは歌わんイエスの御傷」

第10曲 コラール合唱「イエスは変わらざるわが喜び」(Jesus bleibet meine Freude)

 

 実はこのうち6曲目と10曲目はどちらも同じ曲ですが歌詞が違って別のコラールとして使われています。このうち最終10曲目の方が「主よ、人の望みの喜びよ」とされています。このタイトルも名曲に一役買っていますねぇ。

 

 

 後半はこの第10曲をいろいろな編曲で収録されています。まあ、普通の市販レコードではなかなかこういう冒険は出来ないのでしょうが、得点版という事で、いい意味遊びの要素があり、楽しめます。最初はマリー・クレール・アランのオルガン独奏による演奏です。

 

 

 そして、モーリス・アンドレのトランペットによる演奏です。

 

 

 クルト・レーデルはバッハ・アルバムの中でこのコラールを演奏していました。

 

 

 最後は金管五重奏の「アルス・ノヴァ」の演奏です。

 

 

 ところでこの景品のレコードは、1970年のベートーヴェンイヤーに頒布されたようで、コロムビアの「ダイヤモンド1000」シリーズのカタログが入っていました。シリーズの4月発売予定の新譜まで全てアルバムの写真付きという形で網羅している珍しいものです。

 

 

月光仮面を作った男たち

 

著者:樋口尚文

出版:平凡社新書

 

 

 空前の大ヒットを記録した初の国産連続テレビ映画『月光仮面』の放送開始から50年。映画づくりにかかわった男たちの情熱と、メディア史上におけるその大きな意義を克明に描く。 日本初の連続テレビ映画の華々しい成功の影に、無名の若きアウトローたちの映画づくりへの情熱が込められていた。時は昭和33年。時代の大きな転換点にあった映像メディアの
実像と映画人たちの生き様を描く。---データベース---

 

 タイトルが気になったので捕獲した本です。我々の世代にとって「月光仮面」と言うのはヒーローでした。ただこの本には月光仮面の写真すら掲載されていません。そう、この本は、月光仮面そのものではなくその周辺のことを記録した本だからです。ということでは、月光仮面の写真を期待した人にはがっかりな1冊でしょう。下は原作者の川内康範氏の地元にある「月光仮面」の銅像です。

 

 

 テレビドラマの創世記の作品ですが、16ミリフィルムで撮影されたということで作品は残っています。簡易の8ミリではなく16ミリと言うところが味噌でしょう。ただしテレビということで映画用の撮影機器は使用できませんでした。そこで採用されたのがわずか22秒しか記録することができない手回しの16ミリ撮影機だったわけです。そのため、非常にテンポが良いテレビドラマになっていました。最初はわずか10分の帯番組でした。これがまた当時の子供たちを引きつけたのでしょう。そして何よりも良かったのが、この作品が昭和33年に発表されたということです。

 

 この本にはしっかりと書かれていますが、この昭和33年と言うのは、日本の映画人口がピークを極めた年です。つまりテレビの登場とともに、映画は衰退産業となっていっていたわけです。そのエポックメーキングの作品がこの月光仮面という作品であったわけです。この本ではこの作品が誕生するまでの裏話がびっしりと書かれています。今の人は馴染みがないかもしれませんが「宣弘社」というプロダクションがこの月光仮面の制作に関わっていました。我々にとっても非常に懐かしい名前で、この月光仮面を始め、「豹の目」、「怪傑ハリマオ」と言う作品も全て「宣弘社」が制作していました。小生はギリギリ、この月光仮面の登場の時、かすかに記憶がある人間でもありますす。

 

 さて、この作品で、もう一つ興味深いのは、この作品ではあまり触れられていませんが、このドラマを有名にしたのは主題歌でした。タイトルバックに流れるこのメロディーは今でも口ずさむことができます。こんな曲でした。作曲は先日紹介した交響曲「日本の城」の作曲家、小川寛興氏でした。

 

 

 この冒頭のメロディーどこかで聴き覚えはないでしょうか。そう中日ドラゴンズの1番最初に発表された「燃えよドラゴンズ」が、このイントロをそのまま使っていたことです。歌っていたのは、坂東英二、ジャイアンツのV 9を阻止したドラゴンズの応援歌として誕生しました。

 

 

 この本、「月光仮面を作った男たち」と言うことで、ほとんど宣弘社と言うプロダクションの周辺の物語になっています。ですから、当時の話の中でも別のプロダクションが制作した、例えば「まぼろし探偵」、「七色仮面」、「遊星王子」、「ナショナルキッド」といった作品については全く触れられていません。まぁそういうところがちょっと残念かなぁとは思いますが、作品の趣旨からいったらこういうことになるのでしょう。

 

 宣弘社の歴史ということで、この後登場してくるのは「隠密剣士」と言う作品です。この作品も主演は大瀬康一氏でした。この作品は、今考えれば忍者ブームのしつけ役になったような作品です。時代背景から行くとちょうど今NHKで放送されている 蔦屋重三郎物語の「べらぼう」の頃と同じ筋立てで、蝦夷地の抜荷を調べるために旅をすると言うのが、本来の隠密剣士でした。ただ、それは全く人気に火がつかなかったということで、第二部からはここに忍者を登場させると言うスパイスが加えられました。これに火がついて日本中が忍者ブームになったような気がします。後に「仮面の忍者赤影」もこの宣弘社がプロデュースしています。とにかく忍者が登場すると言うことで、主人公より結構歳はとっていましたが、牧冬吉と言う俳優が「霧の遁兵衛」として登場したキャラクターはその忍者ブームを牽引しました。まぁ懐かしい思い出です。そしてこの日曜夜の「隠密剣士」はこの後、「水戸黄門」や「大岡越前」という時代劇ブームの時代を切り開いていきます。今では宣弘社は版権管理会社としての存在でしかありませんが、そういう1つのプロダクションの制作した作品をつらつらと眺めているだけでも楽しい本になっています。

 

 

 

スメタナ四重奏団

ハイドン、シューベルト

 

曲目/

Haydn; String Quartet No. 39 C-dur op.33 - 3 Hob.III: 39 「鳥」

1. Allegro moderato    6:44

2. Scherzo : allegretto    2:49

3. Adagio    5:59

 4. Finale : rondo presto    3:15

Schubert; String Quartet No. 10 Es-dur D87 

1. Allegro moderato    6:16

2. Scherzo : prestissimo    1:47

3. Adagio    6:38

4. Allegro    6:00

Schubert; String Quartet No. 14 d-moll D810 "死と乙女" *

1. Allegro    11:37

2. Andante con moto    10:54

3. Scherzo : allegro molto    3:29

4. Presto    9:52

 

演奏/スメタナ四重奏団

 

録音/1982/03/15

  1979/03/19* ルガーノ

 

DOCUMENTS 224074-7


 

 2000年代、一番元気のあったレーベルがmenbran率いるドイツのレーベルでした。そのヒストリカル物を10枚組のボックスセットで大量にリリースし、我々を魅了してくれたものです。現在では当初他社のレーベルとして存在し、その後当社に買収されたレーベルとしては下記のモノが挙げられます。
 ・ARS MUSICI
 ・NCA
 ・NUOVA ERA
 ・ALLEGRIA
 ・CONCERTO ROYALE
 ・RPO 
 ・SCANDINAVIAN CLASSICS

 

 これらの中で、RPOなどは膨大なロイヤルフィルのデジタル音源を所有し、廉価なボックスセットを発売していました。という事で。これはそのDOCUMENTSレーベルの中でもアーティストではなく室内楽に的を絞ったボックスセットになっていました。日本では90年代に放送音源を使用した「ANF」という半分海賊レーベルがありましたが、それによく似ています。ここではルガーノ放送局の音源を利用したソースをCD化して発売していました。今回取り上げているのは、そのセットの7枚目に収録されているCDです。

 

 スメタナ四重奏団はチェコ音楽院内で結成されたQt.で、1945年公式にデビューしています。指揮者のV.ノイマンを第1Vnに、第2Vn:L.コステツキー、Va:J.リュベンスキー、Vc:A.コホウトで最初はスタートしました。ただ、ノイマンはターリヒからチェコpo.の首席指揮者を引き継ぎ、'47年にノヴァークに交代しています。その後、'56年Vaがシュカンパに交代した以外、そのメンバーで活動を続け、チェコで最も実力と知名度を誇るQt.として国際舞台で活躍しまはした。日本への来日頻度も高く、スプラフォンの看板アーティストでしたが1989年に解散しています。ここに収められた演奏は1980年頃と比較的新しいもので、晩年の演奏を聴く事が出来ます。

 

 いずれも正規レコ―ディンクのある曲目ばかりで、そういう意味では十八番の演奏と言えるでしょう。最初のハイドンの弦楽四重奏曲第39番ハ長調op.33-3は、1781年に作曲された弦楽四重奏曲である。まとめて出版されたop.33「ロシア四重奏曲」6曲(第37-42番)中の3曲目であることから、「ロシア四重奏曲第3番」とも呼ばれています。また、第1楽章の第2主題が鳥のさえずりを思わせることから、「」四重奏曲というニックネームで知られ、「ロシア四重奏曲」の中でも、最もよく知られている。

第1楽章 Allegro Moderato「鳥」というニックネームは、この楽章の第2主題が、鳥のさえずりを思わせるところから来ています。掛け合いによる2つのヴァイオリンの二重奏はすこぶる魅力的です。このスメタナの録音はコロムビアにはライブで収録されたものもいくつかあれますがねそれは正規の録音に準ずるもので、かなり編集が加えられていますが、ここで聴く演奏は放送音源という事もあり、更に生々して迫力と彼らの息遣いがストレートに伝わってきます。

 

 2曲目の当時16歳だったシューベルトが自身の家族と一緒に演奏するために作曲し、実際に演奏されたものと考えられています。そのため、海外ではこの作品を「家族」や「家庭」を意味する "Haushaltung" という愛称で表記される場合もあるほどです。スメタナはこの2曲をセットにした正規録音を残しているほどで、よほどこの組み合わせを気に入っていたのでしょう。

 

 面白いことにこの「第10番」という通し番号は、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版された旧シューベルト全集(で付けられたものですが、これはシューベルトの死後から間もない1830年に本作が出版された際に、『第11番 ホ長調』(D 353)と共に「作品125」として出版されたため、同時期の作品と誤解されたことが原因で、実際にこの作品が作曲されたのは1813年の11月であることが分かっていて、これは『第6番 ニ長調』(D 74)と『第8番 変ロ長調』(作品168, D 112)の間という事がいえます。

 

 この作品の第2楽章などわずか1分半ほどの演奏時間ですが、家族の笑い合う語らいがややユーモラスに演奏されています。メンバーにとっても楽しい語らいの音楽なのでしょう。第3楽章も何気なくあっさりと弾いているように思えて、よく聴くと互いの呼吸を合わせて弓使いも実に自在です。この阿吽の呼吸がスメタナの長い歴史の中で紡ぎだされたものなのでしょう。実に楽しい演奏です。

 

 

 さて、最後はメインのプログラムの弦楽四重奏曲第14番の「死と乙女」です。第2楽章が自身の歌曲『死と乙女』(作品7-3, D 531)に基づいていることから『死と乙女』(Der Tod und das Mädchen)の愛称で親しまれています。その歌曲は

以下のような内容です。

 

乙女:

あっちへ行って!

残酷な死神よ!

私はまだ若いのよ。

行っておしまいなさい。

私に触れないで!

 

死神:

さあ、手を取るのだ。

美しく可憐(かれん)な君よ。

むしろ、あなたは、私の友人。

バツを与えに来たのではないのだよ。

心を安らかに、保ちなさい。

私は卑(いや)しいものではない。

私の腕の中にて、安らかに眠るのだ。

 

マティアス・クラウディウス:詩

 

 この作品は作曲者の生前には楽譜は出版されていませんし、初演もされていません。ただ、非公開での演奏はされていたようです。シューベルトの心境を現しているかのようなすべて短調の楽章で構成されているという作品ですが、スメタナSQは気負い過ぎず引き締め、作品そのものを純度高く聴かせるようでこれまた味わいがあります。手元には彼らの最初の録音となる、モノラルの演奏もあります。

 

スメタナ四重奏団 ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲「アメリカ」 今日の一枚 05/05 | geezenstacの森 (ameblo.jp)

 

 スメタナは丁度この1978年に来日の折り、この曲をライブ収録しています。この演奏はほとんどそのライブと同じ印象を持つ演奏になっています。第1楽章の運命的と思われる動機は第1ヴァイオリンとヴィオラのユニゾンで緊迫を増しながらクライマックスを作り上げていきます。モノラルとステレオという音の広がりこそあれ、緊密なアンサンブルはいささかも弛緩しません。

 

 第二楽章はシューベルトの歌曲「死と乙女」の伴奏を主題とした6つ変奏、各変奏の非凡さが聴くものを引きつけていきます。
スケルツォは短いのですが切分音の主題が多声的に絡み、充実した楽章になっています、静寂と熱気が入り混じる見事な変奏楽章ですね。ライブの良さが迫ってきます。

 

 第三楽章、魔性の者の踊りのようなスケルツォ、短いが切れ味抜群の魅力、中間部ではしばしの安らぎが感じられます。
終楽章、ここも急速で死神が迫りくるような小刻みな主題、推進力とともに各声部のシンフォニックな交わりも見事、テンポを速めた終結部がさらに熱気をおびています。スメタナSQは大味を付けず緻密なアンサンブルでかっちりと決めています。  


 

 

 

 

 

 

 

第97回市民会館名曲シリーズ 

〈ベートーヴェンPLUSⅡ〉

 

曲目/

シューベルト:イタリア風序曲第2番ハ長調 D 591

ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調 作品21

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 作品55『英雄』

 

指揮/ヨハンナ・マラングレ

コンサートマスター/森岡聡

演奏/名古屋フィルハーモニー交響楽団

 

 

 6月の名フィルのプログラムです。定期の方は「肖像」シリーズとして、尾高惇忠とブラームスの作品が演奏されていました。ただ、この市民会館での名曲シリーズは、開演前にホワイエでのコンサートがあるので楽しみです。要するに室内楽の作品を前座にオーケストラ作品を楽しめるという構成です。まあ、どこでもそうなのでしょうが同じ音楽会なのに、室内楽とオーケストラ作品は相容れないというのが常識になってしまっています。でも、こういう融合は客層の違う双方のリスナーにとってはかなり有効なコンサートの在り方なんではないでしょうか。今回はベートーヴェン・プラスということでベートーヴェンの弦楽四重奏曲第7番ヘ長調 作品59-1『ラズモフスキー第1番』より第1楽章が演奏されました。メンバーは川上裕司,平田愛(ヴァイオリン)、今村聡子(ヴィオラ)、アイリス・レゲヴ(チェロ)となっていました。小生はいつも2階のロビーから聴いていますが、音楽が上方へ拡散しているのを受け止めることができるのでとてもリッチな気分で聴くことができます。

 

 

 

 今年の名フィルのベートーベン+シリーズの第一回は、指揮者にアドリアン・ペルションを迎えての交響曲第4番と5番が演奏されていました。この第二回目のコンサートでは、初期の名曲であるとともに、ベートーベンを代表する作品としての交響曲第1番と第3番が演奏されました。今回の指揮者はヨハンナ・マラングレという今年36歳のドイツ人指揮者です。女性の指揮者としては、かなりの有望株です。この6月に来日し、前の週は群馬交響楽団とショスタコーヴィチの作品を、そして今週は名フィルとベートーベンの作品を指揮するというプログラムを披露しました。

 

ヨハンナ・マラングレ

 

 

  最初の曲目は、シューベルトの「イタリア風序曲第2番」というほとんど習作のような作品でした。イタリア風ということでゆっくりとした序奏に始まり、転調を伴って主部は簡素なソナタ形式で書かれた曲です。作品番号にD.591とあるようにかなり晩年の作品です。まぁ腕だめしにはちょうど良い作品と言っても良いでしょう。

 

 ベトーヴェンの交響曲第1番と第3番の組み合わせは、小生の中では、現時点では久石 譲の指揮する旧長野チェンバーオーケストラの演奏が最高でした。この演奏で久石 譲はベートーベンはロックだと言うようなことを標榜し、素晴らしくリズミカルな交響曲第1番を披露していました。今回のヨハンナ・マラングレの指揮は現代的な解釈といってもいいでしょうか、特徴的だったのは弦にヴィブラートをかけないというピリオドな奏法をオーケストラに要求し演奏させたことです。そのため、かなりこの長野チェンバーオーケストラと近しい響きになっていました。ただ、躍動感と言う部分ではちょっと不足したかなという気がして、さすがにロックはしていませんでした。指揮はキビキビとした動作で小柄な体を大きく見せるためのアクションは見ていても清々しいものです。

 

 

 休憩後のメインのプログラム交響曲第3番「英雄」も同様なアプローチをしていました。オーケストラの構成は弦が7、6、5、4、3という結構大きな編成で演奏していました。そこにノンビブラートの弦が響くわけですから、これは聴き入ってしまいます。まぁそういうこともあり、演奏のテンポについては最近の標準となりつつあるやや早めのアレグロ・コンブリオと言っても良いでしょう。ちょっと変わった3拍子の振り方でしたが、オーケストラを惹きつける力は充分です。音楽的な表現においては、イン・テンポでありながら聴かせ所をさらに強調するような事はありませんでしたが時々アクセントにためを作って、旋律腺を強調するような演奏となっていました。第一楽章の聴きどころであるフィナーレのトランペットの扱いは、多分最新のベーレンライター版の指示に従っているのでしょうが、ここではことさらトランペットを強調することなく、オーケストラの響きの中に溶け込ませてベートーベンの時代の響きをうまく再現していました。

 

 第2楽章はどうしても現代風なテンポで演奏すると、荘厳な悲しみはちょっと減退してしまう早めのテンポで演奏されてしまいます。それでも全体の構成がしっかりしているので、大きく音楽をまとめることには成功していたように感じられます。ただ、第3楽章のホルンについては、これは指揮者の指示かもしれませんが、それほどホルンを強調すると言うような演奏にはなっていませんでした。それが聴く方にとってはちょっと残念だったかなぁという印象があります。

 

 第4楽章は、指揮者が1番最初にリハーサルをした楽章ということで、ここに重点を置いた全体の構成を持っていたのではないでしょうか。そのために普通は第3楽章と第4楽章はアタッカーで続けて演奏するのが好ましいような流れがあるのですが、ここは一旦気分を落ちつかせて、第4楽章はじっくりとした音楽づくりの中で演奏をしていました。ベートーベンの一番お気に入りの主題を持ってきたこの第4楽章、その演奏形式の中に、指揮者は異なった色彩感を持ってその表情付けを表現していたように感じられます。終演後は大きな拍手とともに、ブラボーの声援が飛ぶようななかなか充実した英雄になっていました。ドイツ正統派の女性指揮者ということでは今後期待しても良いのでしょう。現在は2022年からフランスの国立カルディ管弦楽団の首席指揮者に就任しています。ここをベースに今後世界に羽ばたいていくのではないでしょうか。ただ日本では在京のオーケストラを指揮しないと注目されないという点がありますので、そこがちょっと気がかりです。イギリスではバーミンガム市交響楽団から客演の折、大絶賛されたということで、今後は台頭してくる指揮者として期待できるのではないでしょうか。